本を読んだり映画を見ているとき、誰だって感情移入をして楽しんでいるところがあると思います。
主人公に自己投影して爽快な気分になったり、脇役に自己投影して切ない思いを抱いたり。

現実世界でももちろんそういったことはあるはずです。
1番感情移入してしまうのはやはりニュースを見たときでしょうか。
例えば男が通りすがりの小学生の子どもを刺殺した事件があったとします。

小学生の子に感情移入すると恐怖を感じるでしょう。楽しかった家族との思い出や、将来あったかもしれない姿を想像することもあるかもしれません。
もちろん本当のところはわかりません。恐怖なんて感じる暇もなかったかもしれないし、家族仲が悪かったかもしれません。

その子の親に感情移入すると犯人への憎しみを感じるかもしれません。もしかしたら日常生活が送れないほど何も手につかない様子を想像するかもしれませんね。楽しい思い出に涙したり、犯人を刺し殺したりする想像をするかもしれません。
でももちろんこれも本当のことはわかりません。思ったよりも平気で新しい人生の楽しみを見つけるかもしれないし、思ったよりも深刻で後を追うことになってしまうかもしれません。

犯人の男に感情移入することもあるでしょう。ないかな?うーん…私が考えた犯人の気持ちとしては鬱屈とした人生のストレスの吐口を探していたとか、つらい気持ちを誰にも言えず叫び声がこんな形になったんじゃないかとか。でももしかすると本当は刺してみたらどうなるんだろう、という興味があっただけかもしれません。

こういった感情移入をするときに気をつけたいのが、それが正解ではないということです。どんな人も自分が思っていることは他人も思っていると考えてしまうし、自分の人生と同じような人生を他人も歩んでいると考えてしまいます。
そんなときは一度立ち止まって、違う可能性を考えてみる必要があります。こんな問題があるとします。

例の小学生の親の心情を答えよ。
・1年はつらく何度も泣いてしまう。
・犯人はしっかり罰を受けて欲しい。

違う可能性を考えよ。
・意外とすぐに立ち直るがしれない…?
・犯人を刺したい…?
・我が子がいない世界で生きていけなくなる…?

もちろんほかの可能性もたくさんあるのでただの一例ですが。一度立ち止まって考えることで本当のことはわからないんだ、と気が付くことが大事だと思います。

わからない、というのが考えた末の結果だということも重要です。
人の気持ちなんて考えたってわからないんだから考えるだけ無駄、なんて言って切り捨ててしまうのもまた危険なのです。
比較的治安のいい日本でも大きいものから小さいものまで連日事件が起きています。その中でいつ自分の周りで事件が起こるかわかりません。考えてみたことは無駄にはならないはずです。


今回この文章を書いているのはりゅうちぇるさんの事件について感じたことがあるからです。
りゅうちぇるさんがどう思っていたかはわからないし、それを勝手な憶測で語るのは失礼だと思うのでしません。
しかしりゅうちぇるさんが同性愛者であると発表し、ぺこちゃんと離婚したことに対する誹謗中傷がひどかったことは私も知っています。
ではなぜ誹謗中傷をしたのか。その多くの声がぺこちゃんと子どもがかわいそうというものでした。
でも実際は話し合いの末お互い合意しての離婚だったし、りゅうちぇるさんとその子の関係は離婚後も悪くなかったんですよね?きっと。
本人たちがいいって言ってるんだから外野は関係ない、と思う方も多いかもしれません。もちろん実際には関係ないし関係があるように振る舞うのは間違いです。
しかしきっとこのニュースを聞いてぺこちゃんに感情移入してしまった人がたくさんいたんだと思います。愛した人からの突然の告白にショックを受け、無責任であると怒り、幼い子の心情を思って心を痛めるぺこちゃんの様子をありありと想像してしまったのでしょう。そしてその想像がさも真実であるかのように錯覚し、そんなのひどいとりゅうちぇるさんを攻撃してしまったのです。

ここまで読んだら、そうかもなぁ、と思っていただけるのではないでしょうか。もちろん全然違う可能性もあります。真実なんてわかりませんから。

それでも実際に攻撃するのは違うでしょ!っていうのは間違いありません。でもその言葉がブーメランにならない人がどれだけいるのでしょうか。「罪のない者だけが石を投げよ」ということです。

最後にりゅうちぇるさんのご冥福をお祈りいたします。この世の全てから解放されていますように。

ただの感情のはけ口なので気分を害した人がいたらごめんなさい。