帯状疱疹になりました。
顔や頭皮にまで広がる、ピリピリとした痛み。
心と身体がそっと教えてくれたのは――
「これ以上、我慢しないで」というメッセージでした。
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振り返ると、ずっと抱えていたストレスがありました。
ある職員の不適切な保育に、胸がざわつく日々。
子どもを冗談まじりに怖がらせたり、嫌がることを笑いながら繰り返したり。
その場は盛り上がっているように見えても、
私には、子どもたちの小さなSOSが見えていました。
でも、
「どう伝えればいいのか」
「どうすれば責めずに、伝わるだろうか」
――そんな葛藤が続き、心が少しずつすり減っていったのです。
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そしてつい先日。
まったく別の職員が、保護者からの強い恫喝(カスハラ)を受ける出来事がありました。
動揺し、傷つき、張り詰めていたその職員の話を、私は丁寧に聴きました。
「あなたは何も悪くないよ」
「大丈夫、私たちは仲間だよ」
そう声をかけながら、私は、ふと自分のことも話したくなりました。
そこで、その職員にだけ打ち明けたのです。
「実は…帯状疱疹になった3日前に、
原因のひとつとして浮かんだのが、ずっと向き合ってきた“ある職員の保育”に、うまく向き合えない自分責めのストレスだったのかもしれないんだ」
それは、その職員に責任があるわけでは決してない。
でも、自分のしんどさを誰かに話すことで、ようやく心がほぐれていく気がしたのです。
そのときの空気は、痛みを共有するような、静かな優しさに包まれていました。
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すると、その職員が、ぽつりと話してくれたのです。
「実は、気になってることがあって…
他の職員が、新採の子にきつく当たっているように見えるんです」
驚きました。けれど、すぐに納得もしました。
この安心の空気が、本音を引き出したのだと。
そこで私は、新採職員と面談の時間を持ちました。
彼女は涙を浮かべながら、心の奥にしまっていた言葉を一つひとつ、丁寧に吐き出してくれました。
「怖かったこと」
「我慢してたこと」
「それでも頑張りたかった気持ち」
その涙は、我慢の限界を超えてようやく流れ出た、尊い感情でした。
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気づけば、いくつもの「安心のバトン」が手渡されていました。
私が心の奥を打ち明けたこと。
それが、別の職員の本音を引き出し、
さらに、新採職員の心の扉を開くきっかけとなった。
安心は、派手に広がるものではない。
でも、確かに人から人へ、静かに受け継がれていくのだと感じました。
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今日、園長に相談する予定です。
今起きていることを誠実に共有し、
組織としてどう向き合うかを、一緒に考えたいと思っています。
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正直、私はヘトヘトです。
でも、不思議と悪くない疲れです。
「守りたいもののために動けた」と思えるからかもしれません。
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そして、いま一番伝えたい言葉があります。
あなたは、間違ってない
何も悪くない
よくやってる
私たちは仲間だよ
これは、仲間に届けたい言葉であり、
同時に、いまの自分にも静かにかけてあげたい言葉です。