「できる方法」を考える
「上映会をしたいけど、予算がなくて」
大人たちから、そのような「できない理由」をよく耳にする。
先日、福岡で開催した「集まれ!全国の“弁当の日”応援団 in 福岡」。そこで、注目を浴びたのは、ひとりの中学生だった。
映画「弁当の日」の上映の後、
参加者は少人数のグループに分かれて語り合った。
「印象に残った話はありませんか。みなさんと共有しましょう」
ファシリテーターが参加者に発言を促すと、
真っ先に手を挙げたのは、「弁当の日」提唱者の竹下和男先生だった。
「きょうの一番の収穫は、上田浩平くんに出会えたことです」
浩平くんは、小学生のころ、この映画を見て、活動の趣旨に共感。
「弁当の日を地元で広げたい」と、宇美町教育委員会や学校、PTAなどにプレゼンし、上映会を実現させた。迎えた当日。会場の宇美町立中央公民館は満員。そこには、文科省の職員も訪れていた。
小学生の思いが、大人たちを動かした好例だ。
上映会を開催するまでの過程を説明する上田浩平くん
浩平くんのお母さんが、竹下先生の発言の後、こう付け加えた。
「子どもをだしに使ったんです」
悪用はもちろんNGだが、やり方次第では、誰かを傷つけることもなく、みんなが幸せになれる方法でもある。
結果的に、宇美町で「弁当の日」の取り組みが広がるなど食育活動が活性化。浩平くんにとっても、経験とそこから得られた知識は一生の財産になるはずだ。何よりも、実現までのプロセスを親子で楽しんでいる姿がとても印象的だった。
話は変わるが、わが家の娘は、小学生の頃から、かつお節を使ったみそ汁講座の講師を務めている。娘がかつお節を削り始めると、そこに子どもたちが群がってくる。
「やりたい」「やらせろ」とみんなが手を挙げる。子どもたちは帰宅すると、すぐさま台所に立ち、家族のみそ汁を作り始める。
僕がかつお節を削っても、子どもたちの反応は薄い。残念ながら、子どもたちの行動変容にはつながらない。どんなに頑張ってみても、娘にはかなわないのだ。
世間からは「幼い子どもになんてことをさせているんだ」「毒親」などと猛烈なバッシングを受けることもあったが、人に伝える喜びを知ってほしくて、僕は娘に講師を務めさせた。思春期を迎えると難しいことは分かっていた。娘にとっては「先生役」が遊びの延長である小学生時代が絶好の時期だった。
社会人になった娘は、こう言い切る。
「幼いころの経験の積み重ねが、自分とは何者かを教えてくれた。だからこそ、今がある。人生の岐路に立ったとき、迷うことなく自分の進むべき道を選択できたと思う」。
本題に戻る。
子どもをだしに使いなさい、
と言っているわけではない。
「できない理由」をいくら並び立てても何も生まれない。うまくいかないときは、ちょっと頭を冷やして、目先を変え、「できる方法」を考える。
どんなに球が早くても、直球は打たれやすい。
緩急や変化球などを織り交ぜながら、あの手この手で仕掛けることを心がけてみてはどうだろうか。
大切なのは、知恵と工夫。
遊び心も忘れずに。
「遊び心」を持つ参加者たち。彼らは「できない理由」を口にして、思考停止しない。「どうすればできるか」を語り合い、知恵を出し合う。一緒にいるだけで楽しい。
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弁当の日全国大会は、個々の力を結集することができました。
上映会以降のワークショップは、筋書きのないドラマ。参加者ひとりひとりが創り上げたドキュメンタリー映画のようでした。
地元の仲間たち、遠方からお越しいただいた方々、ボランティアで手伝ってくれた福岡大の学生さん、スタッフの皆さまに心から感謝申し上げます。
夜のもつ鍋交流会では、次回の開催地と幹事も決まりました。
来年もまた、全国大会でお会いしましょう!





