めだか屋で奮闘しまっせ（１７－１）

めだか屋で奮闘しまっせ　（フィクションです）

第十七話　自分の殻の巻（１）

　忙しかった夏秋が過ぎ、めだか屋も一段落着く頃、召田輔（めだすけ）は身を固める事を意識し始めていた。

「あかねちゃんも同じ気持ちやと思うけど、どうなんやろ。もしやして、わいを父親みたいにしか思てないかも知れへんし、どないしたもんやろか。」と、心は揺れ動いていた。

隣の爺さんには「一回りも年下の嫁を貰おうって贅沢な話やで、迷とったらどっか行ってしまいまんで。」と冷やかされ続ける召田輔だったが、思い切れずにいるのだった。

そんなある日、召田輔の元に一通の手紙が届いた。

奈良の一軒家に住む青年からの結婚式の招待状だった。

「おおっ、やっぱし、相手はあいはんやで。」と喜びながらあかねに話していた。「当たり前ちゃう。最初に会った時にピンと来たわ。」と、あかねも喜んでいた。

式、当日、召田輔は、爺さんに借りた着慣れない礼服を着て、東京へと向かっていた。

東京駅に着いたものの、地名も駅名もちんぷんかんぷんの召田輔は、駅員を捉まえては式場への案内地図を見せて「此処へ行きたいんやけど、どう行きますのや。」と、聞いては間違え、聞いては間違えして、やっとの事で赤坂のホテルへ着いた。

受付へ行くと「ご親族の方ですか。」と聞かれたので、「親しいもんでおます。」と答えると、「新郎か新婦のおじ様でしょうか。」「いや、単に青年と親しいだけでんねん。」「ああ、新郎のご友人で。」「そない大層なもんやおまへん。」と答えると、また、いつかのように、くすくすと笑い声が聞こえた。

案内された席へ着くと、自分の周囲は、おじさん連中で囲まれて、聞き慣れない関東の言葉が飛び交い落ち着かない。そんな中に、唯一関西弁を話す人がおり、一人居づらそうにしている召田輔に興味を持ったのか話し掛けてきた。「関西からいらっしゃいましたん。」「大阪でおます。」「新郎のお知り合いで。」「友達でおます。」「新郎に、こんな年配の友人がいらっしゃったとは。フルーツの関係で。」「めだか屋でおます。」と答えた途端、相手の口調が変わった。「そうでしたか。青年が家にいた頃は、良う見して貰いに行きよりましたんでっせ。何か、あかねづきとか言うめだかも新郎が作ったらしいやおまへんか。わしも分けて貰ろて飼うとりまんねんけど、中々、上手い事行きまへんでなあ。」「そうでんのか。めだかを飼うのにも愛情がいりますさかいに。」「愛情でっか。おもろいことを言いまんなあ。嫁はんみたいに大事にしたらなあかんっちゅうことですかいな。」「そうでんな。」「ほんで、何や錦鯉みたいなんやら熱帯魚みたいなんやら、めだかもえらいことに成っとるようでんなあ。」「よう知っとりまんがな。次々変わるよって、やって行くのも大変でんのや。」「けど、楽しい商売でんがな。」「そうでんなあ。好きやから出来とるんですな。」「好きやから出来るって羨ましいでんなあ。わしも好きな事やって商売になれへんかって、いつも思っとりま。」「そうでっか。ほんで、あんた誰でんねん。」

話し掛けてきた相手は、奈良のフルーツ協同組合の職員で青年とは個人的に親しくしていたと言う事であった。

意気投合したのかどうか、二人の関西人の世間話は会場に響き渡り、周囲のくすくすと共に和やかに宴は過ぎて行った。

宴も大詰めとなった頃、「本日はありがとうございました。」と、新郎新婦が挨拶に来ていた。

召田輔は「おめでとうさんでおます。やっぱし、そないなっとったんやなあ。」と聞くと、新郎は照れながら「召田輔さんより先になっちゃいました。」と答えた。「ほんまやがな、順番がちゃいまっせ。」と話していると、さっきまで世間話をしていた関西人が、横から「おじさんは独身でんのか。」と割り込んできた。召田輔が「おじさんって、わい、そんな歳とちゃいまっせ。」と返すと、「エーッ、わしより下でんのか。どう見ても、おじさんやけどなあ。いやー、ずっと上やと思とりましたわ。」「幾らなんでも、そりゃ無いで。」と掛け合いが止まらない関西弁を聞いて、新郎新婦は笑っていた。

「次は、わいの番やで。」と新郎に伝え、土産をいっぱい提げて帰路に着いた召田輔だった。

（つづく）

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