そんなことのために、生きてるわけじゃない。


「私は困ってない」

「私は大丈夫」

「一人でも平気」


そんな言葉を聞くことがある。

それは本当にそうなのかもしれない。


でも最近、私は思う。

人間って、自分で自分の尊厳を傷つけてしまうことがある。


誰かと比べて、

私にはできない。

 私には足りない。 

あの人のほうがすごい。

勝手に自分を小さくして、勝手に自分にダメを出す。



そして、もう傷つきたくないから、

「これでいい」「私は大丈夫」「別に困ってない」

と自分を守る。


私も、ずっとそうだった。


だから、

「人なんて、そんなもん」

って諦めてきた。


期待しなければ傷つかない。深く関わらなければ、がっかりもしない。


それなりに幸せだったし、自分が不自由だとも思っていなかった。


でも、nTechに出会って、私はまったく違う世界を知った。


それまで私は、世界があって、その世界を私が見ていると思っていた。


でも、そうじゃなかった。

私が「世界」だと思っていたものそのものが、私の観点から生まれた認識だった。


人について思うことも。自分について思うことも。

腹が立つことも。傷つくことも。「違和感がある」と感じることも。


見えている色さえも。

全部、自分の認識。

世界の中で、もっと上手に生きられるようになるのではなく、

世界の中と外が、ひっくり返るような感覚だった。


だから私は、自分の考えや感情を見る。


悩みをなくすためじゃない。

怒らない人になるためでもない。

自分の認識から自由になるために。


そして私は、この認識が人間の尊厳を守るために必要だと思っている。


「自分が正しくて、相手が間違っている」


その世界を絶対だと思わなくていい。


「私はダメで、あの人はすごい」

その世界だって絶対じゃない。


すべてが自分の認識だと知ったとき、

私には、世界がとても愛おしく見えた。


人も、自分も、こんなに愛おしかったんだと思った。

満たされるって、こういうことなのかもしれないと思った。


でも私は、何にも腹を立てない人にはなりたくない。

傷つく私もいていい。

悔しくて泣く私も、腹を立てる私も、嬉しくて大笑いする私も、

全部持っていたい。


また観点につかまって、 

「くそーー!」ってなる私もいたい。笑


そしてまた、

「ああ、これも私の認識だった」

と気づけばいい。

私が欲しい自由は、

人間らしさをなくす自由じゃない。


自由になって、人間を思いきり生きること。


だから私は、本気の仲間がほしいんだと思う。

一緒に怒りたい。

一緒に泣きたい。

一緒に笑いたい。

うまくいかなくて悔しがったり、最高の瞬間に一緒に大喜びしたりしたい。


ずっと私は、

「人なんて、そんなもん」

って諦めてきた。

でも、もういい。


違う世界があることを知ったから。


人間は、誰かより上になるために生きてるんじゃない。

自分の価値を証明するためでもない。

傷つかないように、一人で大丈夫な人になるためでもない。


そんなことのために、生きてるわけないじゃない。


私は、人間はもっとすごいと思ってる。


もっと一緒に挑戦できる。

もっと一緒に失敗できる。

もっと一緒に泣ける。

もっと一緒に笑える。

そして、


まだ誰も見たことのない未来を、みんなでつくることができる。


私はそんな人間を信じてみたい。

誰かを負かすためじゃなく。

誰かより正しくなるためでもなく。

一人ひとりの尊厳を大切にしながら、


みんなで一緒に、一番美しい世界を目指して挑戦する。


私は、そんなふうに生きたい。