今朝ね、
弁当作りながら気づいたんだ。



私、上に置いてるから
飲み込まれかけて苦しくなるんだ、
って。




何を上に置いてるか?



『肩書き』だったり
『役割』かな。



『会社員』として
『アドバイザー』として
『娘』として
『母』として



その括りの中に自分を置いてるから


その中で、


自分の出来具合を
他の人と比較したり
ちゃんと役割をこなせてるか
自分のポジションをはかろうとする。



平均の中にいれば
とりあえず安心、、、、みたいな。



で、そこからちょっとでもズレて
下ぶれると



自分の全てがダメなように思えて
『私なんて』が発動するんだよね。



しかも、
それぞれの肩書き・役割ごとに
下に入ってるもんだから



ブレが起きやすくて
一つぐらつけばほかも共倒れ、、、




で、気づく。




『私で在ればいい』
『ゆきこであればいい』


って。




自分ビジネスで散々言ってるのにね
【自分自神】と。



わかってるようで、わかってない。




『私』という肩書きを背負うならば
比較のしようもないよね、



私はこの世で私一人だし。



『私で在る』を軸として
会社員やアドバイザーたったり
娘や母だったりというのは、
  


私の一つの要素、一部であって
どんなにヘッポコだろうが
どんなに情けなかろうが
逆にどんなに素晴らしくとも



『私』という存在に
彩りを与えるものとして
まるっと受け入れられる。



そんな気がして、
ふわっと気持ちが軽くなったんだ。



窮屈なところから抜け出したような。
ずっとそうしてきたから、
どうきても下に入り込んじゃうんだな。



やっぱり、
中心に置くのは『私』だよね。





菅原ゆきこ


 

 

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