「ない」から感じるべきものは | 安心して繋がる場を☆あいあい“お茶芽め”のブログ

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「ちょっと八百屋さんへ、本屋さんへ、花屋さんへ…」
そんな気分で気軽に気楽に立ち寄れる場・はなそう屋という存在になりたい☆…私・はなそう屋は、安心して繋がる場≪あいあいクラブ≫立上げ後、笑顔の世の中を願い【@home☆あいあい】として動き…さらにいろいろ♪

数々の「ない」を目の当たりにし

感じられるものは「ある」だった


「ある」ありがたみ


そこに有害と呼ばれるものが

含まれているかもしれなくても


あった、という事実。



「ある」から感じられるものは

「ない」でよいかもしれなくて


「ない」ありがたみもあるのだろう



害が有るのか無いのか

それって

どちらでもあるのかもしれず

どちらでもないのかもしれない



うけとった側の感じるものが、そのものにとっての

真実。



害と益に明確な線引きはできなくてもいい気がする。


どこまでをゆるせるか、

私自身が。それだけでいい気がする。



「いっしょにゆるしてくださいますか」

それはとてもあつかましい願いなのかもしれません…


それでも


「ごめんなさい。

どうかゆるしてください。」


まだまだ未熟な私に、この地において

成長の時間をおゆるしください。


ここに自分の命があることに感謝しているから

今の私にできることは、受けとり、

発すること


いきている ここ に…


今までゆるしてきてくださったことに

「ありがとうございます。」


言葉は持たない この命の星に

伝えられるのは言葉ではないのでしょうけれど。


「これからもいっしょにいさせてください。」


人も天と地とつながっている…


つないでいるのが 気 であるのなら

その見えないものを感じ、とりいれ

発し続け、

つながりつづけること、循環をつづけること


「これからもいっしょにいきることをゆるしてください」