2012年開催された国連持続可能会議「リオ会議」にて話題になったスピーチの内容を読んで感銘を受けたので紹介したい。
豪華な大統領官邸ではなく郊外の住宅に住み、資産の80%は国や財団に寄付し、月1000ドルの給与で暮らす世界で一番貧乏な大統領だそう。そんな彼がが出席したリオ会議は「持続可能な発展と世界の貧困をなくす」というテーマだったのですが、開発途上国が持つ本音とは「現在の裕福な国々の発展と消費モデルを真似すること」なのではないかという投げかけだった。
「ドイツ人が一世帯で持つ車と同じ数の車をインド人が持ったら、この惑星はどうなるのだろう。息をするための酸素はどれくらい残るのだろう。」
資本主義が資本社会を作り、国際化という大号令により世界のあちこちで原料を探し求める社会に変えた。
「みんなの世界を良くしていこう」という声は誰?
100万時間持続可能な電球が作れるのに、消費社会を活性化させるために1000時間しか持たない電球しか売ってはいけない社会なっている。
南アメリカの賢者達は
「貧乏人とは、少ししかものを持っていない人ではなく、無限の欲があり、いくらあっても満足しない人のことだ。」と説いてきたのだそう。
開発途上国の問題は環境問題だけではない。
根本的な問題は我々が実行した社会にある。改めて見直さなければならないのは我々の生活スタイル。資源豊富な輸出国であったとしても、人間は目先の物欲に目がくらみ借金を作る。借金を払うために汗を流し、気がつけば年を取ってしまっている。幸福な人生が目の前を一瞬で過ぎていく。
発展が幸福を阻害するものではなく、発展が人類に幸福をもたらすべき。幸福が私達の大切なもの。環境のためでなく、人類の幸福こそが環境の一番大切な要素である。
今自分に大切な生きるテーマの一つとも言える内容で、心の底からそうなってほしいと思う今日この頃でした。
少子高齢化が進み跡継ぎがいない、年寄りが多くなっていく日本。大きい野菜よりカット野菜が売れていく田舎。大きくおいしいもの、豊作ででき過ぎてしまったものは市場には出しても売れず廃棄処分。処分するのにもお金がかかるから生産を縮小させられる。国内では職離れが進んでいるが、それでも頑張る農家や町工場は低賃金の外国人労働者を雇うしか方法がない。先進国であるはずなのに、豊かになり過ぎてしまったが余り衰退国になっているような気がする。
一方、タイではタクシン派、反タクシン派で論争が続いて8年以上。未だ終結する気配もなく、重箱の隅をつつきながら責任追及を進め、強制的辞任。やられたらやり返すという同じことの繰り返しばかり続いている。発展してきたのは国を豊にしようとする考え方ではなく、外面だけの見栄えのいい高いビルだけ。
双国が本当に豊かで幸せな国になるためには何が必要なのか。
自然と共に生き、豊か過ぎず元気でい続けられる先進国。先進国の押し売りでなく、先進国が羨ましがる別の方法を自分の頭で考えながら発展していく開発途上国であってほしい。
自分は・・・
地域社会と共存する農業を進めながら、寺子屋でもやっている人生を送ってみたい。








