私の住む町に小さな駅前商店街があります。そのメイン通りを1本入ると、これもまた細い、細い裏通りがあります。
私はその裏通りに入ると、まるで図書館にある本棚の間にいるような気分になります。
なぜならば、いろいろな背表紙を持つ店が、さまざまな物語を秘めて静かに読み手を待っているかのように見えるからです。
そんな店の中に、毎日のように訪れるお気に入りの店がありました。 その店は、狭い間口の古いドアを開けると、いつもマスターが銀の皿を磨いています。マスターは、白髪にべっ甲の縁をした眼鏡、そして今時珍しいたばこのパイプをくわえています。
私が挨拶をしても、眼鏡の隙間からちらっとこちらを見るだけで、一度も挨拶が返って来た事はありません。
最初は、こんな小娘に買える物などないと思われているのだろうかと、少し気が引けていました。けれど、慣れてくると話しかけられない事はかえって、私にとってはとても楽になりました。
何故ならそのお陰で、私は静にじっくりとその店の芸術品を眺める事ができたからです。
その日も、いつものように崩れそうな程積み重ねられ、並べてある「アンティーク」を、私は眺め始めました。
ボビンレースの襟
蝶貝でできた古いボタン
私のおばあ様より長生きをしている腕時計
そして小さなカメオ…etc。
店の中には、シンバルがこすられる音が優しいジャズが流れていました。
お客はみんな、店主をマスターと呼びます。
きっと、いつも店主が黙ったまま銀製品を磨き、店の中にはジャズが流れていて、そう
まるでお酒こそ出ませんが、洒落たジャズバーを思わせるから、そう呼ぶのでしょう。
「あの」
私は、小さな声でしたが思いきって聞いてみました。
「このカメオ。何年頃の物でお幾らくらいする物でしょう?」
マスターはいつもの無表情な顔で、眼鏡の上の方の隙間からちらっと私を見ながら
「あんた、幾らがいいと思うかい?」
と、言いました。
「えっ?」
「あんたは幾らがいいと思うんだ?」
マスターの言葉に驚いている私に、二度同じ質問をマスターはしました。
「そんなぁ…値段なんてつけられないですよ。ただ、すごく好きだから、あきらめきれなくて…」
私は心のままに答えていました。
すると、マスターは、咳払いでもしたかのような笑をしました。 つづく