私は、少しよれた皮の財布から千円札を狐につままれたかのような気分で一枚そっと出しました。

すると、小さなカメオをビロードの箱にマスターは入れ、何にも包まずそのまま私に渡してくれました。

そして、千円札のしわを何度か伸ばすと大事そうに、着ているベストの内ポケットに入れ

「ありがとうございました。 またのお越しを」

と、マスターは深々と頭を下げながら言ってくれました。

  3日後、カメオをブラウスの胸に着けて、私は店を訪ねました。どうしてもつけている姿をマスターに見せたくなったのです。

「こんにちは、先日はありがとうございました」

マスターも店内もいつもの表情のままでした。

「あの、これほんの気持ちです」

お礼にと小さなすずらんの花束を私は差し出しました。

 しかし、マスターの表情は何も変わらずに、銀製品を磨いていました。

私はちょっと困ってしまい、花束をマスターの前に置いて店内を一回りしました。

すると、品物の動きは何もなく、いつものように…

いつものように…?

??

あれ?

レースがある…

 驚いた私が、マスターのところへ駆け寄るとすでにすずらんの花束は銀の花瓶で微笑んでいました。

「ありがとうございます。またのお越しを」

マスタ―は 人差し指を口びるの前で立てて言いました。

そして、深々と頭を下げたまま動かなくなってしまいました。

私は、胸のカメオに手を当てたまま店を出ました。名曲 サマータイムに見送られながら。

古いドアを開けると夕暮れの初夏の風が心地よく私を包んでくれました。

いつかあのレースを私が全部買おう。

そっと、心に誓いながら、夕焼けがうるむのを私は、しばし店の前でじっと見つめていました。         fine