留め置かまし大和魂
昨日の午前中は、萩市で活動。
浪人時代、お世話になった現在萩市在住の恩人に、ご挨拶におうかがいしました。
山口県知事選挙についてもお話をしました。
さて、萩と言えば、長州藩の城下町。
そして、明治維新の多くの立役者を輩出した町です。
時間が30分程できたので、松下村塾が保存されている松陰神社にお参りして来ました。
松下村塾は、皆さんご存じのとおり、吉田松陰が、久坂玄瑞や高杉晋作、伊藤博文、山縣有朋、吉田稔麿、入江九一、前原一誠、品川弥二郎、山田顕義などの面々を教育した塾です。身分にかかわらず、向学心溢れる人材が集まりました。
そして、吉田松陰の薫陶を受けた人材が、倒幕、明治維新、近代国家形成に大きな役割を果たしました。
これだけの人材が、一つの塾から輩出されたのは、奇跡です。
その奇跡を生んだのが、吉田松陰です。
吉田松陰は、欧米列強国による中国の植民地化を知り、幕藩体制では、日本も同じ道をたどるとの認識で、幕藩体制を壊し、欧米列強に伍する国家体制の建設に動きました。
幕府からすれば、まさに、罪人です。井伊直弼による安政の大獄により、1859年に斬刑に処されました。29歳の短い生涯です。
吉田松陰は、獄中にて遺書として門弟達に向けて『留魂録』を書き残しています。その冒頭に記された辞世は「身はたとひ 武蔵の野辺に朽ちぬとも 留め置かまし 大和魂」です。
現在の日本は、世界の激変、東日本大震災の中、国民の皆さんの生活安定、未来の日本への責任、そして、世界との調和を意識し、日本を再構築しなければならない転換期です。
明治維新、敗戦時に次ぐ、転換期と考えます。
その転換期にあって、吉田松陰の思いを、現在、議席を預からせていただいている私は、あらためて、胸に刻まなければならないと感じています。
↑国民生活の安定と平和を祈らせていただきました。
“毎日が行革!”
花咲宏基