村山民俗学会ブログ

に会報のアップを始めました。25年12月号は既にアップし、以下の1月号もアップしました。ただ、残念ながら画像の同時アップはできないようです。なお、ご希望の方には無料でPDFファイルを無料配信しますので、以下のメルアドまで、ご連絡ください。

hanamichi210@yahoo.ne.jp

 

新年のごあいさつ

相原 一士

 あけましておめでとうございます。今年は当会の会誌『村山民俗』が第40号目を迎えます。これまでの皆さまのご投稿・ご支援に感謝申し上げますと共に、更なる多くのご投稿をお待ちしております。

 先般、文部科学省の文化審議会にて、2028年のユネスコ無形文化遺産登録に向けた日本の候補として、「神楽」を提案することが決まったと報じられました。民俗学の対象となる分野が評価されるのは喜ばしいことです。神楽に限らず伝統行事は、担い手不足で継続が危ぶまれる団体も少なくありません。民俗行事がユネスコ無形文化遺産登録候補となったことで、そうした問題に多くの人が目を向けるきっかけとなればと考えます。本年もよろしくお願い申し上げます。

 

天童町上水道100年のあゆみ

                   村山 正市

天童市で古い公共上水道は、高擶陣屋水道で弘化3年(1846)10月の布設工事であることから180周年となる。天童町の上水道は、大正14年(1925)4月で竣工100年を迎えた。

 ここでは、天童町上水道について紹介していきたい。

 ことの発端は、大正9年(1920)当時の町長仲野半四郎氏をはじめとして、町議会では、水道計画調査費として町会費で200円を計上、2か年にわたり各地の調査を行う。大正11年(1922)時の町長西澤定吉氏は水道事業について急務の事業であるとして、その実現に向け努力を続けた。しかし、町内に水源を求めることができず、同東村山郡山寺村大字荒谷字小才勝、立谷川右岸の地下伏流水が最とも有望であるとし、山形県吏員田中長吉技手に依嘱して実務的な実地調査を行い、その結果、水量も豊富で水質良好と判明した。

それを受け、大正11年(1922)12月16日の町会で満場一致で可決され、翌年から2か年継続事業として布設工事を行うことになり、委員として24名指名選出し委員会を構成した。しかし、財政的に天童町は財政困窮の状態で、巨額の資金を投資できない状態であった。総工費29万円、そのため、県費補助を仰がなければ実現できないとなった。大正12年(1923)12月20日県に対し補助申請を提出、当事者などからの陳情書を臨時県議会に提案され、要求通り28万円に対する5分の県費補助認可がなされた。それを受け、大正13年(1924)2月6日に水道布設、起債の件町会で承認、同年6月25日に本省から水道布設認可を得て、9月3日に起工した。そして、大正14年(1925)4月29日に竣工することができた。

昭和20年(1945)9月に天童温泉の3旅館・ホテルがGHQより接収となり、接収ホテルは完全に給水するよう要求された。そのため、特建工事として昭和21年・22年に分けて天童駅前から温泉通りに内径5寸の新管埋設水源地当方100mに井戸を新設した。また、塩素滅菌室を新設、ウオールとマンメーター室の新設工事も行う。

昭和25年城山配水池工事、貯水量1000㎥、公費45万円で完成した。

昭和35年に天童市議会で、豊栄村荒谷との水道水源問題が起きる。他の市のためにどうして水源を使われるのか?昭和37年10月天童市と豊栄村合併で終結した。

天童町と津山村温泉地区を給水区域として、水道事業を創設した。なお、水源は荒谷に確保 認可取得年月日 : 大正12年2月6日 計画給水人口 : 9,500人 計画1日最大給水量 : 950 m3/日

*『天童町要覧』昭和26年8月発行など参考にした。

天童町水道

水道事業は大正12年2月6日に計画給水人口9,500人、計画1日最大給水量

950m3/日の創設水道として事業経営の認可を受け、大正14年5月1日から給

水を開始。その後、産業の発展や公衆衛生の向上など社会環境の変化に対応するため、給水区域、給水人口、給水量および水源などに関する6次の拡張認可と2回の計画変更認可を受け、水道施設の充実を図る。

第1次拡張事業 :終戦後の人口増加や進駐軍の駐留があり、水源の増設や舞鶴配水池の築造などをうた。 認可取得年月日 : 昭和25年7月14日 計画給水人口 : 13,000人 計画1日最大給水量 : 2,600 m3/日

第2次拡張事業: 昭和29年の町村合併により、水源を増設するとともに、寺津・蔵増・成生の西部地域を給水区域に編入した。 認可取得年月日 : 昭和32年5月17日 計画給水人口 : 22,600人 計画1日最大給水量 : 5,400 m3/日

第3次拡張事業: 人口の急増や山元・山口地区を給水区域に編入するため、水源の増設や配水池の新設などをおこなった。 認可取得年月日 : 昭和43年3月30日 計画給水人口 : 32,000人 計画1日最大給水量 : 15,000 m3/日

第3次拡張事業(第1回変更): 第3次拡張事業をもとに、給水区域の拡張と、給水人口及び計画1日最大給水量の変更。 認可取得年月日 : 昭和44年3月31日 計画給水人口 : 40,000人 計画1日最大給水量 : 17,000 m3/日

第3次拡張事業(第2回変更): 第3次拡張事業(第1回変更)をもとに、事業費の見直し。 認可取得年月日 : 昭和50年9月8日 計画給水人口 : 40,000人計画1日最大給水量 : 17,000 m3/日

第4次拡張事業: 市街地の人口・給水量が急増する一方、県水の受水開始が遅れていたため、これに対応する水源を確保した。 認可取得年月日 : 昭和54年3月30日 計画給水人口 : 48,000人 計画1日最大給水量 : 25,000 m3/日

第5次拡張事業 :八幡山配水池の築造により県水受水を開始し、新開・荻野戸配水池の築造や配水本管の増設により、東部簡易水道を統合。 認可取得年月日 : 昭和57年5月28日 計画給水人口 : 60,300人 計画1日最大給水量 : 30,800 m3/日

 

  事務局たより  

 冒頭の会長あいさつにもありますように、本年は当学会の発足40周年を迎え、会誌「村山民俗」も40号となります。同様に山形県民俗研究協議会の会誌「山形民俗」も40号を迎えますが、こちらは予算の関係上から、これまでのような頁数

で刊行することは難しいようです。したがって、なるべく「村山民俗」のほうへ投稿をいただくように、お願いしたいと存じます。40号を記念して、論文形式ではなく、短文のエッセイも投稿を歓迎いたします。詳細は改めて会報で、お知らせいたします。

 また、相原会長は、伝統行事の担い手不足にも言及されておられますが、かつて山形市無形民俗文化財調査で対象とした民俗行事に関して、先年に「紋上絵」の映像記録をyamagata1に依頼して、記録保存することができました。さらに、

民俗行事についても、記録映像の作成をお願いしたいと考えております。調査を担当された会員の方々には、ぜひ候補となるべき対象を推薦していただきたく存じます。民俗行事は実施日程が決まっておりますため、相手方との早めの調整が必要になるものと思われますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。

 

第56回談話室開催のご案内

日  時:2026年1月17日(土)16時~18時

会  場:山形駅西口 霞城セントラル23階 市民活動支援センター会議室A

話題提供:大沼香氏「月山-高・清-古道の神秘的魅力」

 大沼氏は、この数年間、西川町の方々などと協力して、月山登山道の高清水通り(本道寺から月山山頂へ至るルート)および清川通り(岩根沢から月山山頂へ至るルート)について、何度も現地探索を実行され、数多くの発見を含めた興味深い貴重な成果を達成されておられます。この度の談話室では、特にお願いして

その概要を披露していただきます。

 

✉受贈等資料・文献紹介

「企画展「たくさん集める」からわかること-香川の千歯扱ぎ・足踏脱穀機大集合-」を開催して」長井博志 民具マンスリー58-8  「中馬による運搬方法の展開」野池優太 「モノが語る「戦争」連載を終えて」新垣夢乃 同58-9 25年11月・12月 神奈川大学日本常民文化研究所 

「季節巡りの民俗59 睦月・1月 ~お正月、風吹く大空にあがる伝統的な遊具とは?~」菊地和博 TEIKOKU NEWS 山形県版 26年1月

「宮城県名取川流域に残された伊豆権現の伝承について」栗木崇 「参詣曼荼羅にみる聖地「平泉」の永続性-静岡市芹沢銈介美術館所蔵「中尊寺参詣曼荼羅」を対象に」大高康正 幕末期・磐井郡山谷本寺における馬産制度の展開-仙台藩の奨励策と馬政的役割を手がかりに」田中健司 國學院雑誌「特集 歴史地理学の新展開-地域・景観・絵図-」126-11 25年11月

國學院大學学術情報リポジトリからPDFをダウンロードできます。

「賀久留神社の祭礼-手草の舞と神幸祭を中心に-」松田香代子・川口円子 静岡県民俗学会会報196 25年12月

「お互い様スーパーの民俗行事-大仙市「南外さいかい市」小田島清朗 秋田民俗通信143 25年10月 秋田県民俗学会

「荒処の沼入り梵天行事-神様の逢瀬としての荒処の梵天行事と情報の更新」跡部奏真 「本荘矢島両国争論裁許絵図(1627年)から見た秋田県由利本荘市船岡町内」阿部克人 「青森・岩手の神楽の中の「番楽」」小田島清朗 「ナマハゲの原像を考える-菅江真澄の記録などを通じて-」鎌田幸男 秋田民俗51 25年12月 秋田県民俗学会

「骨の絆から血の絆へ-「家永続の願ひ」にみる柳田祖霊祭祀論の視座の転換-」加藤正春     「民俗学の最新化とは?-談話会を終えて思うこと-」角南聡一郎 「八戸市博物館のリニューアルに向けて」小林力 日本民俗学324 

25年11月 日本民俗学会

「特別展展示図録 うまれかわりの旅-いちはらと出羽三山信仰-」市原歴史博物館 25年10月

「埼玉県東松山市・上岡観音の絵馬市-四半世紀を迎えた保存会と絵馬の「伝統」-」榎本直樹 西郊民俗273 25年12月 西郊民俗談話会

『村絵図・地籍図と歴史的地域』松尾容孝 25年12月 古今書院 宮津市・鳥取県・奈良県十津川村などを事例とした調査研究の集大成

『山形の姥神をめぐる冒険』あらしだうたこ 25年11月 文彩堂出版 県内の80体を超える姥神像についての現地探訪記録で、月山登山道沿いの姥神についても記述も含まれる。山形県立図書館に架蔵。

 

 展示・講演等情報

「令和7年度 東根市収蔵品展 大樹のもとにひらくⅡ」~1月12日 東根市美術館特別展示室(まなびあテラス内)

「そろいもの、そろいぶみ」~1月26日 広重美術館

「令和7年度山形県埋蔵文化財センター市町村巡回展 発掘された中山町の遺跡」~1月20日 中山町歴史民俗資料館

「青木克純写真展 美しい山蔵王山」~1月12日 白鷹町文化交流センター あゆーむギャラリー

「特別展 斎藤茂吉とふるさとーみちのく界隈―」~3月31日 斎藤茂吉記念館

「学生企画展 集中講義 NEW KAWAII各論」~1月29日 山形大学附属博物館

村山民俗38号の目次をお知らせします。

なお、個人の研究業績については、2012年5月の記事を逐次更新しております。

― 研究ノート ―
村山地方における真宗寺院の展開(二)
―具体的な動きからみる一動向―・・・・・・・・・・・・ 村山 正市 1
― フォーラム ―
新出芭蕉書簡の内容とその背景・・・・・・・・・・・・・ 相原 一士 11
江戸から最上漆山までの民俗誌
―半沢氏「旅日記」下巻(その2)―・・・・・・・・・・ 野口 一雄 15
絵師・狩野永耕藤原応信の真相Ⅲ
―画歴からわかる六田の青山永耕との相違点・・・・・・・ 野口 孝雄 24
武田家「農耕絵巻」の検討課題
― 「留意される一場面」をめぐって ―・・・・・・・・・ 菊地 和博 35
子ども遊びの文化~アイヌと日本・・・・・・・・・・・・ 清野 春樹 45
立石寺奥の院から発見された木札資料・・・・・・・・・・ 荒木 志伸 57
文献紹介 鈴木伸司著『修験寺天照山月鏡寺』・・・・・・・ 岩鼻 通明 61
会の歩み(2023 年度)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 63
村山民俗学会会則・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・65
ISSN 1348-2661
第38号
2024年7月21日発行

 続いて山形民俗38号の目次です。
  目   次
郷土という主観的世界における研究の意義・・・・鳥居 建己・高橋 寛宇 1
加藤和徳の研究業績からの一考察―
年少者の民俗文化継承事例の考察・・・・・・・・・・・・・菊地 和博 18
真室川町「釜淵番楽」の現況を分析する ―
置賜地方小正月行事は縄文色豊か・・・・・・・・・・・・清野 春樹 29
月山の公衆便所の変遷・・・・・・・・・・・・・・・・・・渡辺 幸任 41
幕末の絵師青山永耕の不可思議・・・・・・・・・・・・・・野口 孝雄 48
―謎の解明からわかって来た知られざるその実相―
村山地方真宗本山への納骨習俗をめぐって・・・・・・・・村山 正市 61
真宗寺院と門徒による大谷講の歴史―
酒田市平田地域の大平山三吉信仰について・・・・・・・・・阿部 一郎 69
文献紹介 渡辺幸任著『月山ヌマ小屋と強力』・・・・・・・・ 岩鼻 通明 84
県内の主な民俗関係出版物・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・92
山形県民俗研究協議会関連記事・・・・・・・・・・・・・・・・・・・92
山形県民俗研究協議会会則・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・94
2024年11月24日発行
山 形 県 民 俗 研 究 協 議 会

 

村山民俗39号が7月に刊行されました。目次は以下のとおりです。

 研究ノート

村山地方における真宗寺院の展開(三)
―縁起書に見る開基上人の出自、開基年と寺号年の差―・・・ 村山 正市   1
― フォーラム ―
自治体史「民俗編」を読み直す
― 『東根市史』別巻上 考古・民俗篇 ―・・・・・・・・・・菊地 和博  20
「八郎太郎」と「お八郎さま」
~鉄に関する民話と東北の豊かさ~・・・・・・・・・・・ ・ 清野 春樹  26
絵師 狩野永耕藤原応信の真相・Ⅳ
── 筆跡からわかる六田の青山永耕との相違点 ──・・・・・  野口 孝雄 34
明日村の痕跡を追う(山形県朝日町)・・・・・・・・・・・   村山 佑月  47
湯殿山に地獄谷は存在したか・・・・・・・・・・・・・・ ・岩鼻 通明  53
会の歩み(2024年度)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 57
村山民俗学会会則・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・   59

 

山形民俗39号が10月に刊行されます。目次は以下のとおりです。

菅生願正坊の足跡を訪ねて・・・・・・・・・・・・・・・・村山 正市   1

『西遊草』における清河八郎の食文化・・・・・・・・・・小野寺 雅昭  12

地域社会の要請に応える民俗文化・稲下鹿子踊

― 十一年ぶりに再興された「踊り連」の継承経緯 ―・・・・ 菊地 和博  19

 

縄文のイタコと山の神~縄文遺跡のシャーマン像・・・・・・清野 春樹  33

月山山頂に移植されたウゴアザミ・・・・・・・・・・・・・渡辺 幸任  47

『紅花屏風( 青山永耕筆)』の真の絵師を求めて

―押されている二つの印章からわかってくる絵師とは―・・・野口 孝雄  51

「贈りもの」としての焼畑作物

―販売用と自給用の「基準」の折り合い―・・・・・・・・・渡辺 理絵  61

中小松新山神社別当八幡山新山寺蓮性院について・・・・・渡邊 敏和  71

羽黒山手向と韓国・春川に祀られた牛頭天王・・・・・・・・岩鼻 通明  84

石造物の形式からみた本道寺・・・・・・・・・・・・・・  荒木 志伸 89

県内の主な民俗関係出版物・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  94

山形県民俗研究協議会関連記事・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  94

山形県民俗研究協議会会則・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  96

遅くなりましたが、2023年10月に刊行した「山形民俗」37号の目次です。
本間郡兵衛の嘉永元年「長崎行日記」について・・・・・・・ 小野寺雅昭 1
民俗文化継承にみる武家との相関事象・・・・・・・・・・・ 菊地 和博 15
 ―「山形学」フォーラム覚え書 ―
異本 羽黒山往来・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・市村 幸夫 24
山形県における山田秀三のアイヌ語地名調査・・・・・・・・ 清野 春樹 28
月山の強力と休み場・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 渡辺 幸任 33
上山藩 絵師
丸野清耕とその弟子丸野耕秀(後の青山永耕)の真相・・・・ 野口 孝雄 37
 ~来歴や諸著述(先行研究)との相違点~
天童市内の神社史をめぐる・・・・・・・・・・・・・・・・ 村山 正市 52
 ―神社の由緒と別当寺―
芭蕉の出羽三山登拝・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 岩鼻 通明 62
―曾良旅日記の謎を解く―
県内の主な民俗関係出版物・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・66

山形県民俗研究協議会関連記事・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・66
山形県民俗研究協議会会則・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・68



           2023年10月29日発行
          山 形 県 民 俗 研 究 協 議 会
 2023年7月30日付にて、「村山民俗」37号を刊行します。目次は以下の通りです。

ー論文ー
立石寺弥陀洞の磨崖供養碑‐供養碑建立者に関する検討 -・・ 荒木 志伸 1
― 研究ノート ―
村山地方における真宗寺院の展開
―本山よりの申物、下付された什物に見る展開―・・・・・ 村山 正市 11
― フォーラム ―
京都から伊勢までの民俗誌 
~半沢氏「旅日記」下巻(その1)~・・・・・・・・・・ 野口 一雄 25
絵師・狩野永耕藤原応信の真相Ⅱ
―落款からわかる六田の青山永耕との相違点・・・・・・・ 野口 孝雄 34
「Look for 伝承文化」で地域を「再発見」する試み・・・・ 菊地 和博 47
次年子などのアイヌ語地名とその文化・・・・・・・・・・ 清野 春樹 64
寺内宗門御改帳にみる湯殿山行人・・・・・・・・・・・・ 岩鼻 通明 72
            会の歩み(2022年度)・・・・・・・・・・ 84
            村山民俗学会会則・・・・・・・・・・・・ 86
遅くなりましたが、「村山民俗」36号および「山形民俗」36号の目次をアップします。

「村山民俗」36号 2022年7月
京都から伊勢までの民俗誌 
~半沢氏「旅日記」中巻(その2)~・・・・・・・・・・ 野口 一雄 1
「東北の大黒信仰儀礼の基礎的研究」補遺
─ 菅江真澄『粉本稿』および「つがろのつと」より ─・・ ・菊地 和博 8
北村山のアイヌ語地名・・・・・・・・・・・・・・・・・ 清野 春樹 14
流浪の六部喜平治の行跡・・・・・・・・・・・・・・・・ 市村 幸夫 23
絵師・狩野永耕藤原応信の真相
―古文書と作品群からわかる六田の青山永耕との相違点・・ 野口 孝雄 28
戸川安章先生の講演原稿再録
~羽黒山の修験者とその妻・・・・・・・・・・・・・・・ 岩鼻 通明 36
会の歩み(2021年度)・・・・・・・・・・ 41
村山民俗学会会則・・・・・・・・・・・・ 43

「山形民俗」36号 2022年11月
【特別寄稿】
イザベラ・バードが山形県置賜郡手ノ子で目撃し、・・・・・・金坂 清則  1
詳描した流潅頂―旅と旅行記を科学する2―

コロナ禍における民俗文化継承活動・・・・・・・・・・・・・ 菊地 和博 29
 ―最上郡「鮭川歌舞伎」の事例を中心に―
天宥と羽黒山開山像・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・伊藤 瑞恵 43
 ―「開山御尊像逆般若心経」に関する一考察
廻国六部と四国八十八所写し霊場・・・・・・・・・・・・・・ 市村 幸夫 52
山形県最上地方のアイヌ語地名・・・・・・・・・・・・・・・ 清野 春樹 61
泉沢の代ごりの小屋・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 渡辺 幸任 74
東根八代城主里見薩摩守景佐の連歌号・・・・・・・・・・・・ 野口 孝雄 80
 ―号は「光景」(あきかげ)最上義光連歌衆の一人―
山形の祭礼と博奕をめぐって・・・・・・・・・・・・・・・・ 村山 正市 86
昭和初期の飛島における漁業と檀家・貰い子をめぐって・・・ 岩鼻 通明 95
県内の主な民俗関係出版物・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 98
山形県民俗研究協議会関連記事・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 98
山形県民俗研究協議会会則・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 100
           2022年11月5日発行
          山 形 県 民 俗 研 究 協 議 会

 「最上川の文化的景観」の保全について
                            岩鼻通明                          

一 はじめに
 最上川に関する学術研究で、最も早い時期の業績は『山形経済志料』第五集に掲載された五十嵐晴峯「最上川の研究」である(一)。その冒頭は「最上川と文化」から始まり、最上川によって文化は輸入せられた、とする。まさに最上川は自然景観にとどまらず、文化的景観をはぐくんだことを如実に示す指摘といえよう。
 その後、近世の古文書史料から、最上川舟運に関する調査研究は大きく進展した。にもかかわらず、歴史地理学的視点からすれば、最上川流域の港、すなわち河岸の構造および河岸集落に関する調査研究は多いとはいいがたい。河岸の構造と河岸集落の発展をリンクさせた調査研究が重要であるにも関わらず、従来の研究視点からは漏れていたのではなかろうか。管見の限りでは、この問題に言及したのは高橋恒夫と金坂清則および岡本哲志のみにすぎない(二)。
 さて、村山盆地の北端に位置する大石田河岸と南西端に位置する左沢河岸は、ともに上流と往来する川舟の中継基地であり、そこから下流へは大きなサイズの川舟に積み替えることから、河岸集落には積み替え荷物を収蔵する倉庫としての蔵が設置された。本論においては、最上川のいくつもの河岸の中でも、とりわけ重要な大石田と左沢のふたつの河岸を対象に、最上川の文化的景観の保全について問題提起を試みたい。

  二 大石田河岸の近代的変容
 最上川の河岸の中でも、最も栄えたのが大石田河岸であった。その景観は河川水運が衰退に向かう中でも、一九六〇年代半ばまでは、ある程度、維持されていた。ところが、一九六五年から始まった両岸に二キロ余りの特殊堤防が整備された後は、見る影もなくなってしまった。過去の姿は、江戸時代後期の「大石田河岸絵図」に描かれているのみである。
それ以前は当時の写真を見る限り、川船方御役所の跡も若干は残されていたようだが、特殊堤防の建設によって、河岸は堤防の下に埋もれ、役所跡も消滅した。それらの遺構については、残念ながら何ら測量なり発掘調査なりは行われなかったとのことである。
前述のように、大石田河岸は流域で最も重要な拠点としての積み替え地点であり、サイズの異なる舟が接岸していたのであった。たとえば、海の港であるが、瀬戸内の鞆の浦では「雁木」と呼ばれる階段状の港湾設備が江戸時代に整備され、水位が変動しても荷物の積み下ろしが可能な構造が存在した(図1)。海と川の違いはあるとしても、同様の設備が最上川の河岸に存在していたのではなかろうか。
特殊堤防の建設後には、景観整備と称して、まず、一九九一年から一九九五年にかけて、最上川右岸に約六〇〇メートルの長さの堤防壁画が描かれた(図2)。当時は世界最長の壁画として、ギネスブックに申請したという。さらに、一九九五年から一九九六年にかけて、塀蔵や舟役所出入口の大門(図3)が再現された(三)。
岡本によれば、大石田の近世集落は最上川に平行に通る道路を主軸に形成され、道路の両側に水運関係の家屋が短冊状に軒を並べていたという。しかも、上流から下流へと集落は発展したために、下流に行くほど、敷地の奥行は狭くなる(四)。
小山義雄によれば、大石田の河岸集落の街並みの保存をめざして、江戸期から明治期の住宅や土蔵などを町登録文化財に指定する動きが進められているという(五)。ただ、年々、伝統的建築物が取り壊され、街並みが失せつつあると記されている。この度の現地観察では、いっそう新しい建築物が目立ち、街並み保存が円滑に遂行されているとはいいがたい印象を抱かざるをえなかった。
高橋の著作は大石田町に提出された報告書を編集したもので、建築史の立場から大石田河岸集落の街並みを復原し、建物を江戸・明治大正・昭和に三区分するなどの貴重な成果が盛り込まれている(六)。本書に依拠すれば、街並み保存や文化的景観の整備が十分に可能であったと思われ、世界遺産登録推進時の消極的対応が惜しまれる。
吉村知事が世界遺産登録運動を棚上げして以来、最上川流域の多くの自治体において文化財保護が進んでいないことが明らかにされた(七)。前稿で指摘したように、文化財保護は各自治体によるボトムアップが重要であるが(八)、最上川の文化的景観において、最も重要な地位を占めるはずの大石田河岸が、このような現状であることを、どのように評価すべきであろうか。
二〇一八年に日本遺産に認定された「山寺と紅花」の構成文化財には、最上川・大石田河岸・大石田河岸絵図が含まれてはいる。しかしながら、前述のような特殊堤防と堤防壁画が果たして文化財の価値を有しているのかは、はなはだ疑問であるといえよう。せめて、前述の町登録文化財を、国有形登録文化財に格上げする努力がなされるべきではなかったのか。

  三 左沢河岸と堤防建設
 二〇一三年に大江町の「最上川の流通・往来及び左沢町場の景観」が国重要文化的景観に県内で初めて選定された。ただ、大石田と同じく左沢河岸の往時の景観はほとんど不明である。宇井は次のように述べている(九)。
  米沢藩舟屋敷(中略)門を出ると土手があり、最上川の河岸に出た。16艘ほどの大船が置かれた。(中略)渇水期には桜瀬の下に船を着け(中略)米を積んだ。その下流、桜町の川端が商人荷の移出入の港となった。
 米沢藩舟屋敷の門外から川岸まで降りる石段があったようで、大石田でも川船方御役所の門外から川岸に降りる石段があった。これらの石段が、あるいは前述の鞆の浦の「雁木」と同様の役割を果たしていた可能性を追求する必要があろうか。
 さて、二〇二一年八月二四日に開催された令和3年度第1回大江町文化的景観保存整備検討委員会の席上で、唐突に百目木地区の堤防建設に関する議案が提示された。二〇二〇年七月の集中豪雨による大規模な最上川の水害に対して、流域全体で水害を軽減させる「流域治水」を計画的に推進するために、最上川流域治水協議会が設置され、「最上川緊急治水対策プロジェクト」左沢(百目木)築堤河川からの氾濫を防止するため「堤防整備」を実施するという。早期の工事着手に向け調査検討の進め方などについて、地元説明会を開催し、堤防設計に関する測量及び設計を実施中とのことである(十)。
 もし、この堤防が建設されれば、前述の左沢河岸の遺構は堤防の下に埋もれてしまうことになる。かといって、大石田のような堤防壁画などで、景観整備を実施するというのは、お茶を濁した時代錯誤であろう。大石田の景観整備は前世紀のことであり、国重要文化的景観は二一世紀の文化財保護政策なのだから。
 たとえば、岩手県の北上川の堤防工事前の事前発掘調査にともない、藤原氏時代の柳の御所跡が発見され、遺跡保存運動の結果、保存されることになった。この発見は、後の平泉の世界文化遺産登録へとつながるものであった。最上川の文化的景観の世界遺産登録を実現させる上で、左沢河岸の景観を保全することは極めて重要であるといってよかろう。
まず、堤防ありきで議論が進められているのではなかろうか。たとえば、すぐ下流に位置する中州の堆砂撤去および植生除去によって、かなり下流への通水(水はけ)が改善されるのではないのか。
また、上流の朝日町に立地する本流唯一のダムである上郷ダムは建設以来、長い年月が過ぎており、堆砂によって有効貯水量は大きく減少している。このダムが今回の水害の際に、いかなる役割を果たしたかについて、ほとんど検証されていない、あるいは検証はされたとしても公開されていないのではないのか。
さらに、堤防設置ではなく、当該地区の民家のかさ上げ工事によって、水害を防ぐ手段は最上川流域治水協議会サイトにも明示されている。このような多様な方法と比較が行われたうえで、堤防設置という結論が導き出されたのであろうか。よもや、吉村知事の出身地への我田引水ではあるまいか。コロナ禍で国も地方自治体も膨大な累積赤字を抱える今、湯水のように予算を使うことに正当性はあるのだろうか。
四 おわりに
 世界遺産登録には文化財の真正性が要求されるという。登録候補地にはイコモス(国際記念物遺跡会議)による現地調査が実施され、改善が必要な点についての勧告が行われる。大石田の特殊堤防はまさに「絵に描いた餅」であり、真正性を有するとはまず認められないことであろうし、機能を失ったダムは撤去すべきという勧告が出ることは想像に難くない。
 将来の水害に対する備えが必要となるのは当然であるが、最上川の文化的景観と調和した対応が要求されることは、以上の立論から明らかであろう。以上、残された課題は多いと思われるが、現時点での問題提起としたい。
 注
(一)五十嵐晴峯「最上川の研究」『山形経済志料 第五集』一九二七年、山形商業会議所(復刻合本、一九七五年、郁文堂書店)。
(二)金坂清則「最上から庄内への水路と河港」(藤岡謙二郎監修、小林博・足利健亮編『街道 生きている近世二』一九七八年、淡交社、所収)。高橋恒夫『最上川水運の大石田河岸の集落と職人』大石田町、一九九五年。岡本哲志『港町のかたち その形成と変容』二〇一〇年、法政大学出版局、本書では大石田に加えて、酒田が論じられている。
(三)新庄工事事務所編『よみがえった大石田河岸 大石田地区河川環境整備事業』二〇〇〇年。
(四)前掲注(二)岡本、参照。
(五)小山義雄「最上川大石田河岸の「みなと文化」」二〇〇九年、一般財団法人みなと総合財団HP 港別みなと文化アーカイブス、所収。
(六)前掲注(二)高橋、参照。本書では、長井政太郎『大石田町誌』一九四〇年、に示された職業を復元して図化しており、戦前期には舟運関係の職業が消滅したことを示している。他にも有益な図が多く含まれている。
(七)矢島侑真・十代田朗・津々見崇「世界遺産登録運動を契機とした地域の文化財保全・活用の発展に関る研究:山形県及び県内市町村を対象として」都市計画論文集五一(三)、二〇一六年。
(八)岩鼻通明「日本遺産から世界遺産へ~その可能性を探る」村山民俗三五、二〇二一年。
(九)宇井啓「西村山の最上川の河岸」西村山地域史の研究三四、二〇一六年。
(十)国土交通省 山形河川国道事務所HPよりhttps://www.thr.mlit.go.jp/yamagata/river/tisui/
(画像は省略)
2021年7月に「村山民俗」35号を刊行、目次は次の通りです。
肥前長崎から京都までの民俗誌
-半沢氏「旅日記」中巻から-・・・・・・・・・・・・・ 野口 一雄 1
民俗学からみた「疫病」退散祈願の諸相・・・・・・・・・ 菊地 和博 11
村山地方のアイヌ語地名(一)寒河江・西村山・・・・・・ 清野 春樹 20
日高見国と王祇神
平泉の「中尊寺以前」を考える・・・・・・・・・・・・・ 大江 良松 33
山形県寒河江市平塩の
お塞神様祭りと伝承についての一考察(後編)・・・・・・ 荒井 久宣 42
日本遺産から世界遺産へ~その可能性を探る・・・・・・・ 岩鼻 通明 60
会の歩み(2020年度)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 66
            村山民俗学会会則・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 67

 2021年11月に「山形民俗」35号を刊行、目次は次の通りです。
両者ともに、国会図書館・山形県立図書館・山形市立図書館に寄贈しました。
途絶えた二つの人形芝居記録ノート・・・・・・・・・・・・・菊地 和博  1
― 鮭川村「曲川人形」と山形市「山田木偶(でく)人形」―
小国町の神秘的なアイヌ語地名を探る・・・・・・・・・・・ 清野 春樹 11
南東北の「徳一上人」に関わる寺院・・・・・・・・・・・・ 渡邊 敏和 22
寛政の月山山頂・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 渡辺 幸任 36
「最上川の文化的景観」の保全について・・・・・・・・・・ 岩鼻 通明 42
書評 杉原丈夫著『北前航路と寄港地 北前船と酒田』・・・・小野寺雅昭 47
を読んで
県内の主な民俗関係出版物・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 49
山形県民俗研究協議会関連記事・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 49

遅くなりましたが、昨年11月に「山形民俗」34号が刊行の運びとなりました。目次は以下のとおりです。
【特別寄稿】
イザベラ・バードが受診した日と町、そして医師と宿・・・・・金坂 清則  1
―旅と旅行記を科学する―

酒田山王祭と新庄祭の傘鉾について・・・・・・・・・・・・・菊地 和博 42
庄内藩三方国替えによる鳥海山大物忌神社の関わりについて・・花井 紀子 53
置賜地域に齎された仏像の仏師たち・・・・・・・・・・・・・渡邊 敏和 65
置賜のサンガ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・清野 春樹 73
~入田沢では移動する山仕事従事者をサンガと呼ぶ
月山掛け小屋の現地調達の食材について・・・・・・・・・・・・渡辺 幸任 84
「珎事聞書 七」翻刻と解題・・・・・・・・・・小田 純市・岩鼻 通明 89
県内の主な民俗関係出版物・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 97
山形県民俗研究協議会関連記事・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 97

 また、山形大学機関リポジトリに、山形大学紀要に掲載した岩鼻の戸隠観光に関する論文がアップされました。
URLは以下のとおりです。他にも掲載誌の入手困難な論文を、いくつかアップしておりますので、検索ください。
https://yamagata.repo.nii.ac.jp/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=
5070&item_no=1&page_id=13&block_id=29
「山形民俗」33号は、2020年4月20日に発行されました。目次は以下の通りです。
目         次
置賜野川の「三渕(淵)明神」信仰と地域生活・・・・・・・菊地 和博  1
置賜地方在住の仏師たち(続編)・・・・・・・・・・・・・ 渡邊 敏和 16
山形県内の古代地名、人名のアイヌ語解釈・・・・・・・・・清野 春樹 27
強力と長木について・・・・・・・・・・・・・・・・・・・渡辺 幸任 45
「珎事聞書 六」翻刻と解題・・・・・・・・・小田 純市・岩鼻 通明 51
[紹介]『新訳 日本奥地紀行』全10巻【オーディオブック】・岩鼻 通明 69
県内の主な民俗関係出版物・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・70
山形県民俗研究協議会関連記事・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・70

「村山民俗」34号は2020年7月18日に発行されました。目次は以下の通りです。
肥前長崎での街探訪|半沢氏「旅日記」中巻から|・・・ ・・ 野口 一雄 1
「念仏踊り」調査ノート・・・・・・・・・・・・・・・・ 菊地 和博 11
村山・置賜地方の「シカマ」姓の分布について・・・・・・ 清野 春樹 17
印鑰神明宮と王祇神
「多賀城」「最上城」「山形城」の位相・・・・・・・・・ 大江 良松 26
山形県寒河江市平塩の
お塞神様祭りと伝承についての一考察(前編)・・・・・ 荒井 久宣 38
山形県最上郡は「鮭の大助譚」の宝庫・・・・・・・・・ 村田 弘  51
戦時体制下の出羽三山信仰・・・・・・・・・・・・・・・岩鼻 通明 53
会の歩み(2020年度)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 56
            村山民俗学会会則・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 58

 山形県立・市立図書館で閲覧できます。購入ご希望の場合は、お問い合わせください。

本年6月13日(土)に、京都の大谷大学において、日本宗教民俗学会と、山形大学庄内地域文化研究所との共催による合同大会の開催が予定されておりました。しかしながら、コロナウイルスの影響により、残念ながら開催は見送られることになりました。
 大会の開催時期などが確定次第、改めて情報をお知らせしたいと存じます。以上、ご連絡まで。
 【続報】
2021年6月12日(土)にオンラインで開催される予定です。詳しくは追ってお知らせします。