ちょっと時間が空いてしまいましたが、1つ補足&裏話しも。
2000年12月10日、離陸直前にお互いの気持ちを知った私たちですが
その後、メールのやり取りはしたものの「つきあおう」なんて野暮なこと(?)は言わない私たち。私的にはDと私の関係がハッキリしていないのは少々不安なことでした。
だって離れている2年間、私は彼の何なんだろ?って思うでしょ?
仕事に追われながらも(冬は忙しい時期なんです)1週間後ぐらいにネパールへ行くことを思い立ち色々調べ始め、どうせ行くなら少しでも長く滞在したいと年末飛ぶ直行便を選択。
格安チケットで旅してきた私には考えられない価格で
結果、12月30日にネパールの首都Kathmanduにあるトリプバン国際空港で再会。短い滞在でしたが、私たちはお互いが特別な存在であることを再確認し(別にいきなりエッチなことしたとかそんなんじゃないですよって聞いてない?(;´▽`A``)その後の生活の張り合いに大いに影響することになります。この突然の私の訪ネはDにとって驚き&喜びの強烈な出来事だったそうです。
ってコレ、記事読んだダーリンが最後私がネパールへ来てくれたという大きな出来事のところが省略されあっけなく終わったのが残念だったみたいなので補足しました(笑)。
ちなみにネパールではKathamnduの汚染された空気で喉を痛めた私は、帰国前日に38.4度の熱を出し、泊まっていたゲストハウスにドクターを呼ぶ騒ぎを起こし初めて海外で医者にかかりました。$60のキャッシュをかき集め(Dにも出してもらって)何とか支払いましたが、帰国後ちゃんと保険会社から払い戻しされましたよ☆ ネパールだから$60で済んだものの他の国だったら払えなかったかも
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ところでDには年上の彼女がいたと書きましたが、最後に会った時、「彼女とは9月の上旬に終わった」とDから聞いていました。
私はこれからネパールへ行く意欲と彼女への優しさによる大人の決断だったのだろうと勝手に思っていたのですが、ネパールへ飛んだ後のDとのメールのやりとりで、あれは「嘘」だったことが判明
その年上の彼女にDがあこがれていただけであって、付き合っていたワケではなかったのです。。。
Dは京都に住む彼女のところに何度か遊びに行ってたようですが、9月上旬「私たちもう会わない方がいいんじゃない?」と電話で言われたらしく、これがDの言う「終わった」なのでした。
確かに終わってるけど・・・
これから2年間ネパールへ行くという年下の男友達と、何の進展も無いままいつまでもダラダラ会うのは彼女にとっては不利益だと判断されたのか?或いは「待ってて欲しい」なんて言わたら困ると思ったのか?それとも、実は彼女が“大人の決断をした”のか?今となっては確認することもできません。
それにしても・・・まったく見栄っ張りなんだから
くだらないから書かないし全部覚えてませんが、他にも少なくとも3つは嘘をついてました。┐( ̄ヘ ̄)┌
そんなDをハナモミさんは海のような広い心で許しましたとさ。