色々あったけど二人目妊娠してほっとし、つわりに苦しみ、無事に安定期に入ったかと思ったらまさかの不正出血。この子がだめになったら立ち直れないと怖くてたまらなかったけど、お薬と静養で持ちこたえ、なんとか出産までこぎつけました。
一人目がかなり大変だったので、免疫が付いたのか、私も産後鬱にならずに落ち着いて育児をすることが出来ました。同じきょうだいでもこんなに違うんだと思うことばかりで、大変だけど、面白いな~って思うこともたくさんありました。
それから、短いスパンで小さい子二人を抱えて転勤のため引っ越しを続けていると、五年前、人生最悪の体調不良に見舞われました。小康状態だったパニック障害が大爆発してしまったのです。
引越し間近に大爆発して、家事も出来ないほどになり、本当にどうやって子供と過ごしていたのかと思うほどでした。そのまま赴任地へ行き、少しづつ回復してきたと無理をして。リハビリだと散歩したりしていると、またもや大爆発し。一睡もできない、24時間飲み込まれそうな不安感がつきまとう、吐き気、食欲ゼロ、いろいろなものが怖い、あまりにも辛すぎて、両親を早くに失い、生きたくても生きられない人がいるのだから、自ら命を絶つことはしないと決めていましたが、辛すぎて、楽になりたい、、と思ってしまったことがありました。
でもそんなことを考えていると、大泣きしている子供の顔が目に浮かびます。そこで辛いながらもハッとして、ぜったいにそんなことはせずに、元気になろうと、寝たきりの中布団の横に子供たちの写真を置いておき、いつも見ていました。
そのころは自分では生活が回らないので、丁度退職したばかりの妹に手伝いに来てもらい、家事全般をやってもらっていました。病院の付き添いもしてもらいました。妹には感謝してもしきれません。きょうだいを作ってくれた父と母に本当に感謝しています。
ですが、妹も妹の生活があります。帰った後は、少し調子のよい時間を見計らって必要最小限の家事をしていました。本当にすこーしづつ、すこーしづつ、動けるようになっていきました。次の年になると、リハビリと称して、お茶会したり、ランチに行ったりしていました。そのまた次の年になってやっと本格的に自動車の運転を始めました。車の中で酷い発作が何回か来たので、そうなるのが怖くて運転席に座ることが出来なくなっていたのです。一日一日忍耐強く、良くなることを信じて、周りの人に励まされながら生活していました。寝たきりから行動範囲がここまで広がったことが本当に嬉しかったのです。
マイストーリー⑫につづく
#妊娠#ふたりめ#パニック障害#でもきっとよくなるから#大丈夫#人生の棚卸