hanatotoさんとチワワのトトさんの日常~その延長線。

hanatotoさんとチワワのトトさんの日常~その延長線。

トトが4歳の頃楽しんだブログ。仕事の忙しさに更新もしていませんでした。13歳を迎えて、以前の心疾患に加えて慢性腎不全が発覚し。記録として毎日を再び綴り始めました。室内の事故が遠因でトトさんは14歳1か月で虹の橋へ旅立ちました。

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3月6日

 

 

 

 

私の場合…

 

 

 

月命日が過ぎてから

急にガックリきています。

 

 

だいぶ遅れて襲ってきた悲しみ。

 

 

 

 

何でだろう?

何が悲しいんだろう?

 

 

 

仕事があるから、

引っ越しがあるからって

多分

自分でも知らないうちに

我慢して蓋をしていたんだと思う。

 

 

ふとした拍子に

いきなり泣いてる。

顔が塩辛くなるくらい(笑)

顔が塩分で沁みて痛くなるくらい(笑)
涙が出てる。

 

 

 

魂は常にそばにいて

見守ってくれているって言うから

 

 

シワ男先生のブログや

横尾美香さんのブログに倣って

 

 

今はもう

魂の存在になったトトさんに遠慮なくね(笑)

 

 

 

『悲しい』という気持ちに飽きるまで

 

 

 

泣いています。

毎日。

 

 

 

 

たまに遺骨をぎゅーって抱っこして撫でてることもあるけど

そこにトトさんはいないって

わかってるんだよ

 

 

 

アニマルコミュニケーターの横尾美香さんが

どこかの記事で仰ったように

リン酸カルシウムの塊でしかないんだね

 

私も、

『骨まで愛おしい』

気持ちはあっても

 

今そこにあるのは

トトさんの抜け殻であって

 

トトさんそのものじゃないんだ

 

 

ってわかってるよ

 

 

 

 

わかったうえで

多分

この世界での存在の喪失そのものに対する悲しみを

嘆いてるのかなあ

 

それとも

置いてけぼりを私は嘆いているのかなあ?

 

わかりません。
が、わからないままに涙が出ちゃう。

 

 

 

今にして思えば

 

ハナの時はうまく悲しめなくて

心に蓋をしてしまって

平気なふりをしていたからこその

ペットロス拗らせ状態だったんだろうな。  とも、思う…

 

 

 

だから

 

今、思いっきり『悲しい』を発散させている、ここ数日。

おそらくは

まだまだずーっと、続くと思う。

だって、それだけ大好きだったんだから。しょうがないよね。

 

 

 

 

 

夜間の仕事も

無事終了したし、

 

トトさんも見送って

次は人間さまの看取りも

待っているし

 

 

 

今の時間は、その間のエアポケットみたいな

時間なんだと思うから

 

 

いっぱい泣いてもいいよね、トトさん❤照れ

 

私のお腹の上で寝ちゃうの、好きだったね🍀  2013年のトト。

 

2012年1月のトトさん。

私の部屋が大好きだったよね。可愛いなあーラブ はぁ~可愛い~飛び出すハート

 

 

 

 

 

今日もお空で

沢山のお花が

トトさんの上に降っているはずだね。

 

お花が降り注ぎ過ぎて、モリモリに埋まっちゃうかなあ(笑)

 

 

 

ねぇ、トトさん🍀

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2月28日

 

 

 

初めての月命日がきた。

 

トトさんがお空に還っていってから

もう1か月が経つんだね。

 

早いなあ、早いね、トトさん🐶

 

 

 

祭壇は仮のまま。お供えと🌸だけはキレイに✨

トトさんのいた形跡は、もう跡形もなくなった。

 

トトさんと暮らした日々が夢だったような気もするけれど

夢じゃなくて

トトさんはちゃんとここにいて、生きてくれてたね。

お骨が確かにそれを物語っています。

 

 

 

 

トトさんは

元々ブリーダーさんが

血統だけは良かったらしく、繁殖犬用として

手元に置いていた子でした。

それを、ババ友で、同じく犬種違いでブリーダーさんをやっていらっしゃる方が、ブリーダー繋がりで

「一匹飼ってみない?」

という話になったそうです。

 

その頃、私は先代のハナという雑種の中型わんことお別れして3年が経ち

突然ある朝逝ってしまったショックから

なかなか立ち直れずにいた。

だから、犬を飼おうという気持ちも、全然なかった。逆に反対してたんです。

 

強引に「わんこを飼おう!」ってあの子を引き取ったのは

最初は実は、ババの方でした(笑)

 

 

最初は私、

小さいチワワなんて…と思ってた。中型犬しか知らなかったから。

悲しみは懲り懲りだって思ってた。

 

 

でも、最初に公園でトトさんに逢った日

あの子のホワイトもブラックもフォーンもレッドも全部ごっちゃまぜになった毛色を見て

ああ、ハナが生まれ変わってきてくれたんだって

咄嗟に、思ったんだった。

(本当に、チワワなのに、雑種の子みたいな毛色をしていました)

それくらい、ごっちゃまぜの毛色がハナに見えた✨

 

 

↓  犬種は全然違うのに、何となく、背中あたりの毛色が何とも似ていた❤

 

トトさんはある程度まで、ブリーダーさんの手元🏰で育ったから

私はトトさんのパピー時代を知らない。

でも
最初に逢った日の

抱っこしたときの温かさを今でもよく覚えてます。

抱き方も知らなかった私。

『あったかくてふにゃふにゃしてて、壊れやすそうな生き物だなぁ…』

って思ったっけ。

 

 

それからはすっかり私の方がメロメロになっちゃって(笑)

毎日毎日うちに慣れてくれるまで、おしっこや💩の様子なんかをわくわくしながら

記録した覚えしかない。

トトさんとは幸せな記憶しか、ないね✨

 

これ、黄色のボロボロ軍手が一番のお気に入りのおもちゃだった(笑)↓

 

そうして

トトさんがいる毎日が至極当たり前になってたね。

空気みたいに

いるのが当たり前になっていた。

 

どんなに仕事が不規則で忙しくても

トトが待ってるって思えば頑張れたよ。

どんなに辛いこと

しんどいことががあっても

トトさんがいたから今まで何とか折り合いつけてやってこれたよ。

 

小さい頃からお布団に潜りこむのが好きだったね(笑)↓

 

 

これまでも、生きてれば楽しいことばかりじゃなかったけれどもね。

でも

喜怒哀楽、全部、半分こしてくれたね。

遅くなってから帰ってきても、歓迎の後で、その寝顔を見られるのが何より嬉しかったよ🍀

2016年のおねんねトトさん。↑ 悲しいことにこの頃はほとんど寝顔しか、写真がありません💦

 

 

 

トトさん、ありがとうね

 

2021年12月20日のまどろみトトさん。↑ 事故一か月前です

 

あんな事故で障害を負ったのに

この世に戻ってきてくれて、本当にありがとうね🍀

そして、ごめんね、

あれだけ幸せにするよって言ってたのに、最後の最後に事故なんかで痛い思いさせて。

ごめんね、トトさん。

 

 

🐕『ねね、わたし、もうこれだけがんばって生きたから、今度はねねが頑張る番でしよ!』

 

とばかりに

逝ってしまったけれど

 

トトさんが遺してくれた沢山の幸せな思い出と

ただ真っすぐに生きることの大切さと

最後の深い深い後悔と一緒に

これからもう少しだけ

 

この世界で生きるから🍀

 

そっちに行くまで待ってて🌈   

 

 

 

 

 

ねえ、トトさん。

 

 

 

 

 

 

元気なわんこさんにゃんこさんも

病気と闘うわんこさんにゃんこさんも

1分1秒でも長く、楽しく飼い主さまと共に過ごせますように🍀

 

 

 

トトさんと一緒に今日も祈ってます

 

 

 

動物が本当に喜ぶこと

トトさんが本当に喜ぶこと

 

 

私の場合。

 

これを考えて考えて考えた結果

『群れ』 として、一日の大半を一緒にいよう!って決めたんだった

(一つには、この時、トトさん、尿毒症の諸症状でだいぶ具合が悪かった、ということもありました。

この時点でもう永くないと言われてた。)

 

結果としては御覧の通りで

トトさんは室内の事故が遠因で、14歳ときっかり1か月で逝ってしまった。

飛躍的に伸びるわんこさんの寿命からしたら、

全然足りないじゃないか…とも思う

確かに足りないし、確かに事故がなければ

トトさんはもう少し生きられたはずだった、とも思う。

(あの脳に重い障害を負わせた室内の事故だけは

私たち家族が墓まで持っていく、後悔です)

 

 

けれど

 

 

専業主婦でもない

ましてや金持ちでもない私が
無理を押し通してでも手に入れた

トトさんと私の最後の約9か月間の日常は
 

トトさんにとっても

私にとっても

濃密で幸せな時間の積み重ねだったように思います。

 

毎日毎日あの子の事だけを考えて

毎日毎日自分の手でケアをして。

お世話そのものが毎日毎日楽しかったんだな。

調子悪かったりして、胸が潰れそうな思いもたくさんしたけれども。

 

 

トトが存命中に何度も何度も考えさせられたことでしたので

シワ男先生の記事をリブログさせて頂きました

先生の仰る通り

動物の命は

思っているより長いものではありませんでした。

だからこそ

最晩年の1日1日が宝物でした。

 

 

それに気づかせてくれたのも

トトさんだったね。

 

 

ありがとうね🍀

幸せをたくさんくれたこと、一生忘れないからね。