最愛の母を亡くし、実家で父との二人生活が始まりました。なんだかんだ母を頼っていた父は、母がいなくなると元気がなくなり、趣味の釣りも、絵を描くことも、ボウリングもしなくなってしまいました。
母の49日が終わったころ、父の体調に異変がありました。病名は初期の胃がん。入院して手術することになりました。しかし、手術後に主治医から受けた説明は、初期ではなく、スキルス性胃がんでした。それでもこれば本人には知らせないでおこうと。妹と二人で父の病室に行き、初期良かったね!と励ましました。それが私にできる精一杯でした。
退院してからは痩せてしまった上に、妻を亡くし、趣味もなくし、元気がなくなり、でもイライラするようになっていきました。なんとか私も仕事を辞めずに続けていましたが、ある日、父の顔色がおかしいのです。検査してみると胃がんが再発していました。主治医から聞かされたのは、長くて三か月、短くて一か月という言葉でした。さすがに病室に寄って普通にする自信がなく、父に見つからないように、病院を後にしました。
なかなか親孝行ができていなかったので、お風呂に入れない父の頭を洗面所で洗ってあげました。そのときの「」あー。さっぱりしたなあ」という言葉が忘れられません。喜んでもらえてよかった。
そんな辛い時期にも関わらず、結婚しようと話していた彼氏と急に連絡が取れなくなります。不安定になり食欲もなくなりました。どうしても連絡が取れず、共通の友達に入ってもらい、やっと会って話すことが出来ましたが、別れる原因は未だ分からず。浮気なのか、もう少しで父を亡くす私と付き合っているのが重い?それくらいしか思い当たりません。浮気でもいいからはっきり原因を知りたかった。これで私は男性不信になりました。でもこんなことで泣いている場合じゃないと、気を張って生活していました。それじゃなければ保てなかったのだと思います。
そしてそれから一か月後位に父が亡くなりました。父は厳しいし、無口で自分を分かってくれないし、きっと死んでも悲しくないくらいに思っていましたが、やっぱり悲しかった。入院していようが何だろうが。この世にいたのだから。でももういない。昨日までいた人がいなくなる経験を再びすることになりました。
⑨につづく
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