もし「絆」が目に見えたなら・・・・・

 

綱引きのアンカー同士のように、綱を左の肩から胴に添わせ右手に回し掛け両手でしっかり摑み自身の体重を船の碇のように下と後ろに全身で引き合い、「相手の命の重みを感じるもの」かと思う。

 

 明治十年二月会議室に薩摩にて「西郷陸軍大将、起つ!」

一報が伝えられた。

 

 息を詰め血圧が上昇し真っ赤な顏をして、次の瞬間白く血の気の引いた顔の大久保利通が「私が止める。」と立ち上がった。

其処に居た元老、一人を除いて大久保を止める事が出来る者は居なかった。

サディスティックに冷静さを失わず”ドスの利く”岩倉具視も、刀に手を掛けずとも顔を見据えられたら、誰もが体を硬直させてしまう井上馨も大久保の勢いを阻む事は出来ない。

其処にいる元老達が、共に大切な師や仲間を失い続けた歳月を送って来たから、理性で無理な事が解っていても「大久保で有れば止められるかも・・・」と”西郷隆盛公”故に矛先が僅かに鈍る。

 

 その時、「うっ!」っと大久保が呻なり声をあげた。細い体の腰骨のハチの巣状の骨がパリパリと音をたて折れていく痛みを感じた。

視線を下げると其処には、ベルトを捩じり上げ尻を床に落とし しがみ付く伊藤博文の姿が有った。

「なぁ~におぉ~、するかぁ」と拳固で頭を殴り、膝で何度も蹴り上げても嗚咽すら漏らさず。必死にぶら下がる伊藤の指を一本一本外そうとした時、凍傷のように赤黒く冷たく膨れ上がった人差し指から小指までの8本が”皆の目”に飛び込んだ。

 

 そして、元老皆で同じ声を聞く............

「父さん!あと一歩動いたら僕は流れてしまう、動かないで。」と、”近代日本と云う胎児”が必死に腹にしがみ付く、伊藤博文の姿が胎児に見えた・・・・・

ボタボタと涙を流し、優しく伊藤の頭を撫ぜ、大久保の力が抜けた時、「西郷と大久保」の間の絆がスルスルと手から離れた瞬間だった。駅伝のように”近代日本という胎児”を皆で繋いで来た命の襷が、大久保利通の肩に掛けられた瞬間でも有った。

 

            

                                                   次回    時代と寝る