15年ぶりにパリの石畳を踏んだ。

それまでは毎年のようにおとずれ、パリの空気を吸ってリフレッシュしては

日本の仕事に打ち込む日々だった。

自分にとって心のふるさととも言えるこの場所で、今回滞在先に選んだのは、

昔から変わらず大好きな左岸エリア。

アパルトマンの立ち並ぶメインストリートから一歩筋に入ると、

パリでも珍しい1軒家が立ち並ぶエリア、

セーヌ川の南側に広がるおしゃれな街並み、

カフェのテラス席で思い思いの時間を過ごす人々、

歴史を感じさせる石畳の路地。

そこに身を置くだけで、懐かしさと居心地の良さがこみ上げてくる。

 

滞在中、街のあちこちでで人々の優しさに触れる機会があった。

メトロの切符売り場では、交通系IC購入にアプリかカードか迷った際

「カードにしてまたいらっしゃい」とウィンクしてくれた。

ホテルのフロントでは、毎朝の挨拶とともに、「パリを楽しめていますか?」

この一言があるのとないのでは、好感度が本当に変わる。

スーパーでは障害を持つレジ係の列で、客がみな手助けしながら買い物をしていたり、

日曜日の早朝タクシーに乗れば、早番の運転手の午後からの家族サービスの話で盛り上がったり。

かつて感じていた「古き良きパリ」の人情や温もりは、

15年の時を経た今も確かにこの街に息づいていた。

 

しかし、今回の旅ではその光ばかりではない、

陰の部分も強く印象に残ることとなった。

 

滞在中に仕事のためにパリ北部をバスで通り過ぎた。

パリ中心部から車窓を眺めていると、徐々に移民の住むエリアに

入っていくのがわかる。

と同時に乗ってくる人々が誰もバスチケットを出さない、タッチしない。

パリのバスは、乗車時のみタッチすれば降りるときはフリーなんだけど、

運転手も見て見ぬふりでなんだか街の雰囲気といい危険なエリアであることを

感じずにはいられなかった。

 

歩道や高架下に広がる大量のキャンプ村を目にした。

 

路上にテントが所狭しと並ぶその光景の規模は、

日本で言えばかつての大阪西成区などの比ではなく、

数倍以上の凄まじさであった。

信号待ちで外を見ていると、地下鉄の入り口付近には怪しいものを売ろうと

立っているアラブ系や黒人が通行人に次々声をかけていた。

 

貧困や移民問題が眼前に突きつけられ、

一歩足を踏み入れるだけで緊張感が走るような

独特の空気が漂っていた。

 

幸い私たちは天候にも恵まれ、美味しい野菜やフルーツ、

そして今パリで大人気の「ブイヨン」という昔ながらの

食堂でフランスの庶民の味を楽しみ、

パリの中心部では、一流ブランドが軒を連ねるヴァンドーム広場や

マドレーヌ寺院付近も平和に散策することができた。

 

日本へ帰国して2週間ほどたった。

パリにいたのは夢ではないよねと思い返す頃、

現地で大規模な暴動が起きたというニュースが飛び込んできた。

つい先日まで自分が歩いていた街で広がった混乱と不穏な空気。

 

15年ぶりの訪問で再確認した人々の優しさと変わらぬ街の魅力。

その一方で、急速に深刻化する複雑な社会問題や歪み。

華やかな観光地としての魅力と、噴出する現実の厳しさが同居する

「現在のパリ」の姿に、深く考えさせられる滞在となった。