七夕伝説 | 花師論

花師論

まるっきり今までの生活を捨てて、ひっそりと身を隠して起死回生をボ~っと見つめるただのおっさん。
世間では「報われない人」と笑われ、「前に出るな」と罵られながらも、いつも笑顔で暮らしている。
さてさて、この先どこまで行くのやら?

昔々

日本の禊(みそぎ)の行事として、

「乙女が着物を織って棚にそなえ、神様を迎えて秋の豊作を祈ったり、人々のけがれをはらう」という神事があり、その乙女を「棚機女(たなばたつめ)」、そして、着物を織る織り機を「棚機(たなばた)」と言い時とともに、この行事がお盆を迎える準備として、「7月7日の夜」に行われるようになり、ここから、現在「七夕」を「たなばた」と当て字で読む由来がここから来た。とか

{76B6DF09-0608-43E1-82E0-BE5DAC439069}

七夕と言えば!

織姫と彦星の有名な伝説ですは、中国からの由来が起源とされており、おりひめ(琴座のベガと呼ばれる「織女(しゅくじょ)星」)は縫製の仕事を、ひこぼし(鷲座のアルタイルと呼ばれる「牽牛(けんぎゅう)星」)は農業の仕事を司る星とされていました。

この2つの星は、1年に一度、7月7日に天の川を挟んで最も光り輝くことから、この日を巡り合いの日として七夕のロマンチックなお話が作られ、現在も日本各地に伝えられる「七夕伝説」として引き継がれている。

現代社会のように、メールやLINEなどで愛を告白させる時代でらなく、影で密かに相手を想い、平安時代に入ってから「和歌」を用いて愛を伝える。光源氏など、牛車に乗って出向いて、夜這いを仕掛ける為に先ずは「和歌」を送る。

なんとも焦れったい話しではあるが、恋をする者はこの焦れったさこそが、胸の辺りが"きゅんと"せつなくなったのではなかろうか?

世の中が便利になればなっても、この胸の辺りの"きゅんと"ってのは、なくならんもんですが、それすら忘れがちになってる日常に、目を背けててはいけません。

恋も夢も、死ぬまで追い求めるからこそ、人はいつまでも若く、そして素敵になれるんではないか?と

「夢はでっかい程見失わんもんや」と、テレビの中で出っ歯の男がニヤけて言いました。

「ごうか~~~くっ!」

{41F6A7D7-AA09-4780-B19A-09727317CAA6}