もう入院してから20日たった。

間にコロナの隔離もあり、、、部屋の移動とかもあったから長かったような気もするけれど、実際に過ごしてみれば結構はやかった気もする。子宮頸管を明日測ってみて、安定してたら一度帰れるって。

 

この仕事をしていると、やっぱりある程度公の目に晒されることになるし、社長という立場でママであるという立場で関わる人に関してはやっぱり、「社長である私」と「ママである私」を混同されがちだったりする。ママである前から私は社長なんだけどね。送迎をするために、駐車場がそこにあるのではなくて、仕事をするために駐車場がそこにある。まあ、もう子どもも3人目。1人目の時は、従業員からこういうような文句が起きて、私自身が萎縮してしまった。結構、立ち直るのに数年かかったと思う。今でも、嫌なことを言われていると知るとやっぱり萎縮する。でもそんなことに負けてはいられない。そんなこと気にしてたらいけないんだと、なんとか振り切るようにしている。私の目指している世界は、普通にやっていたら到達しないから。

 

私はママであるけれど、経営者であること。それは絶対に切り離せないことなんだと、改めて感じる。

 

長男とは、コンビニのイートインで少しだけ会ったり、もうすぐ5歳だから電話でも話したりできた。下の息子はまだ1歳8ヶ月なので、テレビ電話をしてもすぐ切っちゃうし、よくわかっていなくて寂しいとか言わないからそれは救いだけど、3週間全く会えなかった。改めて最近のアルバムを見ていると、気づかなかった表情がたくさん。たくさん笑って、たくさんお兄ちゃんのことを見て、一生懸命ついてきてる。

 

この2人がいて本当に良かったと改めて思う。私がいなくてもなんとか生活していけるだろう。入院当初、どうしようと思って入院したけれど、祖母の力も借りて、なんとか楽しく過ごしてくれた。そして彼らは、強かった。でも、写真を見ていて思った。私がいなきゃって思い。私がいなくても生きていける。でも私がいたら、彼らは一番幸せ。だから頑張らなきゃね。

 

ここ1週間は本当、仕事で大事件が起きた。シャインマスカット、軽率な発言… そして、こん詰めすぎるマネージャーの対応。仕事は真剣にやりすぎると良くない。暗くなる。追い詰めることになる。保護者対応は聞きすぎるとまずい。そして私はやっぱり日本人の保護者が大嫌い。本当大嫌い。合わない。こうするべきだ・・というのがやっぱり強すぎるし、言い方とか気にしすぎる。ここはインターナショナルスクールである。私はやっぱり距離感のある人でいたい。

 

今日はジャニーズの2回目の会見を見た。イノッチが、支配されていたんだと思うと言っていた。確かに、性被害はよくない。日本社会のあの性被害への意識の低さは本当に問題だと思うし、ジャニーさんはなんてことをしたんだと恐ろしい。

 

組織の中にいて、「支配されていた」という言葉が心に残った。東山君も、言えなかったことを、支配されていたというか、、、自分の意思を出せなかったと言っていた。性被害で支配するのとは全く違う次元だけれど、私も以前働いていた会社で精神的に支配されていたし、嫌なことを嫌と言えなかったことはある。似た経験がある。

 

支配されることとの境界線ってなんだろうか。ちょっとわからなくなった。

郷に入れば郷に従う必要があることもある。それは全て支配になるのだろうか。どこからが支配ではないのだろうか。

例えば、私が今回言われたクレーム。一言で言えば、「私の会社だから」で済む話だろう。「嫌ならやめれば?」本当その一言。でもそれは、一方から見たら、支配になるのだろうか。

 

仕事もそうだ。従業員でいる限り、ある程度のルールで過ごさないといけない。私だって、他の人に比べればルールに従わない人生を選んでいるけれど、支配されているといえばそういう場面はある。抜け出す強さが必要だし、抜け出せる方法も必要だけど、支配されることを選ぶ人もいる。なんでも支配ということもよくない。

 

そういう方向に向きがちだから、社会ってよくないんだと私は思う。