パチンコにハマって半年ほど経った頃だと思う。もしかしたら3か月ぐらいかもしれない。

ともかく、パチンコがつまらなくて仕方なくなっていた。なぜか? 答えは簡単。勝てないから。
しかし、液晶で熱い演出に引っ張られるだけ引っ張られて、結局外す、ということに飽き飽きしていたし、羽根モノの楽しさを知ったものの、やはりデジパチほどは勝てない。でも、どうもパチンコが気になるから打つ、という悪循環を繰り返していた。


そんな頃、なんとなくホールで気になる存在だったのが、以前に演劇時代の先輩に目押しをしてもらったパチスロだった。時は折りしも「獣王」が登場し、AT機革命が起こっていた。雑誌やネットなどでパチンコ、パチスロ業界の動向をチェックするようになっていた私にも、自然とその爆裂ぶりが情報として入っていた。


「どうやら、パチスロのほうが儲かるらしいな。それに、やっぱパチスロって若いヤツがやってるし、パチンコよりもいいのかもなあ」

そんなことを漠然と考え始めていたある日、会社の人々と話していると、後輩の女のコが「私、よく彼氏とパチスロを打ってますよ」と言う。


「いやー、オレ、パチンコばっか打ってるんだけどさ、実はパチスロに興味があるんだよね。ただ、一人だとパチンコよりもよくわからないし、あのさあ、今度パチスロ教えてくんない?」
「いいですよ。じゃあ、私が好きな『タイムクロス』を打ちましょう」
「『獣王』じゃないの?」
と、当時知っている唯一のパチスロの名前を言う。
「『獣王』は絵柄がカッコ悪いから嫌いなんです」
「ふーん。いや、その台知らないけど、まあ、なんでもいいや。よろしく」


ということで、後日、会社帰りに有楽町のパチスロ屋におもむくことになった。道々、話を聞くと「ともかくウィンちゃんっていうキャラがかわいいんですよ」とのこと。パチスロでキャラってなんだ?と思いながらも付いていく。

その店のパチスロコーナーは薄暗く、今まで見かけたパチンコ屋に併設してあるパチスロコーナーとは違う雰囲気に思えた。


「これこれ、これです」
と彼女に導かれるままに、シマにつくと、液晶のついている台がある。

「液晶かー。液晶がイヤだからパチスロ覚えたいのになあ。ていうか、パチスロにも液晶があるんだ」
と、思いながらもとりあえず、「これなんか、いいかも知れませんね」と彼女に薦められた台に座る。今思えば、初期液晶付きパチスロの名機であるが、当時はそんなことをしるはずもない。
「タイムクロス」のシマは客付きがよく、彼女と並んで打つことはできなかった。


とりあえず、コインサンドに1000円札を入れ、コインを入れる。回す。止める。
あっという間に1000円がなくなる。
「パチンコよりも、カネが消えていくのが早いなあ」
と思いながら、その行為を繰り返す。


液晶では、なんだか知らないけどロボットが釣りをして、何かを引き上げている。
後輩のところに行き、
「何これ? なんか当たってるの?」
「いや、別に普通のことですから、そのまま打ち続けて下さい。赤ちゃんが見つかったら呼びに来て下さい」


「赤ちゃん?」と思いながらも続行。あっという間に5000円ほど消える。
ふと見ると、後輩のコがすでに当たったらしい。満面の笑みだ。


「うーん。どれぐらいカネかかっちゃうのかな」と思いながらも、後輩の手前、どんどんコインを借りる。
が、ほどなく、液晶が原始時代に代わり、ドカーンと火山が噴火した。赤ん坊が落ちてくる。


「ねえねえ、赤ちゃん落ちてきたけど。これはさすがに当たってる?」
と再び後輩を呼びに行く。

「当たってます。このキラキラ光る青いのを狙って下さい」
とりあえず、2度ほど狙うも、初心者に揃えられるわけもない。結局、彼女が揃えてくれた。


「大当たり中はどうすればいいわけ?」
「うーん、色々あるんですけど、まあ、とりあえずそのまま打ち続けて下さい」
今思えば、わざわざ外しに席を移動するのは面倒だ、というところだろうか。


ともかく、大当たりを消化した。


「で、もうヤメたほうがいいの? それともすぐ当たるの?」
「いやー、別にすぐ当たるとかはないんですけど、とりあえず100回ぐらいは回したほうがいいです」
「ふーん」

といいながら打ち続けると、なんとすぐにまた液晶で赤ん坊が登場した。
「ねえねえ、当たったけど、確変?」
「いや、そういうのないですから」

今度は黒いのが揃う。

「あ、バケですね」
「バケ?」
「出玉が少ないってことです」


出玉の多い少ないがあるのか~、と思いながら打ち続けると、なんと次もまた50ゲームもしないうちに赤ちゃん発見。
一度は自分で青いのを止めてみよう、と思ってベットボタンを押したら、となりのおじさんに「1枚、1枚」と声をかけられた。
「え? 1枚って何ですか?」
「3枚で狙うと2枚損しちゃうだろ。当たってるときは1枚で狙うんだよ」
と目押しをしてくれた。


その後も100ゲーム以内にポコポコ当たる。またしてもビギナーズラックがやってきたわけだ。
その度にちょくちょく立っては、年下の女のコのところにお伺いを立てに行くので、周囲の目が恥ずかしい。


「すごいじゃないですか! 高設定かもしれませんね」
「高設定? 何それ?」

と思いながら打ち続け、100ゲームを抜けたので、「100ゲーム抜けたからヤメるよ」と後輩のコに言う。彼女もちょっと出玉があったので、結局、初のきちんと打つパチスロは1時間ぐらいで終わった。


換金すると、2万円ほど勝っていた。後で考えるとその店は6枚交換だったから、余裕で1000枚以上。おそらくBR混合で5連ぐらいしたんだろう。ジャク連のような、Aタイプの謎連荘がいきなり訪れたわけだ。


その後、後輩にお礼の意味をかねて焼肉を奢りながら、「パチスロには設定というものがあって」などとパチスロの基本をご教授いただいたが、はじめてパチンコで出したときのように、結局よくわからず、また、勝ち金も2万円だったので、パチスロに対して大興奮するわけではなかった。


「うーん、やっぱり目押しができないと、ちょっとパチスロは難しいよね」
「いや、店員さんを呼べばいいんですよ。目押ししてくれますから」


なるほど。それだったら、私でも一人で打てそうだ。
ということで、この日を境に、パチンコ屋に行くとパチスロのシマを気にするようになった。


タイムクロスA スペック
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山佐 Aタイプ 2000年リリース

【BIG確率】
設定1  1/303
設定2  1/293
設定3  1/273
設定4  1/256
設定5  1/241
設定6  1/241
【REG確率】
設定1  1/431
設定2  1/364
設定3  1/341
設定4  1/321
設定5  1/303
設定6  1/241
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羽根モノの楽しさを覚えながらも、なんだかんだでデジパチも打ち、寝ても醒めてもパチンコのことを考えているような生活が続く。仕事の合間にちょっと時間があれば、パチンコ屋を覗き、仕事が終わればパチンコ屋へ直行。しかし、不思議なことに休日に終日パチンコ屋にいる、という状態にはならなかった。おそらく、出たら即ヤメ、というスタイルを続けていたからだろうと思う。


ともかく、すっかりパチンコ中毒になっていたわけだが、依存具合をはじめて認識したのはこんな事件があったからだ。


多分、夏真っ盛りのころだったと思う。
実家から連絡があった。

「○○のおじさんが亡くなったらしいので、代表してお通夜に行くように」とのことだった。
正直、名前を言われてもまったくピンと来なかった。本当に記憶がないぐらいの幼い頃に会ったりしていたそうなのだが、物心ついてからは会ったことがない親戚の方だった。


その日は黒のスーツで出社し、夕方に退社し、駅のキオスクで黒のネクタイを買った。ずいぶん遠くまで行った記憶があるから、千葉か埼玉のほうだったのだと思う。
駅を下りると、パチンコ屋が目に入った。だが、当然、斎場へ直行。


記憶のある親族は一人だけだった。お久しぶりです、と挨拶をしつつ、焼香し、親族控え室へ。だが、親族はいろいろと語りかけてくれるが、自分はまったく覚えていないので、申し訳ないが居心地はよくなかった。

ある程度、通夜が進んだところで場はお開きになり、私は喪服のまま、見知らぬ駅に行き、パチンコ屋で「くじら君」を打った。さすがに途中で「なんだな」と思い、黒ネクタイは外した。


しかし、大当たりを必死に消化しながら、激しい自己嫌悪に苛まれた。
「おいおい、記憶がないとはいえ、親戚の通夜の帰りだぞ。なんでお前、パチンコなんか打ってるんだよ。そんなにパチンコが好きなのかよ」


答えはもちろんイエス、である。


結局、「くじら君」でちょっと出して数千円勝った。

しかし、帰りの電車のなかで、「オレ、ちょっとパチンコでおかしくなってるかもな」とはじめて自問自答し、なんとなく晴れない気分を味わったのも事実である。


だが、後年、「パチンコ打っていて友人の葬式に行かなかった」とか「大学の試験期間に友人がパチンコ屋まで探しに来てくれて、『教授がともかく試験さえ受ければ単位くれるって』と言ってくれたけど、『ごめん、ムリ』とパチンコを打ち続けた」という猛者たちに出会い、自分も自分も、とこの話題を面白おかしく話したりはしていた。無論、猛者たちのエピソードに比べて、ネタは弱かったが。


「くじら君」スペック
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メーカー:平和  
タ イ プ:デジパチ
備 考:入賞口入賞→羽根1回open/チャッカー入賞→抽選2桁数字デジタル回転11、33、55、77、99でチューリップ1回open→入賞→羽根2回open
Vゾーン通過でデジタル抽選、3、5、8、V(15)R継続
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おそらく2001年夏のこと。


ということで、「CR天才バカボン」に夢中になり、何かと言っては「レレレのレー」だの「くりんくりんくりんくりん」だのしゃべる台を仕事の合間に打ちまくる日々が続くのだが、ビギナーズラックもとうに過ぎ去ったこの頃、なかなか勝てなくなってきていた。


また、「バカボン」だけでなく、パチンコ屋に当時あった「わんわん物語」だの「CRフィーバーもののけ」なども触っていたのだが、さすがに「液晶でどんなに大騒ぎしても、当たってるかどうかはチャッカーに入った瞬間に決まってるんだろ」ということがわかり、なんだか液晶の演出に一喜一憂していることが急激にバカバカしくなってきた。


そもそも、パッキーカードを買わなくてはいけない、という制度に対して非常に疑問を持つようになる。「パチンコってそうそう当たるもんじゃないんだ」ということが段々と分かってきたこの頃は、残念なことにいきなり5000円のパッキーカードを買っていた。現在のようにリサイクルカードで清算できるわけではないので、たまに1000円とかで大当たりを引くと、後日、残りの4000円を使用するためにまたその店に来なくてはならない。
で、結局、また4000円を使って熱くなって、さらに5000円のパッキーカードを買って……という循環に、「なんかパチンコってバカバカしいな」と思い始めていた。


そんな頃、地元の別の店で、ボロッボロの「ファインプレー」を発見する。
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メーカー:マルホン  
タ イ プ: 羽根物
出 玉 数:100or500or1000
賞 球 数:5&10
備 考 :V入賞後のデジタルで貯留回数が決定、「1」は0回、「7」は6回「15」は14回。各デジタル出現率は1/3。

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「あ、この台、なんか昔見たことがある。羽根モノか」
と、興味本位で打ち始めた。設置されてから相当の年数が経っていたらしく、セル版もボロボロで、中にはセルの後ろの木の部分が露出しているような台もあった。


羽根モノは高校時代、大学時代に打っていたのだが、ここで「チャッカーが鳴いた後、役モノに玉をぶち込んで、その動きに一喜一憂する」ことの楽しさを改めて認識する。


「なにこれ、結構面白いじゃん!!」


ファインプレーの役モノは、磁石のついた回転体で、中央に「ホームラン」というマークがあり、その両側に「ヒット」というマークがある。そこに磁石が付いており、銀球がそこに拾われると、前方の大当たりの穴に入りやすく、「ホームラン」ならほぼ大当たり、「ヒット」でも前方の移動している大当たり穴の位置によって、大当たりする可能性が高まる。中には妙に球スジが右にズレる台もあって、左側のヒットに玉がくっつけばほぼ大当たり、ホームランにくっついても右にズレて外れ、なんていう台もあり、「役モノのくせ」というものをはじめて学んだ。


ともかく、低投資で当たるし、チャッカーが鳴いて数秒後に打ち出せば羽根が拾う確率が上がる、なんていうことをどこかで学んで実践したり、と攻略っぽいことに楽しみを見出した。さらに、今でも釘は読めないが、ともかくこういう台は釘が大事なんだ、ということを学び、読めないながらも釘を見たりするのも楽しかった。


その店は今思えばファインプレーを大事に扱っている店だったようで、一シマあるファインプレーは客付きもよく、一日の当たり回数が50回、60回の台もザラで、会社帰りに数多く当たっている台に座れば、結構当たりやすい、ということを覚え、よく9時、10時からでもその店に行って、短時間のお遊びを楽しんだりもしていた。


「もうさ、液晶に翻弄されるよりも、羽根モノでいいんじゃない?」と思って、他の店に行ったときも羽根モノを打っていたのだが、ファインプレー設置店に比べてあからさまにチャッカーに入らなかったり、といったことを経験し、「同じパチンコ店でも、店によって大事にしている台と、回収台が全然違うんだ」という「店選びのチェックポイント」を体感的に学んだりした。


その後、スロットを覚え、パチンコにまったく触らなくなった時期にも、羽根モノだけはお遊びで打ったりしていた。今でも、「羽根モノだけで満足できる店があれば、ずいぶんパチンコ屋に落とすカネが減るだろうな」と思いつつ、そんなパラダイス店は見つけられていないままである。