研究業績一覧(著書)
 2025年10月までの研究業績を著書・論文・その他にわけてアップします。
1.山崎謹哉編『暮らしの地理学』古今書院1986.5.所収 「村と町の移り変わり」 p.89-110.
2.長谷川典夫編『地理学トピックス』大明堂1987.5.所収(1991.5.改訂)「条里と荘園」、「新田開発」 p.219-222 227-230.
3.久武哲也・長谷川孝治編『地図と文化』地人書房1989.4.所収(1993.4.改訂)「行基図-最古の日本地図」「社寺境内図-聖地のシンボリズム」p.32-33 58-61.
4.難波田徹・岩鼻通明編『神社古図集 続編』臨川書店1990.5. 300p.
5.山田安彦・山崎謹哉編『歴史の古い都市群4』大明堂,1990.10.所収「開発がすすむ非戦災都市山形」・「米沢織で名高い米沢」p.122-147.
6.藤岡謙二郎監修、山田・伊藤・青木編『東山道の景観と変貌』古今書院,1991.7.所収 「出羽三山の山岳信仰」 p.192-198.
7.岩鼻通明著『出羽三山信仰の歴史地理学的研究』名著出版,1992.2. 270p.
8.戸川安章編『仏教民俗学大系7 寺と地域社会』名著出版,1992.8.所収「講の機能と村落社会」 p.143-158.
9.『西川町史 上巻』「三山信仰の拡がり」山形県西村山郡西川町,1995.3. p.958-1049.
10.岩鼻通明著『出羽三山の文化と民俗』岩田書院,1996.8. 193p.
11. 越後・佐渡地名を語る会編『新潟県の地名』野島出版,1996.12.所収「山岳信仰と地名」p.213-240.
12. 岩鼻通明・嶋田忠一編『日本民俗誌集成 第3巻東北編(二)』三一書房、1998.7.(解説・解題・文献目録を執筆担当)
13. 有薗正一郎他編『歴史地理調査ハンドブック』古今書院 2001.5.所収「宗教景観の構造」・「マンダラ図・社寺縁起」p.146-149 202-206.
14.岩鼻通明著『出羽三山信仰の圏構造』岩田書院、2003、250p.
15.安田喜憲編『立山信仰と日本人』NTT出版、2006.4.所収「立山信仰の歴史地理学的研究」・「山岳信仰と女人禁制ー立山と羽黒山の比較から」p.109-124.193-201.
16.やまがた草木塔ネットワーク事務局編『いのちをいただく』山形大学出版会、2007.8.所収「草木塔と出羽三山信仰」p.188-192.
17.田村俊和・石井英也・日野正輝編『日本の地誌 4 東北』朝倉書店、2008.04.所収「東北地方の地域性ー4.住民と生活 2)伝統文化」および「山形県地域誌 庄内地域」p.55-58.412-418.
18.岩鼻通明著『韓国・伝統文化のたび』ナカニシヤ出版、2008.5.152p.
19.『日本の神仏霊場』別冊歴史読本40 新人物往来社、2009.3.所収「出羽三山」p.40-43.
20.宮家準編『山岳修験への招待 霊山と修行体験』新人物往来社、2011.3.所収「中世の伝統を伝える羽黒山四季の峰」p.83-92.
21.山形大学人文学部編『異郷と同胞 日本と韓国のマイノリティー 山形ドキュメンタリーフィルムライブラリー・セレクション第2集』山形大学出版会、2011.10.所収「韓国ドキュメンタリー映画の諸相」p.28-43.
22.原・山本・和田編『コンテンツと地域』ナカニシヤ出版、2015.12.所収「地方における映画文化の育成と活用:映画祭・フィルムコミッション・映画館の連携」p.135-151.
23.岩鼻通明著『出羽三山 山岳信仰の歴史を歩く』岩波新書、2017.10. 240p.
24.岩鼻通明著『絵図と映像にみる山岳信仰』海青社、2019.3. 221p.


  研究業績一覧(論文)

1.「観光地化にともなう山岳宗教集落戸隠の変貌」人文地理33-5 1981.10. p.74-88.
2.「出羽三山をめぐる山岳宗教集落」地理学評論56-8 1983.8. p.535-552.
3.「宗教景観の構造把握への一試論-立山の縁起、マンダラ、参詣絵図からのアプロ-チ」京都大学文学部地理学教室編『空間・景観・イメ-ジ』地人書房1983.9. p.163-185.
4.「出羽三山信仰圏の地理学的考察」史林66-5 1983.9. p.83-128.
5.「縁起と絵図と-葛川縁起に展開された宗教的世界-」地理29-4 1984.4. p.79-86. (田中智彦と分担執筆)
6.「羽黒修験と遠野」地域社会研究(山形地域社会研究読書会)9 1984.11. p.72-77.
7.「参詣曼荼羅にみる立山修験の空間認識」歴史地理学紀要27 1985.3. p.131-149.
8.「湯殿山即身仏信仰再考」歴史手帖13-8 1985.8. p.32-39.
9.「戸隠中社の講集団」あしなか(山村民俗の会)195 1986.1. p.1-5.
10. 「西国霊場の参詣曼荼羅にみる空間表現」水津一朗先生退官記念事業会編『人文地理学の視圈』大明堂,1986.4. p.345-356.(雄山閣に再録)
11.「立山マンダラ作成年代考」山岳修験2 1986.9. p.46-54.
12. 「道中記にみる近世の出羽三山登拝」東北生活文化論文集(東北生活文化学会)6 1987.3. p.4-12.
13. 「参詣曼荼羅の読図に向けて」芸能29-10 1987.10. p.8-16.
14. 「道中記にみる出羽三山参詣の旅」歴史地理学139 1987.12. p.1-14.
15. 「北東北からの出羽三山参詣」山形民俗2 1988.3. p.6-11.
16. 「参詣曼荼羅ことはじめ-社寺参詣曼荼羅の世界1-」月刊百科313 1988.11.p24-27.
17. 「吉崎御坊と蓮如-社寺参詣曼荼羅の世界2-」月刊百科316 1989.2.p.23-31.
18. 「山形における交通と観光をめぐる諸問題」『地域と地域科学』山形大学教養部総合科目研究会1989.3.p.25-38.
19. 「法輪寺参詣曼茶羅と嵐山図-社寺参詣曼荼羅の世界3-」月刊百科319 1989.5. p.25-27.
20. 「羽黒山花祭り」宮田登他監修『仏教行事歳時記 7月 夏祭り』第一法規出版1989.6. p.157-163.
21. 「立山マンダラにみる聖と俗のコスモロジ-」葛川絵図研究会編『絵図のコスモロジ- 下巻』地人書房1989.7. p.223-238.
22. 「善光寺参詣曼荼羅の周辺-善光寺・戸隠信仰と“まいりの仏”-社寺参詣曼荼羅の世界4-」月刊百科323 1989.9. p.25-32.
23. 「大宰府観世音寺絵図考-社寺参詣曼荼羅の世界5-」月刊百科325 1989.11.p.14-17.
24. 「紀行・絵図にみる中世北日本の空間認識」羽下徳彦編『北日本中世史の研究』吉川弘文館1990.2. p.547-564.
25. 「六十里越街道をゆく人々」山村民俗の会編『峠路をゆく人々』エンタプライズ1990.8. p.1-13.
26. 「白河関の明神-峠に祀られた境界神」山村民俗の会編『妣なる山に祈る』エンタプライズ1990.11. p.23-35.
27. 「社寺参詣曼荼羅の系譜における立山曼荼羅の位置づけに関する研究」富山県立山博物館調査研究報告書富山県教育委員会1991.3.14p.
28. 「近世の旅日記にみる比叡山参詣」山岳修験7 1991.6. p.91-99.
29. 「大網地すべりと大日坊の移転」庄内民俗30 1991.10. p.1-9.
30. 「越中立山女人救済儀礼再考」芸能34-2 1992.2. p.17-23.
31. 「近世の旅日記にみる善光寺・戸隠参詣」長野165 1992.9. p.16-38.
32. 「戸隠信仰の地域的展開」山岳修験10 1992.10. p.31-40.
33. 「観光地化にともなう山岳宗教集落戸隠の変貌(第2報)」山形大学紀要(社会科学)23-2 1993.1. p.179-198.
34. 「修験道と文芸-近世紀行文を中心に-」国文学解釈と鑑賞58-3 1993.3.p.146-151.
35. 「出羽三山の参詣路-史料にみる山中の地獄と浄土の世界-」山形郷土史研究協議会研究資料集15 1993.3. p.22-38.
36. 「国絵図にみる東北日本の環境変化」山形大学学内特定研究報告書,1994.3. p.58-76.
37. 「出羽国からの熊野三山参詣」東北生活文化論文集12,1994.3. p.60-66.
38. 「山岳信仰研究の地理学的諸問題-小田氏の書評に答えて-」山形民俗8 1994.8. p.41-47.
39. 「韓国民俗学の研究動向と課題」山形民俗9 1995.11. p.51-56.
40. 「地図にみる韓国の計画都市水原の発展」東北生活文化論文集15 1996.3. p.40-48.
41. 「山岳仏教」日本の仏教6 1996.8. p.70-74.
42. 「出羽三山-日本の霊地」『日本「霊地・巡礼」総覧』新人物往来社、別冊歴史読本68 1996.9. p.76-81.
43. 「道中記にみる霊地」『日本「霊地・巡礼」総覧』新人物往来社、別冊歴史読本68 1996.9. p.290-295.
44. 「出羽三山の両造法論と絵図」西村山地域史の研究14 1996.11. p.2-22.
45. 「山岳修験の食文化に関する研究」東北生活文化論文集16 1997.3. p.37-58.
46. 「描かれた善光寺と記された善光寺」『長野市立博物館特別展図録 古代・中世人の祈り-善光寺信仰と北信濃-』1997.4. p.118-123.
47. 「立山曼荼羅研究の成果と課題」山岳修験20 1997.11. p.15-20.
48. 「出羽三山の絵図を読む」山形郷土史研究協議会研究資料集20 1998.3. p.44-55.
49. 「本道寺檀那場帳にみる檀那場の競合-文翔館所蔵長井氏資料(出羽三山関係)の紹介を兼ねて」山形民俗11・12 1998.8. p.68-72.
50. 「絵図にみる北野社の景観変遷-北野社参詣曼荼羅の作成年代をめぐって」村山民俗12 1998.11. p.18-36.
51. 「出羽三山の縁起」国文学解釈と鑑賞63-12 1998.12. p.137-143.
52. 「観光地化にともなう山岳宗教集落戸隠の変貌(第3報)」季刊地理学51-1 1999.3. p.19-27.
53. 「城壁都市ソウルの発展と大都市圏の形成」成田孝三編『大都市圏研究(上)』大明堂 1999.4. p.185-202.
54. 「庄内平野の修験と民俗」悠久80 2000.1. p.70-78.
55. 「近年の出羽三山信仰の研究動向」村山民俗14 2000.6. p.26-31.
56. 「粉河寺参詣曼荼羅にみる聖域空間の表現」足利健亮先生追悼論文集編纂委員会編『地図と歴史空間』大明堂 2000.8. p.428-435.
57. 「近代の旅日記にみる善光寺参詣」長野213 2000.9. p.17-22.
58. 「旅の異空間-地理学と民俗学の間」山形民俗14 2000.11. p.114-128.
59. 「立山の山岳信仰」山と溪谷792 2001.7. p.118-120.
60. 「出羽三山への道-新出の三山参詣旅日記から」山形民俗15 2001.11. p.38-45.
61. 「栗駒山の山岳信仰」山形民俗16 2002.12. p.48-52.
62. 「絵図にみる霊場寺院の他界観」『中世出羽の宗教と民衆』高志書院 2002.12. p.277-290.
63. 「近世の出羽三山参詣」悠久92 2003.1. p.85-93.
64. 「絵図にみる出羽三山の神仏分離」山形郷土史研究協議会研究資料集25 2003.3. p.5-13.
65. 「韓国農村における伝統的景観の保全と活用」『農村空間の研究(上)』大明堂2003.3. p.435-451.
66.「山岳信仰と女人禁制」山形民俗18 2004 p.36-40
67.「韓国都市における伝統的町並景観の保全と利用―ソウルと全州を事例に」季刊地理学57-3 2005.p.150-153.
68.「韓国映画に描かれた民俗文化」山形民俗19 2005.p.67-71.
69.「韓国映画に描かれた民俗文化(続)」村山民俗20 2006.p.113-115.
70.「長野県戸隠高原の三十年~信仰と観光のはざまで~」山形民俗20 2006.p.66-70.
71.「朝鮮半島と東北文化の歴史的交流」山形県地域史研究32 2007.p1-8.
72.「出羽三山と最上川が織りなす文化的景観まんだら」庄内民俗34,2008.4. p108-111.
73.「鳥海山の境争論と装束場」山形民俗22,2008.11.p18-22.
74.「山形県と世界遺産」村山民俗23,2009.6.p.92-94.
75.「映像に描き出された韓国のムーダン」村山民俗24,2010.6.p.34-36.
76.「羽黒山五重塔小考」山形民俗24,2010.11.p.25-28.
77.「宗教と境界ー飯豊山・鳥海山・蔵王山を事例として」地図情報116,2011.2.p.16-18.
78.「震災復興と民俗学」村山民俗25,2011.6.p.93-95.
79.「出羽三山信仰の諸課題」地方史研究352,2011.8.p.43-46.
80.「スクリーンツーリズムの効用と限界ー「スウィングガールズ」と「おくりびと」を事例に」季刊地理学63-4,2012.3.p.227-230
81.「韓国のおける伝統文化の変容ー婚姻をめぐって」村山民俗26,2012.7.p.52-54.
82.「被災地をめぐる現代民俗ー映画館の観客アンケートを通した試論」村山民俗27,2013.6.p.57-64.
83.「震災特集上映をめぐる現代民俗ー映画祭の観客アンケートを通した試論」村山民俗28,2014.6.p.14-21.
84.「映画館をめぐる現代民俗ー鶴岡まちなかキネマを事例として」山形民俗28,2014.11.p.7-14.
85.「出羽三山信仰と秋田」秋大史学61,2015.3.p.47-52.
86.「映画をめぐる現代民俗-日韓の比較から-」村山民俗29,2015.7.p.30-34.
87.「江田忠先生の学問と私」山形民俗29,2015.11.p.24-30.
88.「大江町における国重要文化的景観選定の意義」村山民俗30,2016.6. p.73-82.
89.「米沢藩領中山村絵図覚書」村山民俗31,2017.6.p.9-16.
90.「出羽三山信仰を描いた映像記録」庄内民俗37,2017.10. p.26-30.
91.「霊山と地域おこし-羽黒山と戸隠山を事例として」山形民俗31,2018.3.p.5-15.
92.「米沢藩領中山村絵図覚書補綴」村山民俗32,2018.6.p.51-55.
93.「本道寺宿坊の檀那場分布の変遷について」村山民俗33, 2019.7. p.90-95.
94.「山形県の文化遺産と地域資源」山形民俗32,2019.10.p.1-9.
95.「「珎事聞書 六」翻刻と解題」(小田純市と共著)山形民俗33,2020.4.p.51-68.
96.「戦時体制下の出羽三山信仰」村山民俗34,2020.7.p.53-55.
97.「「珎事聞書 七」翻刻と解題」(小田純市と共著)山形民俗34,2020.11.p.89-96.
98.「日本遺産から世界遺産へ~その可能性を探る」村山民俗35,2021.7.p.60-65.
99.「女性の旅日記にみる女人禁制」米沢史学37,2021.10.p.1-10.
100.「「最上川の文化的景観」の保全について」山形民俗35,2021.11.p.42-46.
101,「現代に生きる湯殿山即身仏信仰」宗教民俗研究32,2022.3.p.1-15.
102,「寺内宗門御改帳にみる湯殿山行人」村山民俗37,2023.7.p.72-83,


  研究業績一覧(その他)

1.「観光保養都市白浜」(小林博編『空からみた都市景観』大明堂1978.3. p.54-55.
2.「大山歴史地理散歩」(1)-(22)月刊大山(大山の自然を守る会)131-174. 1982-1986.
3.「学界展望(民族・文化)」人文地理37-3 1985.6. p.63-65.
4.『出羽三山参詣道中記史料集』文部省科研費報告書,山形大学教養部,1986.3. 20p.
5. 書評:佐藤博之・浅香勝輔『民営鉄道の歴史がある景観』歴史地理学135 1986.12. p.39-40.
6.「山岳信仰の旅」週刊朝日百科 日本の歴史75,1987.9. p.268-269.
7.「信夫山の即身仏と九戸城の鉄門海碑」村山民俗1 1988.3. p.8-9.
8.「北日本中世における絵画史料」科研費報告書,1988.3.p.106-109.
9.書評:長野覚『英彦山修験道の歴史地理学的研究』東北地理40-2 1988.5.p.151-152.
10. 「絵解き研究と図録」絵解き研究6 1988.6. p.13-15.
11. 書評:川口久雄『山岳まんだらの世界』山岳修験4 1988.10. p.160-161.
12. 書評:石井実『地理写真』東北地理40-4 1988.12. p.293-294.
13. 「空間の民俗学と文化地理学」村山民俗2 1989.3.p.7-8.
14. 「芭蕉と羽黒修験」あしなか(山村民俗の会)204 1989.12. p.10-12.
15. 書評:石井実『地と図』歴史地理学148 1990.3. p.42
16. 「空間の民俗学と文化地理学・続」村山民俗3 1990.3. p.13-14.
17. 「大江寺蔵「立山曼茶羅」のこと」絵解き研究8 1990.6. p.67-70.
18. 「学界展望(地図 近世以前)」人文地理42-3 1990.6. p.81-82.
19. 書評:広瀬誠編『越中立山古記録 第一巻』山岳修験6 1990.9. p.69-71.
20. 書評:徳田和夫『絵語りと物語り』日本民俗学184 1990.11. p.117-120.
21. 「千葉県の出羽三山行屋史料」村山民俗4 1991.3. p.30-31.
22. 書評:小野寺淳『近世河川絵図の研究』庄内民俗30 1991.9. p.55-56.
23. 「立山曼荼羅の世界」富山県立山博物館開館記念展図録1991.11. p.25-26.
24. 「即身仏の足跡」村山民俗5 1992.3. p.34-37.
25. 書評:内藤正敏『修験道の精神宇宙-出羽三山のマンダラ思想』山形民俗6 1992.7.p.85-88.
26. 書評:鈴木正崇『山と神と人-山岳信仰と修験道の世界-』山形民俗6 1992.7. p.54.
27. 「270号添付図「白山図」の解説の誤りについて」古地図研究273 1992.11. p.8-9.
28. 書評:高瀬・広瀬編『越中立山古記録 全4巻』山岳修験11 1993.3. p.86-88.
29. 『旅日記にみる女人禁制の民俗文化的研究』文部省科研費報告書 山形大学教養部 1993.3. 28p.
30. 「但馬国からの出羽三山旅日記」村山民俗6 1993.3. p.16-17.
31. 書評:藤田定興『寺社組織の統制と展開』山形民俗7 1993.8. p.26.
32. 「古地図と曼荼羅」古地図研究284 1993.10. p.8-9.
33. 「上州朽津家の出羽三山旅日記」村山民俗7,1994.3. p.45-46.
34. 書評:由谷裕哉『白山・石動修験の宗教民俗学的研究』週刊読書人2037 1994.6.10. p.4.
35. 「富士山と羽黒山の女人禁制の解禁」西郊民俗147 1994.6. p.1-3.
36. 「出羽三山信仰と遠野」遠野市立博物館講座講義集,1994.12. p.42-46.
37. 「湯殿山信仰と「湯殿精進」」常総の歴史15 1995.1. p.121-122.
38. 「韓国ソウルのニュ-タウン」季刊地理学47-1 1995.3. p.46-48.
39. 書評:宮家準監修『峰入』、松田義幸編『出羽三山と日本人の精神文化』山岳修験15 1995.4. p.74-76.
40. 「月山高清水通り登拝記」村山民俗8・9 1995.6. p.25-27.
41. 書評:山田安彦編『方位と風土』地理学評論68-9 1995.9. p.637-638.
42. 「蔵王県境移動国賠事件-31年目の逆転勝訴の意義」日本の科学者30-10 1995.10. p.38-42.(佐藤欣哉と分担執筆)
43. 書評:梅津慶豊編『出羽三山史料集 上巻』山形民俗9 1995.11. p.87-88.
44. 『高速交通網の整備にともなう観光リゾ-ト開発に関する地域比較』文部省科研費報告書,山形大学教養部,1996.3. 12p.
45. 書評:長谷川成一『失われた景観』弘前大学国史研究100 1996.3. p.140-141.
46. 展示批評:「福島の山岳信仰」展、地方史研究262 1996.8. p.112-113.
47. 浮田典良他監修『日本地名大百科 ランドジャポニカ』小学館、1996.11. 1344p.(山形県内の地名と東北地方の街道を執筆担当)
48. 「『三山雅集』にみる三山信仰の拡がり」村山民俗10 1996.11. p.27-29.
49. 書評:村山市史編さん委員会編『村山市史 地理・生活文化編』山形民俗10 1996.11. p.156-157.
50. 新刊紹介:羽黒町編『羽黒町史 別巻』山形民俗10 1996.11. p.158.
51. 「山岳修験の食文化に関する研究」『助成研究の報告6』財団法人味の素食の文化センタ-,1996.12. p.41-44.
52. 「近世史料にみる巡礼と参詣の概念」村山民俗11 1997.11. p.25-26.
53. 「大学入試センタ-試験と柳田国男」村山民俗11 1997.11. p.39.
54. 紹介:『図録庄内の歴史と文化』・『出羽三山』・『東北民俗学研究第5号』・『研究集録集地域研究30年の旅路』村山民俗11 1997.11. p.40-41.
55. 書評:高野史男著『韓国済州島』季刊地理学49-4 1997.12. p.307-308.
56. 講演要旨:「出羽三山の信仰と街道」出羽街道探訪実行委員会編『まなびのあと』1998.3. p.16-20.
57. 「山形県の交通-整備の進む高速交通網-」山形県経済社会研究所編『山形県の現在と未来』1998.3. p.22-23.
58. 『日本民俗宗教辞典』東京堂出版 1998.4.(出羽三山信仰・立山信仰・戸隠信仰の項目を執筆担当)
59. 紹介:『戸隠信仰の歴史』山岳修験21 1998.3. p.53-54.
60. 「出羽三山の修験道」週刊朝日百科「日本の国宝」97 1999.1. p.216-217.
61. 「国絵図にみる霊山の表現」文部省科研費報告書『画像処理による出羽国絵図の研究』,茨城大学教育学部(研究代表者:小野寺淳)1999.3. p.27-34.
62. 「森の生業と文化」『平成10年度鶴岡学講座記録集』鶴岡市教育委員会,1999.3. p.55-78.
63. 書評:『立山信仰と立山曼荼羅』日本民俗学218 1999.5. p.105-108.
64. 「旅日記にみる羽黒山の女人救済儀礼」村山民俗13 1999.6. p.16-18.
65. 紹介:『山に暮らす海に生きる 東北むら紀行』・『図説 みちのく古仏紀行』・『山形県の歴史』村山民俗13 1999.6. p.34.
66. 「故郷と田舎-山形の地域イメ-ジに関する一考察」山形民俗13 1999.11. p.57-60.
67. 『日本民俗大辞典』吉川弘文館、上、1999.9.下、2000.3.
68. 紹介:『地理と民俗への道-自学のすすめ-』歴史地理学198 2000.3. p.28-29.
69. 「インタ-ネット・ホ-ムペ-ジにみる韓国事情と韓国における日本語教育」『山形大学日本語教育論集』3 2000.3. p.93-97.
70. 紹介:『地域文化の話題提供』・『中世日本の国家と寺社』・『中世奥羽の民衆と宗教』・『庄内民俗 復刊第四号』村山民俗14. 2000.6. p.43-44.
71. 紹介:『地理の風景』季刊地理学52-3 2000.8. p.195.
72. 「巡検報告」歴史地理学200 2000.9. p.60-62.
73. 「国絵図にみる霊山の表現(続)」文部省科研費報告書『国絵図の画像処理による東北地方の環境・景観変化に関する研究』,茨城大学教育学部(研究代表者  :小野寺淳)2001.3. p.21-23.
74. 紹介:『熊野古道』山岳修験27 2001.3. p.82-83.
75. 「権現さまに参ろじゃないか」地域文化(八十二文化財団)56 2001.4. p.10-11.
76. 書評:『羽黒修験』日本民俗学226 2001.5. p.129-134.
77. 「紀行文と旅日記にみる立石寺」村山民俗15 2001.5. p.47-49.
78. 「日本の神仏の辞典」大修館書店,2001.7.
79. 「日本歴史大事典」小学館 2000-2001.
80. 「絵図にみる立山信仰」『なにが分かるか、社寺境内図』国立歴史民俗博物館 2001.10. p.128-129.
81. 「立山信仰の世界」国立能楽堂 2002.2. p.25-26.
82. 「大邱市友鹿里における日韓交流と観光開発」中央大学校日本研究所(韓国),2002.2. p.255-259.(村山民俗16 2002.6. p.54-57.に再録)
83. 「仁川中華街の再開発」季刊地理学54-1 2002.3. p.34-36.
84. 紹介:『ケイコ・韓国奮戦記』季刊地理学54-2 2002.7. p.122-123.
85. 『岩波仏教辞典 第二版』岩波書店2002.10.
86. 紹介:石井実・井出策夫・北村嘉行著『写真・工業地理学入門』季刊地理学55-1 2003.3. p.48.
87.『常総・寛永期の大日石仏』の刊行によせて、村山民俗17 2003. p.47-49.
88. 紹介:松井圭介『日本の宗教空間』季刊地理学55-2.2003.p.133-134.
89.『歴史学事典11巻 宗教と学問』弘文堂,2004.1.
90. 崔教授報告「近代的発展の表象としてのソウル」コメント、千田稔編『東アジアの都市形態と文明史』国際日本文化研究センター、2004.p.344.
91. 史料紹介「奥羽旅行控」村山民俗18,2004.p.38-41.
92. 書評:田中智彦『聖地を巡る人と道』山岳修験34.2004.11.p.76-78.
93. 書評:戸川安章著作集『出羽三山と修験道』・『修験道と民俗宗教』村山民俗19.2005.p.55-58.
94. 「山岳信仰と出羽国絵図」『国絵図の世界』国絵図研究会編、柏書房 2005.p.152-154.
95.紹介:野口一雄著『山形県の金毘羅信仰』宗教民俗研究14・15.2006.p.289-291.
96.紹介:渡辺幸任著『出羽三山絵日記』山形民俗20.2006.p.77-79.
97.紹介:青木栄一編『日本の地方民鉄と地域社会』季刊地理学58-4.2007.2.p.242.
98. 「最上川と三山まいり」まほら(旅の文化研究所)50.2007.p.20-21.
99.「戸川安章先生を偲ぶ」村山民俗21.2007.p.63-66.
100.「新出の月山湯殿山参詣道中記について」山形民俗21.2007.p.59-61.
101.「三山参りと宿坊」『村山ふるさと大百科』横山昭男監修、郷土出版社、2008.5. p196.
102.「手嶋健博氏「「出羽三山」の宗教世界」に触れて」村山民俗22.2008.6.p.80-82.
103.「韓国を題材にした授業の紹介」山形大学高等教育研究年報3.2009.3.p.6-7.
104.「神仏習合の構造」難波耕司・岩鼻通明,村山民俗23.2009.6.p.79-87.
105.『祭・芸能・行事大辞典』朝倉書店,2009.11.
106.「紹介『史料集 ゆくてのすさび 羽黒山日記』」難波耕司・岩鼻通明,山形民俗23.2009.11.p.87-88.
107.「宮本袈裟雄先生と山岳修験学会」『宮本袈裟雄追悼文集』2009.12.p.26-27.
108.紹介:沖縄国際大学南島文化研究所編『韓国・済州島と沖縄』史林93-4,2010.7.p.120-121.
109.「地方発信映画にみる地方都市再生の試みとその担い手ー山形県における映画「よみがえりのレシピ」を事例としてー」『日本科学者会議第18回総合学術研究集会予稿集』2010.11.p.268-269.
110.紹介:三木一彦著『三峰信仰の展開と地域的基盤』日本民俗学268.2011.11.p.82-83.
111.「内面を写す鏡~光州事件から龍山事件へ ムン・ジョンヒョン監督インタビュー」『山形国際ドキュメンタリー映画祭2011 記録集』2012.3.p.41.(YIDFF公式サイトにもアップ)
112.「第3章 自然的特性」p.12-28.「第6章 大江町西部の農山村景観 第1節景観構造」p.152-166.「第7章 町場左沢と農山村の交流関係 第1節 往来と街道」p.211-215.『大江町の最上川の流通・往来の景観保存調査 報告書』大江町教育委員会、2012.3.
113.紹介:福江充著『江戸城大奥と立山信仰』「史林」95-4、2012年7月、p105-106.
114.フォーラム:東日本大震災関係シンポジウム「震災の記憶と語りー民俗の再生へ向けて」シンポジウムの企画趣旨「日本民俗学」271、2012年8月、p134-138.
115.フォーラム:「震災映像と被災地上映」「季刊地理学」64-2.2012年9月、p74-75.
116.レポート「釜山国際映画祭で韓国ドキュメンタリー映画を見た」WEBネオネオ、http://webneo.org/archives/5867、2012年11月。
117.シンポジウム「草木塔の心をさぐる」記録、「置賜の民俗」19号、2012年12月、p.2-25.
118.書評:岩本由輝編『歴史としての東日本大震災』「図書新聞」3111号,2013.5.25.p.3
119.「五十嵐文蔵先生の人と学問」庄内民俗36,2013.6.p.12-13.
120.紹介:岡田照子著『瀬川清子 女性民俗学者の軌跡』庄内民俗36,2013.6.p.72-73.
121.書評と紹介:大高康正著『参詣曼荼羅の研究』日本歴史783,2013.8.p.103-105.
122.レポート「全州国際映画祭で観たドキュメンタリー作品」WEBネオネオ、http://webneo.org/archives/10014、2013.8
123.「出羽三山信仰と21世紀の広域交流圏」『平成24年度 文化財保存修復研究センター研究成果報告書』東北芸術工科大学、2013.8.p.19-20.
124.「山形県民俗(学)研究の歩みー各地域民俗研究団体の発足と諸先学」(野口一雄と分担執筆)『第30回東北地方民俗学合同研究会 予稿集 各県民俗学の始まりと今』2013.11.p.12-18.(本ブログ2013/11/18にアップ)
125.岩鼻通明他4名「山形県置賜地方における中山間地の土地利用の変遷に関する歴史地理学的研究」『国土地理協会研究助成報告書』2014.3.(国土地理協会HP助成情報にPDFファイルをアップ)
126.新刊紹介:高木大祐著『動植物供養と現世利益の信仰論』村山民俗28,2014.6,p75.
127.紹介:渡辺幸任著『出羽三山信仰と月山筍』東北民俗48,2014.6.p.77-78.
128.紹介:原淳一郎著『江戸の旅と出版文化 寺社参詣の新視角』歴史地理学56-4,2014.9.p.25.
129.「シンポジウム趣旨説明「旅・観光・歴史遺産」研究の概観」(原淳一郎と共著)・「総括 シンポジウムの成果と課題」歴史地理学57-1,2015.1.p.1-4,p.113-115.
130.書評:由谷裕哉・佐藤喜久一郎著『サブカルチャー聖地巡礼』宗教民俗研究24・25,2016.3,p.107-111.
131.書評:越志徳門・大杉明彦・小松寛子編『戸隠信仰の諸相』山岳修験57,2016.3,p.69-71.
132.書評・紹介:淡野明彦編著『観光先進地ヨーロッパ』季刊地理学68-3,2016.9,p.194-195.
133.難波耕司・岩鼻通明「セキモリ・ゲイノーの比較宗教論~羽黒山の神仏分離とイギリスの宗教改革」山形民俗30,2016.11,p.21-25.
134.紹介:村田弘『山の神・鮭の大助譚・茂吉 東北からの民俗考』村山民俗31,2017.6.p78-79.
135.紹介:佐賀大学地域学歴史文化研究センター刊『花守と介次郎 明治を担った小城の人びと』庄内民俗37,2017.10. p.68.
136.文献紹介:高橋陽一『近世旅行史の研究』歴史地理学59-4,2017.11.p.27-28.
137.書評:福江充『立山曼荼羅の成立と縁起・登山案内図』山岳修験63, 2019.3. p.67-70.
138.書評:羽山久男『徳島藩分間絵図の研究』地理学評論93-5,2020.9.p.397-398.
139.書評:金坂清則編著:『日本の未踏の地―イザベラ・バード再訪』季刊地理学72-3,2020.12.p.201-202.
140.書評:河合康代著:『聖地への信仰ー地理学からのアプローチ』人文地理73-3,2021.10.p.386-387.
141.紹介:榎原雅治著:『地図で考える中世』地図情報41-3,2021.11.p.
142.WEB原稿:即身仏 https://www.nippon.com/ja/japan-topics/g02008/  2021,12,
143.書評:田中滋・寺田憲弘編『聖地・熊野と世界遺産-宗教・観光・国土開発の社会学-』歴史地理学64-2,2022.3.p.40-44.
144.「戸川安章先生の講演原稿再録~羽黒山の修験者とその妻」村山民俗36,2022.7.p.36-40.
145.「昭和初期の飛島における漁業と檀家・貰い子をめぐって」山形民俗36,2022.11.p.95-97.
146.「科学研究費研究成果報告書 羽黒修験研究の宗教民俗学的再構築」研究代表者:岩鼻通明,2023.3.89p.
147.「地図と私 安芸国嚴島の弥山に祀られた湯殿山権現」地図情報165,2023.5.

148.「芭蕉出羽三山登拝―曾良旅日記の謎を解く―』山形民俗37,2023.10.

149.文献紹介 鈴木伸司著『修験寺天照山月鏡寺』村山民俗38,2024.7.

150.文献紹介 渡辺幸任著『月山ヌマ小屋と強力』山形民俗38,2024.11.

151.「清川と出羽三山参詣」庄内民俗38,2025.6.

152.「湯殿山に地獄谷は存在したか」村山民俗39,2025.7.

153.「羽黒山手向と韓国・春川に祀られた牛頭天王」山形民俗39,2025.10.

 

村山民俗学会ブログ

に会報のアップを始めました。25年12月号は既にアップし、以下の1月号もアップしました。ただ、残念ながら画像の同時アップはできないようです。なお、ご希望の方には無料でPDFファイルを無料配信しますので、以下のメルアドまで、ご連絡ください。

hanamichi210@yahoo.ne.jp

 

新年のごあいさつ

相原 一士

 あけましておめでとうございます。今年は当会の会誌『村山民俗』が第40号目を迎えます。これまでの皆さまのご投稿・ご支援に感謝申し上げますと共に、更なる多くのご投稿をお待ちしております。

 先般、文部科学省の文化審議会にて、2028年のユネスコ無形文化遺産登録に向けた日本の候補として、「神楽」を提案することが決まったと報じられました。民俗学の対象となる分野が評価されるのは喜ばしいことです。神楽に限らず伝統行事は、担い手不足で継続が危ぶまれる団体も少なくありません。民俗行事がユネスコ無形文化遺産登録候補となったことで、そうした問題に多くの人が目を向けるきっかけとなればと考えます。本年もよろしくお願い申し上げます。

 

天童町上水道100年のあゆみ

                   村山 正市

天童市で古い公共上水道は、高擶陣屋水道で弘化3年(1846)10月の布設工事であることから180周年となる。天童町の上水道は、大正14年(1925)4月で竣工100年を迎えた。

 ここでは、天童町上水道について紹介していきたい。

 ことの発端は、大正9年(1920)当時の町長仲野半四郎氏をはじめとして、町議会では、水道計画調査費として町会費で200円を計上、2か年にわたり各地の調査を行う。大正11年(1922)時の町長西澤定吉氏は水道事業について急務の事業であるとして、その実現に向け努力を続けた。しかし、町内に水源を求めることができず、同東村山郡山寺村大字荒谷字小才勝、立谷川右岸の地下伏流水が最とも有望であるとし、山形県吏員田中長吉技手に依嘱して実務的な実地調査を行い、その結果、水量も豊富で水質良好と判明した。

それを受け、大正11年(1922)12月16日の町会で満場一致で可決され、翌年から2か年継続事業として布設工事を行うことになり、委員として24名指名選出し委員会を構成した。しかし、財政的に天童町は財政困窮の状態で、巨額の資金を投資できない状態であった。総工費29万円、そのため、県費補助を仰がなければ実現できないとなった。大正12年(1923)12月20日県に対し補助申請を提出、当事者などからの陳情書を臨時県議会に提案され、要求通り28万円に対する5分の県費補助認可がなされた。それを受け、大正13年(1924)2月6日に水道布設、起債の件町会で承認、同年6月25日に本省から水道布設認可を得て、9月3日に起工した。そして、大正14年(1925)4月29日に竣工することができた。

昭和20年(1945)9月に天童温泉の3旅館・ホテルがGHQより接収となり、接収ホテルは完全に給水するよう要求された。そのため、特建工事として昭和21年・22年に分けて天童駅前から温泉通りに内径5寸の新管埋設水源地当方100mに井戸を新設した。また、塩素滅菌室を新設、ウオールとマンメーター室の新設工事も行う。

昭和25年城山配水池工事、貯水量1000㎥、公費45万円で完成した。

昭和35年に天童市議会で、豊栄村荒谷との水道水源問題が起きる。他の市のためにどうして水源を使われるのか?昭和37年10月天童市と豊栄村合併で終結した。

天童町と津山村温泉地区を給水区域として、水道事業を創設した。なお、水源は荒谷に確保 認可取得年月日 : 大正12年2月6日 計画給水人口 : 9,500人 計画1日最大給水量 : 950 m3/日

*『天童町要覧』昭和26年8月発行など参考にした。

天童町水道

水道事業は大正12年2月6日に計画給水人口9,500人、計画1日最大給水量

950m3/日の創設水道として事業経営の認可を受け、大正14年5月1日から給

水を開始。その後、産業の発展や公衆衛生の向上など社会環境の変化に対応するため、給水区域、給水人口、給水量および水源などに関する6次の拡張認可と2回の計画変更認可を受け、水道施設の充実を図る。

第1次拡張事業 :終戦後の人口増加や進駐軍の駐留があり、水源の増設や舞鶴配水池の築造などをうた。 認可取得年月日 : 昭和25年7月14日 計画給水人口 : 13,000人 計画1日最大給水量 : 2,600 m3/日

第2次拡張事業: 昭和29年の町村合併により、水源を増設するとともに、寺津・蔵増・成生の西部地域を給水区域に編入した。 認可取得年月日 : 昭和32年5月17日 計画給水人口 : 22,600人 計画1日最大給水量 : 5,400 m3/日

第3次拡張事業: 人口の急増や山元・山口地区を給水区域に編入するため、水源の増設や配水池の新設などをおこなった。 認可取得年月日 : 昭和43年3月30日 計画給水人口 : 32,000人 計画1日最大給水量 : 15,000 m3/日

第3次拡張事業(第1回変更): 第3次拡張事業をもとに、給水区域の拡張と、給水人口及び計画1日最大給水量の変更。 認可取得年月日 : 昭和44年3月31日 計画給水人口 : 40,000人 計画1日最大給水量 : 17,000 m3/日

第3次拡張事業(第2回変更): 第3次拡張事業(第1回変更)をもとに、事業費の見直し。 認可取得年月日 : 昭和50年9月8日 計画給水人口 : 40,000人計画1日最大給水量 : 17,000 m3/日

第4次拡張事業: 市街地の人口・給水量が急増する一方、県水の受水開始が遅れていたため、これに対応する水源を確保した。 認可取得年月日 : 昭和54年3月30日 計画給水人口 : 48,000人 計画1日最大給水量 : 25,000 m3/日

第5次拡張事業 :八幡山配水池の築造により県水受水を開始し、新開・荻野戸配水池の築造や配水本管の増設により、東部簡易水道を統合。 認可取得年月日 : 昭和57年5月28日 計画給水人口 : 60,300人 計画1日最大給水量 : 30,800 m3/日

 

  事務局たより  

 冒頭の会長あいさつにもありますように、本年は当学会の発足40周年を迎え、会誌「村山民俗」も40号となります。同様に山形県民俗研究協議会の会誌「山形民俗」も40号を迎えますが、こちらは予算の関係上から、これまでのような頁数

で刊行することは難しいようです。したがって、なるべく「村山民俗」のほうへ投稿をいただくように、お願いしたいと存じます。40号を記念して、論文形式ではなく、短文のエッセイも投稿を歓迎いたします。詳細は改めて会報で、お知らせいたします。

 また、相原会長は、伝統行事の担い手不足にも言及されておられますが、かつて山形市無形民俗文化財調査で対象とした民俗行事に関して、先年に「紋上絵」の映像記録をyamagata1に依頼して、記録保存することができました。さらに、

民俗行事についても、記録映像の作成をお願いしたいと考えております。調査を担当された会員の方々には、ぜひ候補となるべき対象を推薦していただきたく存じます。民俗行事は実施日程が決まっておりますため、相手方との早めの調整が必要になるものと思われますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。

 

第56回談話室開催のご案内

日  時:2026年1月17日(土)16時~18時

会  場:山形駅西口 霞城セントラル23階 市民活動支援センター会議室A

話題提供:大沼香氏「月山-高・清-古道の神秘的魅力」

 大沼氏は、この数年間、西川町の方々などと協力して、月山登山道の高清水通り(本道寺から月山山頂へ至るルート)および清川通り(岩根沢から月山山頂へ至るルート)について、何度も現地探索を実行され、数多くの発見を含めた興味深い貴重な成果を達成されておられます。この度の談話室では、特にお願いして

その概要を披露していただきます。

 

✉受贈等資料・文献紹介

「企画展「たくさん集める」からわかること-香川の千歯扱ぎ・足踏脱穀機大集合-」を開催して」長井博志 民具マンスリー58-8  「中馬による運搬方法の展開」野池優太 「モノが語る「戦争」連載を終えて」新垣夢乃 同58-9 25年11月・12月 神奈川大学日本常民文化研究所 

「季節巡りの民俗59 睦月・1月 ~お正月、風吹く大空にあがる伝統的な遊具とは?~」菊地和博 TEIKOKU NEWS 山形県版 26年1月

「宮城県名取川流域に残された伊豆権現の伝承について」栗木崇 「参詣曼荼羅にみる聖地「平泉」の永続性-静岡市芹沢銈介美術館所蔵「中尊寺参詣曼荼羅」を対象に」大高康正 幕末期・磐井郡山谷本寺における馬産制度の展開-仙台藩の奨励策と馬政的役割を手がかりに」田中健司 國學院雑誌「特集 歴史地理学の新展開-地域・景観・絵図-」126-11 25年11月

國學院大學学術情報リポジトリからPDFをダウンロードできます。

「賀久留神社の祭礼-手草の舞と神幸祭を中心に-」松田香代子・川口円子 静岡県民俗学会会報196 25年12月

「お互い様スーパーの民俗行事-大仙市「南外さいかい市」小田島清朗 秋田民俗通信143 25年10月 秋田県民俗学会

「荒処の沼入り梵天行事-神様の逢瀬としての荒処の梵天行事と情報の更新」跡部奏真 「本荘矢島両国争論裁許絵図(1627年)から見た秋田県由利本荘市船岡町内」阿部克人 「青森・岩手の神楽の中の「番楽」」小田島清朗 「ナマハゲの原像を考える-菅江真澄の記録などを通じて-」鎌田幸男 秋田民俗51 25年12月 秋田県民俗学会

「骨の絆から血の絆へ-「家永続の願ひ」にみる柳田祖霊祭祀論の視座の転換-」加藤正春     「民俗学の最新化とは?-談話会を終えて思うこと-」角南聡一郎 「八戸市博物館のリニューアルに向けて」小林力 日本民俗学324 

25年11月 日本民俗学会

「特別展展示図録 うまれかわりの旅-いちはらと出羽三山信仰-」市原歴史博物館 25年10月

「埼玉県東松山市・上岡観音の絵馬市-四半世紀を迎えた保存会と絵馬の「伝統」-」榎本直樹 西郊民俗273 25年12月 西郊民俗談話会

『村絵図・地籍図と歴史的地域』松尾容孝 25年12月 古今書院 宮津市・鳥取県・奈良県十津川村などを事例とした調査研究の集大成

『山形の姥神をめぐる冒険』あらしだうたこ 25年11月 文彩堂出版 県内の80体を超える姥神像についての現地探訪記録で、月山登山道沿いの姥神についても記述も含まれる。山形県立図書館に架蔵。

 

 展示・講演等情報

「令和7年度 東根市収蔵品展 大樹のもとにひらくⅡ」~1月12日 東根市美術館特別展示室(まなびあテラス内)

「そろいもの、そろいぶみ」~1月26日 広重美術館

「令和7年度山形県埋蔵文化財センター市町村巡回展 発掘された中山町の遺跡」~1月20日 中山町歴史民俗資料館

「青木克純写真展 美しい山蔵王山」~1月12日 白鷹町文化交流センター あゆーむギャラリー

「特別展 斎藤茂吉とふるさとーみちのく界隈―」~3月31日 斎藤茂吉記念館

「学生企画展 集中講義 NEW KAWAII各論」~1月29日 山形大学附属博物館

村山民俗38号の目次をお知らせします。

なお、個人の研究業績については、2012年5月の記事を逐次更新しております。

― 研究ノート ―
村山地方における真宗寺院の展開(二)
―具体的な動きからみる一動向―・・・・・・・・・・・・ 村山 正市 1
― フォーラム ―
新出芭蕉書簡の内容とその背景・・・・・・・・・・・・・ 相原 一士 11
江戸から最上漆山までの民俗誌
―半沢氏「旅日記」下巻(その2)―・・・・・・・・・・ 野口 一雄 15
絵師・狩野永耕藤原応信の真相Ⅲ
―画歴からわかる六田の青山永耕との相違点・・・・・・・ 野口 孝雄 24
武田家「農耕絵巻」の検討課題
― 「留意される一場面」をめぐって ―・・・・・・・・・ 菊地 和博 35
子ども遊びの文化~アイヌと日本・・・・・・・・・・・・ 清野 春樹 45
立石寺奥の院から発見された木札資料・・・・・・・・・・ 荒木 志伸 57
文献紹介 鈴木伸司著『修験寺天照山月鏡寺』・・・・・・・ 岩鼻 通明 61
会の歩み(2023 年度)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 63
村山民俗学会会則・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・65
ISSN 1348-2661
第38号
2024年7月21日発行

 続いて山形民俗38号の目次です。
  目   次
郷土という主観的世界における研究の意義・・・・鳥居 建己・高橋 寛宇 1
加藤和徳の研究業績からの一考察―
年少者の民俗文化継承事例の考察・・・・・・・・・・・・・菊地 和博 18
真室川町「釜淵番楽」の現況を分析する ―
置賜地方小正月行事は縄文色豊か・・・・・・・・・・・・清野 春樹 29
月山の公衆便所の変遷・・・・・・・・・・・・・・・・・・渡辺 幸任 41
幕末の絵師青山永耕の不可思議・・・・・・・・・・・・・・野口 孝雄 48
―謎の解明からわかって来た知られざるその実相―
村山地方真宗本山への納骨習俗をめぐって・・・・・・・・村山 正市 61
真宗寺院と門徒による大谷講の歴史―
酒田市平田地域の大平山三吉信仰について・・・・・・・・・阿部 一郎 69
文献紹介 渡辺幸任著『月山ヌマ小屋と強力』・・・・・・・・ 岩鼻 通明 84
県内の主な民俗関係出版物・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・92
山形県民俗研究協議会関連記事・・・・・・・・・・・・・・・・・・・92
山形県民俗研究協議会会則・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・94
2024年11月24日発行
山 形 県 民 俗 研 究 協 議 会

 

村山民俗39号が7月に刊行されました。目次は以下のとおりです。

 研究ノート

村山地方における真宗寺院の展開(三)
―縁起書に見る開基上人の出自、開基年と寺号年の差―・・・ 村山 正市   1
― フォーラム ―
自治体史「民俗編」を読み直す
― 『東根市史』別巻上 考古・民俗篇 ―・・・・・・・・・・菊地 和博  20
「八郎太郎」と「お八郎さま」
~鉄に関する民話と東北の豊かさ~・・・・・・・・・・・ ・ 清野 春樹  26
絵師 狩野永耕藤原応信の真相・Ⅳ
── 筆跡からわかる六田の青山永耕との相違点 ──・・・・・  野口 孝雄 34
明日村の痕跡を追う(山形県朝日町)・・・・・・・・・・・   村山 佑月  47
湯殿山に地獄谷は存在したか・・・・・・・・・・・・・・ ・岩鼻 通明  53
会の歩み(2024年度)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 57
村山民俗学会会則・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・   59

 

山形民俗39号が10月に刊行されます。目次は以下のとおりです。

菅生願正坊の足跡を訪ねて・・・・・・・・・・・・・・・・村山 正市   1

『西遊草』における清河八郎の食文化・・・・・・・・・・小野寺 雅昭  12

地域社会の要請に応える民俗文化・稲下鹿子踊

― 十一年ぶりに再興された「踊り連」の継承経緯 ―・・・・ 菊地 和博  19

 

縄文のイタコと山の神~縄文遺跡のシャーマン像・・・・・・清野 春樹  33

月山山頂に移植されたウゴアザミ・・・・・・・・・・・・・渡辺 幸任  47

『紅花屏風( 青山永耕筆)』の真の絵師を求めて

―押されている二つの印章からわかってくる絵師とは―・・・野口 孝雄  51

「贈りもの」としての焼畑作物

―販売用と自給用の「基準」の折り合い―・・・・・・・・・渡辺 理絵  61

中小松新山神社別当八幡山新山寺蓮性院について・・・・・渡邊 敏和  71

羽黒山手向と韓国・春川に祀られた牛頭天王・・・・・・・・岩鼻 通明  84

石造物の形式からみた本道寺・・・・・・・・・・・・・・  荒木 志伸 89

県内の主な民俗関係出版物・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  94

山形県民俗研究協議会関連記事・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  94

山形県民俗研究協議会会則・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  96

遅くなりましたが、2023年10月に刊行した「山形民俗」37号の目次です。
本間郡兵衛の嘉永元年「長崎行日記」について・・・・・・・ 小野寺雅昭 1
民俗文化継承にみる武家との相関事象・・・・・・・・・・・ 菊地 和博 15
 ―「山形学」フォーラム覚え書 ―
異本 羽黒山往来・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・市村 幸夫 24
山形県における山田秀三のアイヌ語地名調査・・・・・・・・ 清野 春樹 28
月山の強力と休み場・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 渡辺 幸任 33
上山藩 絵師
丸野清耕とその弟子丸野耕秀(後の青山永耕)の真相・・・・ 野口 孝雄 37
 ~来歴や諸著述(先行研究)との相違点~
天童市内の神社史をめぐる・・・・・・・・・・・・・・・・ 村山 正市 52
 ―神社の由緒と別当寺―
芭蕉の出羽三山登拝・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 岩鼻 通明 62
―曾良旅日記の謎を解く―
県内の主な民俗関係出版物・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・66

山形県民俗研究協議会関連記事・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・66
山形県民俗研究協議会会則・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・68



           2023年10月29日発行
          山 形 県 民 俗 研 究 協 議 会
 2023年7月30日付にて、「村山民俗」37号を刊行します。目次は以下の通りです。

ー論文ー
立石寺弥陀洞の磨崖供養碑‐供養碑建立者に関する検討 -・・ 荒木 志伸 1
― 研究ノート ―
村山地方における真宗寺院の展開
―本山よりの申物、下付された什物に見る展開―・・・・・ 村山 正市 11
― フォーラム ―
京都から伊勢までの民俗誌 
~半沢氏「旅日記」下巻(その1)~・・・・・・・・・・ 野口 一雄 25
絵師・狩野永耕藤原応信の真相Ⅱ
―落款からわかる六田の青山永耕との相違点・・・・・・・ 野口 孝雄 34
「Look for 伝承文化」で地域を「再発見」する試み・・・・ 菊地 和博 47
次年子などのアイヌ語地名とその文化・・・・・・・・・・ 清野 春樹 64
寺内宗門御改帳にみる湯殿山行人・・・・・・・・・・・・ 岩鼻 通明 72
            会の歩み(2022年度)・・・・・・・・・・ 84
            村山民俗学会会則・・・・・・・・・・・・ 86
遅くなりましたが、「村山民俗」36号および「山形民俗」36号の目次をアップします。

「村山民俗」36号 2022年7月
京都から伊勢までの民俗誌 
~半沢氏「旅日記」中巻(その2)~・・・・・・・・・・ 野口 一雄 1
「東北の大黒信仰儀礼の基礎的研究」補遺
─ 菅江真澄『粉本稿』および「つがろのつと」より ─・・ ・菊地 和博 8
北村山のアイヌ語地名・・・・・・・・・・・・・・・・・ 清野 春樹 14
流浪の六部喜平治の行跡・・・・・・・・・・・・・・・・ 市村 幸夫 23
絵師・狩野永耕藤原応信の真相
―古文書と作品群からわかる六田の青山永耕との相違点・・ 野口 孝雄 28
戸川安章先生の講演原稿再録
~羽黒山の修験者とその妻・・・・・・・・・・・・・・・ 岩鼻 通明 36
会の歩み(2021年度)・・・・・・・・・・ 41
村山民俗学会会則・・・・・・・・・・・・ 43

「山形民俗」36号 2022年11月
【特別寄稿】
イザベラ・バードが山形県置賜郡手ノ子で目撃し、・・・・・・金坂 清則  1
詳描した流潅頂―旅と旅行記を科学する2―

コロナ禍における民俗文化継承活動・・・・・・・・・・・・・ 菊地 和博 29
 ―最上郡「鮭川歌舞伎」の事例を中心に―
天宥と羽黒山開山像・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・伊藤 瑞恵 43
 ―「開山御尊像逆般若心経」に関する一考察
廻国六部と四国八十八所写し霊場・・・・・・・・・・・・・・ 市村 幸夫 52
山形県最上地方のアイヌ語地名・・・・・・・・・・・・・・・ 清野 春樹 61
泉沢の代ごりの小屋・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 渡辺 幸任 74
東根八代城主里見薩摩守景佐の連歌号・・・・・・・・・・・・ 野口 孝雄 80
 ―号は「光景」(あきかげ)最上義光連歌衆の一人―
山形の祭礼と博奕をめぐって・・・・・・・・・・・・・・・・ 村山 正市 86
昭和初期の飛島における漁業と檀家・貰い子をめぐって・・・ 岩鼻 通明 95
県内の主な民俗関係出版物・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 98
山形県民俗研究協議会関連記事・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 98
山形県民俗研究協議会会則・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 100
           2022年11月5日発行
          山 形 県 民 俗 研 究 協 議 会

 「最上川の文化的景観」の保全について
                            岩鼻通明                          

一 はじめに
 最上川に関する学術研究で、最も早い時期の業績は『山形経済志料』第五集に掲載された五十嵐晴峯「最上川の研究」である(一)。その冒頭は「最上川と文化」から始まり、最上川によって文化は輸入せられた、とする。まさに最上川は自然景観にとどまらず、文化的景観をはぐくんだことを如実に示す指摘といえよう。
 その後、近世の古文書史料から、最上川舟運に関する調査研究は大きく進展した。にもかかわらず、歴史地理学的視点からすれば、最上川流域の港、すなわち河岸の構造および河岸集落に関する調査研究は多いとはいいがたい。河岸の構造と河岸集落の発展をリンクさせた調査研究が重要であるにも関わらず、従来の研究視点からは漏れていたのではなかろうか。管見の限りでは、この問題に言及したのは高橋恒夫と金坂清則および岡本哲志のみにすぎない(二)。
 さて、村山盆地の北端に位置する大石田河岸と南西端に位置する左沢河岸は、ともに上流と往来する川舟の中継基地であり、そこから下流へは大きなサイズの川舟に積み替えることから、河岸集落には積み替え荷物を収蔵する倉庫としての蔵が設置された。本論においては、最上川のいくつもの河岸の中でも、とりわけ重要な大石田と左沢のふたつの河岸を対象に、最上川の文化的景観の保全について問題提起を試みたい。

  二 大石田河岸の近代的変容
 最上川の河岸の中でも、最も栄えたのが大石田河岸であった。その景観は河川水運が衰退に向かう中でも、一九六〇年代半ばまでは、ある程度、維持されていた。ところが、一九六五年から始まった両岸に二キロ余りの特殊堤防が整備された後は、見る影もなくなってしまった。過去の姿は、江戸時代後期の「大石田河岸絵図」に描かれているのみである。
それ以前は当時の写真を見る限り、川船方御役所の跡も若干は残されていたようだが、特殊堤防の建設によって、河岸は堤防の下に埋もれ、役所跡も消滅した。それらの遺構については、残念ながら何ら測量なり発掘調査なりは行われなかったとのことである。
前述のように、大石田河岸は流域で最も重要な拠点としての積み替え地点であり、サイズの異なる舟が接岸していたのであった。たとえば、海の港であるが、瀬戸内の鞆の浦では「雁木」と呼ばれる階段状の港湾設備が江戸時代に整備され、水位が変動しても荷物の積み下ろしが可能な構造が存在した(図1)。海と川の違いはあるとしても、同様の設備が最上川の河岸に存在していたのではなかろうか。
特殊堤防の建設後には、景観整備と称して、まず、一九九一年から一九九五年にかけて、最上川右岸に約六〇〇メートルの長さの堤防壁画が描かれた(図2)。当時は世界最長の壁画として、ギネスブックに申請したという。さらに、一九九五年から一九九六年にかけて、塀蔵や舟役所出入口の大門(図3)が再現された(三)。
岡本によれば、大石田の近世集落は最上川に平行に通る道路を主軸に形成され、道路の両側に水運関係の家屋が短冊状に軒を並べていたという。しかも、上流から下流へと集落は発展したために、下流に行くほど、敷地の奥行は狭くなる(四)。
小山義雄によれば、大石田の河岸集落の街並みの保存をめざして、江戸期から明治期の住宅や土蔵などを町登録文化財に指定する動きが進められているという(五)。ただ、年々、伝統的建築物が取り壊され、街並みが失せつつあると記されている。この度の現地観察では、いっそう新しい建築物が目立ち、街並み保存が円滑に遂行されているとはいいがたい印象を抱かざるをえなかった。
高橋の著作は大石田町に提出された報告書を編集したもので、建築史の立場から大石田河岸集落の街並みを復原し、建物を江戸・明治大正・昭和に三区分するなどの貴重な成果が盛り込まれている(六)。本書に依拠すれば、街並み保存や文化的景観の整備が十分に可能であったと思われ、世界遺産登録推進時の消極的対応が惜しまれる。
吉村知事が世界遺産登録運動を棚上げして以来、最上川流域の多くの自治体において文化財保護が進んでいないことが明らかにされた(七)。前稿で指摘したように、文化財保護は各自治体によるボトムアップが重要であるが(八)、最上川の文化的景観において、最も重要な地位を占めるはずの大石田河岸が、このような現状であることを、どのように評価すべきであろうか。
二〇一八年に日本遺産に認定された「山寺と紅花」の構成文化財には、最上川・大石田河岸・大石田河岸絵図が含まれてはいる。しかしながら、前述のような特殊堤防と堤防壁画が果たして文化財の価値を有しているのかは、はなはだ疑問であるといえよう。せめて、前述の町登録文化財を、国有形登録文化財に格上げする努力がなされるべきではなかったのか。

  三 左沢河岸と堤防建設
 二〇一三年に大江町の「最上川の流通・往来及び左沢町場の景観」が国重要文化的景観に県内で初めて選定された。ただ、大石田と同じく左沢河岸の往時の景観はほとんど不明である。宇井は次のように述べている(九)。
  米沢藩舟屋敷(中略)門を出ると土手があり、最上川の河岸に出た。16艘ほどの大船が置かれた。(中略)渇水期には桜瀬の下に船を着け(中略)米を積んだ。その下流、桜町の川端が商人荷の移出入の港となった。
 米沢藩舟屋敷の門外から川岸まで降りる石段があったようで、大石田でも川船方御役所の門外から川岸に降りる石段があった。これらの石段が、あるいは前述の鞆の浦の「雁木」と同様の役割を果たしていた可能性を追求する必要があろうか。
 さて、二〇二一年八月二四日に開催された令和3年度第1回大江町文化的景観保存整備検討委員会の席上で、唐突に百目木地区の堤防建設に関する議案が提示された。二〇二〇年七月の集中豪雨による大規模な最上川の水害に対して、流域全体で水害を軽減させる「流域治水」を計画的に推進するために、最上川流域治水協議会が設置され、「最上川緊急治水対策プロジェクト」左沢(百目木)築堤河川からの氾濫を防止するため「堤防整備」を実施するという。早期の工事着手に向け調査検討の進め方などについて、地元説明会を開催し、堤防設計に関する測量及び設計を実施中とのことである(十)。
 もし、この堤防が建設されれば、前述の左沢河岸の遺構は堤防の下に埋もれてしまうことになる。かといって、大石田のような堤防壁画などで、景観整備を実施するというのは、お茶を濁した時代錯誤であろう。大石田の景観整備は前世紀のことであり、国重要文化的景観は二一世紀の文化財保護政策なのだから。
 たとえば、岩手県の北上川の堤防工事前の事前発掘調査にともない、藤原氏時代の柳の御所跡が発見され、遺跡保存運動の結果、保存されることになった。この発見は、後の平泉の世界文化遺産登録へとつながるものであった。最上川の文化的景観の世界遺産登録を実現させる上で、左沢河岸の景観を保全することは極めて重要であるといってよかろう。
まず、堤防ありきで議論が進められているのではなかろうか。たとえば、すぐ下流に位置する中州の堆砂撤去および植生除去によって、かなり下流への通水(水はけ)が改善されるのではないのか。
また、上流の朝日町に立地する本流唯一のダムである上郷ダムは建設以来、長い年月が過ぎており、堆砂によって有効貯水量は大きく減少している。このダムが今回の水害の際に、いかなる役割を果たしたかについて、ほとんど検証されていない、あるいは検証はされたとしても公開されていないのではないのか。
さらに、堤防設置ではなく、当該地区の民家のかさ上げ工事によって、水害を防ぐ手段は最上川流域治水協議会サイトにも明示されている。このような多様な方法と比較が行われたうえで、堤防設置という結論が導き出されたのであろうか。よもや、吉村知事の出身地への我田引水ではあるまいか。コロナ禍で国も地方自治体も膨大な累積赤字を抱える今、湯水のように予算を使うことに正当性はあるのだろうか。
四 おわりに
 世界遺産登録には文化財の真正性が要求されるという。登録候補地にはイコモス(国際記念物遺跡会議)による現地調査が実施され、改善が必要な点についての勧告が行われる。大石田の特殊堤防はまさに「絵に描いた餅」であり、真正性を有するとはまず認められないことであろうし、機能を失ったダムは撤去すべきという勧告が出ることは想像に難くない。
 将来の水害に対する備えが必要となるのは当然であるが、最上川の文化的景観と調和した対応が要求されることは、以上の立論から明らかであろう。以上、残された課題は多いと思われるが、現時点での問題提起としたい。
 注
(一)五十嵐晴峯「最上川の研究」『山形経済志料 第五集』一九二七年、山形商業会議所(復刻合本、一九七五年、郁文堂書店)。
(二)金坂清則「最上から庄内への水路と河港」(藤岡謙二郎監修、小林博・足利健亮編『街道 生きている近世二』一九七八年、淡交社、所収)。高橋恒夫『最上川水運の大石田河岸の集落と職人』大石田町、一九九五年。岡本哲志『港町のかたち その形成と変容』二〇一〇年、法政大学出版局、本書では大石田に加えて、酒田が論じられている。
(三)新庄工事事務所編『よみがえった大石田河岸 大石田地区河川環境整備事業』二〇〇〇年。
(四)前掲注(二)岡本、参照。
(五)小山義雄「最上川大石田河岸の「みなと文化」」二〇〇九年、一般財団法人みなと総合財団HP 港別みなと文化アーカイブス、所収。
(六)前掲注(二)高橋、参照。本書では、長井政太郎『大石田町誌』一九四〇年、に示された職業を復元して図化しており、戦前期には舟運関係の職業が消滅したことを示している。他にも有益な図が多く含まれている。
(七)矢島侑真・十代田朗・津々見崇「世界遺産登録運動を契機とした地域の文化財保全・活用の発展に関る研究:山形県及び県内市町村を対象として」都市計画論文集五一(三)、二〇一六年。
(八)岩鼻通明「日本遺産から世界遺産へ~その可能性を探る」村山民俗三五、二〇二一年。
(九)宇井啓「西村山の最上川の河岸」西村山地域史の研究三四、二〇一六年。
(十)国土交通省 山形河川国道事務所HPよりhttps://www.thr.mlit.go.jp/yamagata/river/tisui/
(画像は省略)
2021年7月に「村山民俗」35号を刊行、目次は次の通りです。
肥前長崎から京都までの民俗誌
-半沢氏「旅日記」中巻から-・・・・・・・・・・・・・ 野口 一雄 1
民俗学からみた「疫病」退散祈願の諸相・・・・・・・・・ 菊地 和博 11
村山地方のアイヌ語地名(一)寒河江・西村山・・・・・・ 清野 春樹 20
日高見国と王祇神
平泉の「中尊寺以前」を考える・・・・・・・・・・・・・ 大江 良松 33
山形県寒河江市平塩の
お塞神様祭りと伝承についての一考察(後編)・・・・・・ 荒井 久宣 42
日本遺産から世界遺産へ~その可能性を探る・・・・・・・ 岩鼻 通明 60
会の歩み(2020年度)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 66
            村山民俗学会会則・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 67

 2021年11月に「山形民俗」35号を刊行、目次は次の通りです。
両者ともに、国会図書館・山形県立図書館・山形市立図書館に寄贈しました。
途絶えた二つの人形芝居記録ノート・・・・・・・・・・・・・菊地 和博  1
― 鮭川村「曲川人形」と山形市「山田木偶(でく)人形」―
小国町の神秘的なアイヌ語地名を探る・・・・・・・・・・・ 清野 春樹 11
南東北の「徳一上人」に関わる寺院・・・・・・・・・・・・ 渡邊 敏和 22
寛政の月山山頂・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 渡辺 幸任 36
「最上川の文化的景観」の保全について・・・・・・・・・・ 岩鼻 通明 42
書評 杉原丈夫著『北前航路と寄港地 北前船と酒田』・・・・小野寺雅昭 47
を読んで
県内の主な民俗関係出版物・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 49
山形県民俗研究協議会関連記事・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 49

遅くなりましたが、昨年11月に「山形民俗」34号が刊行の運びとなりました。目次は以下のとおりです。
【特別寄稿】
イザベラ・バードが受診した日と町、そして医師と宿・・・・・金坂 清則  1
―旅と旅行記を科学する―

酒田山王祭と新庄祭の傘鉾について・・・・・・・・・・・・・菊地 和博 42
庄内藩三方国替えによる鳥海山大物忌神社の関わりについて・・花井 紀子 53
置賜地域に齎された仏像の仏師たち・・・・・・・・・・・・・渡邊 敏和 65
置賜のサンガ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・清野 春樹 73
~入田沢では移動する山仕事従事者をサンガと呼ぶ
月山掛け小屋の現地調達の食材について・・・・・・・・・・・・渡辺 幸任 84
「珎事聞書 七」翻刻と解題・・・・・・・・・・小田 純市・岩鼻 通明 89
県内の主な民俗関係出版物・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 97
山形県民俗研究協議会関連記事・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 97

 また、山形大学機関リポジトリに、山形大学紀要に掲載した岩鼻の戸隠観光に関する論文がアップされました。
URLは以下のとおりです。他にも掲載誌の入手困難な論文を、いくつかアップしておりますので、検索ください。
https://yamagata.repo.nii.ac.jp/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=
5070&item_no=1&page_id=13&block_id=29
「山形民俗」33号は、2020年4月20日に発行されました。目次は以下の通りです。
目         次
置賜野川の「三渕(淵)明神」信仰と地域生活・・・・・・・菊地 和博  1
置賜地方在住の仏師たち(続編)・・・・・・・・・・・・・ 渡邊 敏和 16
山形県内の古代地名、人名のアイヌ語解釈・・・・・・・・・清野 春樹 27
強力と長木について・・・・・・・・・・・・・・・・・・・渡辺 幸任 45
「珎事聞書 六」翻刻と解題・・・・・・・・・小田 純市・岩鼻 通明 51
[紹介]『新訳 日本奥地紀行』全10巻【オーディオブック】・岩鼻 通明 69
県内の主な民俗関係出版物・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・70
山形県民俗研究協議会関連記事・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・70

「村山民俗」34号は2020年7月18日に発行されました。目次は以下の通りです。
肥前長崎での街探訪|半沢氏「旅日記」中巻から|・・・ ・・ 野口 一雄 1
「念仏踊り」調査ノート・・・・・・・・・・・・・・・・ 菊地 和博 11
村山・置賜地方の「シカマ」姓の分布について・・・・・・ 清野 春樹 17
印鑰神明宮と王祇神
「多賀城」「最上城」「山形城」の位相・・・・・・・・・ 大江 良松 26
山形県寒河江市平塩の
お塞神様祭りと伝承についての一考察(前編)・・・・・ 荒井 久宣 38
山形県最上郡は「鮭の大助譚」の宝庫・・・・・・・・・ 村田 弘  51
戦時体制下の出羽三山信仰・・・・・・・・・・・・・・・岩鼻 通明 53
会の歩み(2020年度)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 56
            村山民俗学会会則・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 58

 山形県立・市立図書館で閲覧できます。購入ご希望の場合は、お問い合わせください。