訃報が届きました。
会ったことはありませんが、話にはよく聞いていた方です。
長年、本当に長い間病と闘い、今日亡くなったそうです。
死にたいと思わなくても、いつ死んでも構わないと思っている私には全く理解できないことに、彼は最期まで生きたいと願っていたそうです。
上手く運動ができなくなり
トイレにも1人では行けず
食べることもできなくなり
話すことさえできなくなりました。
意思疎通は震える手で書く文章のみ。
ベッドの上で時を過ごし
ぼんやりテレビを見るぐらいしかできることのない状態で
それでも生きたいって、一体どういう心境なのでしょうか。
私も祖父母を亡くしましたが、彼らにも入院して死を待つ時間がありました。自身の死期を悟り、結婚式には出られなかったねと言った祖母の感情はどんなものだったのでしょうか。
退院する見込みのない入院生活は、死よりも価値のあるものなのでしょうか。
度重なるつらい手術を経て得るわずかな生にどんな意味があったのでしょうか。
生きる意味が見出せなくて死に魅力を感じてしまう私も、どんなに苦しい思いをしても生きたいと願う彼も、同じ人間だというのに何がこんなに違うのでしょうか。
とても不思議で考え続けるべき命題かもしれないけれど、きっといつまでもその答えは見つからないのだと思います。