これは、実家の本棚。
私が幼い、北海道の社宅暮らしだった頃からあって、
2mくらいで、ふたつあって、
本がぎっしり入っていた。
おくゆきがあって、私のために揃えてくれた
百科事典も収める事ができ
画像のような単行本は2列になる。
こんなところにあったのか。
というか、まだあったのか。
引越しを繰り返し、私も生まれて
そろそろ50年くらいになるが
久々に見た。
子ども用に揃えてくれた百科事典も眺めたが、
大人が買って読んでいた本も気になった。
その人の趣味嗜好とか、
なんか秘密が探れるような気がして
よく読んでみたりした。
父は無類の本好きだった。
私は今実家にいて、父が寝ていた部屋で
寝ている。
全然好きじゃないと思っていたが、
昨日手紙を書いた。
こちらに興味もないのに
無責任に結果ばかり求めてきて
私は期待に応えないと愛されないと思っていた。
進路もプレッシャーでしかなかったし、
就職の相談がしたい時は単身赴任でいなかった。
でも離婚もせず、
会社員と厚生年金という形で家族を守った
家庭も仕事も放り出すことなく生きた
昭和では極めて普通の父親だったと、
手紙を書きながら気付いた。
こんな父に長年不満を抱いていたのか。
甘えだろそれはーーー
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人は、子どもの頃の傷や思い込みを
解消するために大人の時間があると思っている
父が、過去になる。
過去になって、終わりが決まって、
振り返ってからでないとわからない
一冊の本にならないと
背表紙が決まらないとわからない
愚かなもんです。
父が私に、無責任な期待をしたように、
私も、それに応えれば愛されると
期待していた。
それがわかった。
父自身も、褒められたい
ゴルフは負けたくない
近年はもの忘れを気にする
普通の人間だった。
本棚には、父の趣味嗜好や秘密がある。
久々に見た。
いくつか貰ったけど読むだろうか。
葬儀までに時間が少しあり、
再び戻ってきた時には、本棚は
からっぽになっていた。
このように、私が父のベッドで
横たわれるほどに片付いていた。
親って死ぬんだな。
アホみたいだけどそう思った。
誰もが通る道だし、
経験していることだろうから
その時の感情はあらためて
さめざめ書くことでもないだろうけど
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白いバインダーが出てきた。というか
見たことあるようにも思うけど
軽視、していたのかもしれない
父が、自分の生命保険、年金、元いた会社から
香典が貰えること、その連絡先、などなど
自らが死んだ時に使える情報を
10ページくらいの資料に整理していた。
めっちゃ見やすい。
父と言えば、毎年年賀状をプリントアウトするのに
家族に頼んでは注文をつけケンカしている
パソコンが使えるったって、過去の人でしょ
と思っていた。
父を社会人として下げることで
子ども時代の仕返しをしていた。
でも、この資料はとてもいい。
最後の日付のページに「2017年」とある。
会社員を延長し、嘱託を5年ほどやっていたが
その終わりの終わりの頃に作ったものなのだ。
多分見ていたし見ていたことも忘れ、
「俺が死んだら」なんて、まだまだ気が早いわ
と、鼻で笑ってた、ような気もする。
それが現実になった時、こんなに効いてくるとは。
これはだいぶ助かる。何ができなくても
こういう事ができる男だった。とは。
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人は死ぬ間際に歌を歌うのか。
祖母もそうだったが、あの人は陽気だから
まだわかるが、
父も意識が混濁する中歌を歌ったらしい。
晩年はちょっと行き違い、家族のカラオケに
加わらなかった父。
本当はいきたかったのか
健康にいいから連れていきたかったね。
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悲しみは遅れてやってくる。
連絡を受けて駆けつけた実家には
葬儀屋が待っていて
父の顔をまじまじ見る前に
打ち合わせになった。
母は、祖母からの捨てるに捨てられない
紋付きの着物を引っ張り出してきて
私が帯をやることになり特訓した。
やる事がなくなった時、本当に
失ったことを実感するのだろう。
明日から仕事か…
日常に掻き消えていく。
死に別れ、生きていく側の、さだめ。
