午後の観光はルクソール神殿です
1本だけ残るオベリスクが印象的な神殿です。
カルナック神殿に比べると小さめな印象を受けました。
現在はオベリスクが1本だけ。
本来なら左右に1本ずつあったんだとか。
ムハンマド・アリがエジプトを統治していた時代、フランス人に「うちが作った時計台と交換しようぜ☆」と言われてあっさり交換してしまったんですって。
その時計台はムハンマド・アリモスクに、一方のオベリスクはパリのコンコルド広場にあります。
コンコルド広場のオベリスク は有名ですよね~~
時計台は後の記事に写真を載せますが、今では壊れてしまっていて修復作業中です。
「出来の悪い偽物を掴まされたんですね、ムハンマド・アリは~」と言っていました
ちなみに↑の情報はエジプト人のガイドさんによる説明です。
他の方が書いたコンコルド広場のオベリスクについての記事を読むと「エジプトから贈られた」と書いてあります。
立派なオベリスク。
これをフランスまで運ぶ労力…大変だっただろうなぁ。
ルクソール神殿の入り口はオベリスクだけではなく巨大な2体の像も建立されています。
向かって右側は残念ながら崩れてしまっていますが、ラムセス2世の座像です。
あ、写真には写ってはいませんが向かって右側のラムセス2世の座像のもっと右には同じくラムセス2世の立像がありました。
無事に残っていた方のラムセス2世座像。
上下エジプト支配の象徴の冠をかぶっています。
ガイドさんが彼の事を常に「ラムちゃん」と言っていたので(うる●やつら…笑)私たちも偉大なファラオをラムちゃん呼ばわりでした(笑)
こちらは残念ながら崩れてしまったラムセス2世座像。
こちらもやはり上下エジプト支配の象徴の冠をかぶっています。
ラムセス2世の足元には王妃ネフェルタリの像も。
私はラムセス2世の第4王子カエムワセト好きなので、ネフェルタリよりもどちらかと言えばカエムワセトの母親イシスネフェルトに興味があるのですよねー。
ラムセス2世関係の遺跡ではことごとくネフェルタリばかりだったのでちょっと残念…
ラムセス2世座像があった第一塔門を抜けると(ラムセス2世の)中庭に出ます。
ここにもラムセス2世の巨大な立像が中庭を囲むようにぐるりと建っています。
頭が落ちちゃって足元に展示されている像もあったり……(笑)
中庭を抜けると第二塔門があり、その脇にもやはりラムセス2世の座像がありました。
列柱の奥(座像左)には壁一面のレリーフがあり、遺跡管理人のおじさん(↑写真の左下にいる)が「そこに入れてあげるよ」と言ってきます。
こちら側から見るとロープが張ってあったりおじさんが座ってたりして入れないのかな?なんて気がするんですが……
おじさんがいるのとは反対側(第一塔門に近い方)から別に何もとがめられる事無く裏に回って入れます(笑)
↑はラムセス2世立像(左)とその背面。
ファラオが神々に供物を奉げていたり永遠の命を与えられていたりしていました。
裏側にもびっしり。
ここには観光客も管理人のおじさんもいなくて静かでした。
もっと細かく写真を撮りたかったなぁ…
ちなみにラムセス2世座像(第二塔門入口脇の)の台座に彫られていたのは。
台座脇にはこんなレリーフと↑
ラムセス2世が戦った相手(ヒッタイトとヌビア)のレリーフが彫られています。
ヒッタイト(写真左)もヌビア(写真右)も後ろ手に縛られ首に縄(枷?)をかけられている姿で描かれており、ラムセス2世がいかに強い王だったのかを表現しているそうです。
今の感覚からするとちょっと残酷な気も……
ちなみにちなみに。
王子の姿をした人物も台座に描かれていました。
これは誰だろう…
そして更にちなみに
↑こちらがラムセス2世のヒエログリフ。
今回の旅では至る所で見かけました。
自己顕示欲強いなー…(笑)
古代エジプトの神殿とイスラム教のモスクのコラボです。
このモスクが建てられた当時、古代エジプトの遺跡は砂に埋もれていた為に気付かれず、そのまま上に建ててしまったんだとか。
モスク(白い部分)の左端に扉のようなものがありますが、遺跡が砂に埋もれている当時はそこが実際の出入り口だったそうです。
歴史ってすごいなー…
なお、このモスク(コラボ)の神殿の向かい側(第一塔門脇)にはトトメス3世の礼拝堂があります。
この柱はラムセス2世のものなのかな…
聞いてくるの忘れた
礼拝所は3つの小部屋に分かれていて、それぞれに細かいレリーフが施されています。
↑こんな部屋が3つ。
残念ながら屋根や壁が崩れていたのですが、レリーフは奇麗に残っています。
第二塔門(アメンホテプ3世の塔門)を抜けると右手に仲睦まじい王と王妃の座像が現れます。
ヒエログリフはラムセス2世を表しているんですが、その他に作られているラムセス2世の像と比べると明らかに顔が違います。
ガイドさん曰く、これはツタンカーメンと王妃アンケセナーメンのもので、ヒエログリフを入れて完成させる前にツタンカーメンが死亡したか何かの理由で放置されたため、ラムセス2世が後からヒエログリフを入れて自分のものにした……との事。
王妃の顔も可愛いし…
と言う訳で私はこの座像がツタンカーメンとアンケセナーメンの座像だ、という説を今のところ支持します(笑)
夫の身体に腕をまわす妻、という構図がラムセス2世らしくないというか…
だって何となくラムセス2世は俺様旦那というか、そう言う事させそうにないんだもの(笑)←完全に現代感覚ですが
↑第二塔門から続く列柱室。
こちらは多分アメンホテプ3世の時代に建造されたもの。
カルナック神殿よりかは本数が少ないですが十分立派です。
列柱室を抜け、アメンホテプ3世の中庭から振り返って見た列柱室。
下の方に人影が写っているのでその巨大さはおわかり頂けるかと。
そして右上の方にはコラボされたモスクの尖塔が写っています。
アメンホテプ3世の中庭から更にその奥の列柱室へ。
私が訪れた時はカルナック神殿に比べて観光客の数が格段に少なかったです。
なのでここも写っているのはガイドさんただ一人…(笑)
この柱の日陰で遺跡管理人のおじさんたちが雑魚寝していました。
しかし我々が来たら起き出してきた!!!(笑)
いやいや、寝てていいのに~~~!!って内心思いつつ写真撮ってました。
列柱室の奥にはコプト教(エジプトに最も古くに伝わったキリスト教)の礼拝堂があります。
これは古代エジプトの遺跡を転用して使ったらしく、レリーフの上からキリスト教の絵を描いたりしています。
漆喰か何かを塗ってから描いたのかな?
写真は最後の晩餐の様子、らしいです。
このコプト教の絵も歴史的価値がある事は分かっているんですが、何となくレリーフが隠されてしまっていて残念というか…勿体ない気持ちになります(笑)
このあたりに来るとハトがたくさん住みついているらしく、糞や羽やらがたくさん。
修復作業も行われていました。
↑ハトは飛び立つは突然遺跡管理人のおじさんは現れるわ…でなかなか気を抜けない奥の間。
多分アレクサンドロス大王の間の辺りではないかと……
レリーフも比較的奇麗に残っていました。
写真右はファラオがホルス神(隼頭)から永遠の命(アンク)を与えられているシーン(だと思う)
こんな風に奇麗な彩色が残っているレリーフもありました。
他のグループのガイドさんが写ってしまった(笑)
再び第一塔門へ。
ここを出ると目の前にはスフィンクス参道が。
カメラ構えてシャッター押したらおじさんが……
「写真撮ったからチップ払え」とか言われたらどうしよう…と思い(心配し過ぎ?笑)、ちょっとおじさん邪魔なんだけど~~みたいな顔してカメラをいったん下げたらおじさん、スタスタと脇へと歩いて行ってくれました。
わ~~ごめんなさい!!(笑)
こちらはカルナック神殿の参道と古代は繋がっていたんですって。
ルクソール神殿はカルナック神殿のアメン大神殿の付属神殿として作られたのだとか。
もー…なんか規模が違いすぎて色々唖然です(笑)
古代エジプト人のコスプレして練り歩いてみたいなーー(笑)
エジプト到着初日の観光は以上で終了。
この後はホテルに戻りエジプト名物のハト料理を食べに行きました。
そこらへんはまた次回。
































