前回の服装で、海運業で財を成したリーさんの豪邸に行ってきました。その時の話です。
建物外側からガイドさんが説明を始めたのですが、すぐに「?」と引っかかり、おずおずと肩の高さまで手を上げ質問しました。
「あの…、今Slaveっておっしゃいました?」
「はい、言いました。」
「南部に居たのは知ってますが、ここ北部ですよね?」
「はい、その頃北部にも居たのです。アフリカから鎖につながれて連れてこられた人たちが。」
そういう人たちが、この家でも数人働いていたんだそうです。
ただ奴隷というと、ずっと繋がれてたり、檻付きの部屋に閉じ込められたり、ムチで叩かれて強制労働…みたいな映画や動画がありますが。それは悪意の誇張みたい。
奴隷商人は残酷だったようですが、奴隷は決して使い捨てにできるような金額ではなく、衣食住、医療さえもすべて主人もちで十分に与えられ、時には同じテーブルで食事をしたり、とても大事にされていたそうです。
それは南部でも同様で、風と共に去りぬのオハラ家と奴隷たちの関係がわりと正確らしい。主人公で気性の激しいスカーレットさえマミーには逆らえず、下手にでて一生懸命ご機嫌取りしてたでしょう?
(風と共に去りぬも、映画のせいで恋愛物ということになってしまってますが、識者はあれは恋愛小説ではなく歴史小説と言います。私も読んでみてそう思いました。映画化ドラマ化の弊害ですねえ。)
だけど奴隷を維持できるほど主人が順風満帆な時はいいでしょうが、永遠にそうとは限りません。
自分で将来のために貯金もできず(無給でしょうからね)、イヤな主人でも、やりたい仕事が他にあっても、転職も引っ越しすることもできない。
主人がお金に困って次の主人に売られても拒否できない。当然選ぶこともできない。
それはやっぱりイヤだわ!
病院薬局、学校の先生にだって、普通におられますよ。そんな才能のある人が与えられた無給の仕事しかできないなんて。
…で!またいつものようにグルグル考えたんですね。
これって紫の上や式子内親王をはじめとする貴族や皇族の姫君達と似てる?!いや、一緒やん!!って。
もちろん身分的には雲泥の差ですよ。だけど生きる上での選択肢、選ぶ自由が全くない。決定権は全て他人。それって人権がないという点で同じじゃないですか。
それでも最善を尽くし人生の華を咲かせた紫の上も、何者にも縛ることのできない心を天高く解き放って名歌の数々を残した式子内親王も、すばらしい人徳者です。特に式子内親王は実在の方ですからね。
それに対して現代人の私たち。
ここまできてやっと与えられた自由や権利を十分に活かして、幸せに生きていると言えるでしょうか。
自由過ぎるヤ〇ケ問題には怒り心頭ですけどね。
それと「Because we took good care of them!」なんて人身売買を是とする人たちには心底鳥肌が立ちます。拒否反応しかないわ!
…今だって世界のどこかであるんですよ。恐ろしい!
このガイドさんは、負の歴史をあえて直視しようとなさってるようでした。帰りにこのエリアの奴隷博物館紹介してくれはったけど。…それはちょっと遠慮したいかな?
いつも歌人式子内親王の和歌と人生を、どこよりも詳しく愛と尊敬をこめて解説してくださる軒端の梅さん。
今回の内容とリンクする記事と、私のコメントにお返事を下さったので、リブログお願いしたところお許しをいただけたのでご紹介します。
軒端の梅さん、ありがとうございます!