今ナナコへの仄めかしは、
『お婆さんが』って奴である。
その『おばあさん』ってのはうちの母のことで、
その仄めかしが、スゴイのね。
メッセージは、結局お前の母を殺さないとわからないようだな。
ってやつで、最低再起不能にしてやるといってるんである。
だから、わざわざ可愛い小鳥を捕まえて殺して、道端においておく。
だから、わざわざ生きていた小鳥を殺して、
だからわざわざ、生きて空を飛んでいたであろう小鳥を殺して、
だからわざわざ、それを伝える為だけに懸命に空を飛んでいた
小鳥を殺して、
だからまだ生きて飛んでいたであろう小鳥の息の根を止めて
(それはどれほどの時間に、どんな風に殺生したのだろう?)
可愛い声で鳴くであろう小鳥を殺して…
何も危害など加えないであろう小鳥を殺して…
(それは、小鳥のことは詳しくないけれどきっと、
あの『幸福の王子』の王子の言うとおり貧乏な人に王子の
ダイアを届けたりして、もう冬もやってくるであろうから、
海を渡らなきゃならないのを知っていたけれど、王子の頼みを聞いて、
困っている人にダイアを届けて、最後は王子の側で、果ててしまう
あの、ツバメじゃないかな?)
ナナコの通る道に、わざわざ。
それは、ナナコにお前の母を
殺したる…と、伝える為だけ、に、
空を飛ぶ生き物を、殺した。
雨の中、羽で自分の身体を覆うように
アスファルトに小さく横たわっていた
小鳥。何分前か、何時間か前は
きっと暖かく、小さな心臓がトクトク
いっていた。きっと。華奢な骨が
小鳥の身体を動かしていた。小さな
小さな生き物を、どんな思いで殺したの?
先日だったか、あの『自分のことだけが大好き』とブログに書いた時に、
とある人が、仄めかしと言うか聞こえよがしに、『自分のことが嫌いだから、
他人のこともどうでもいい』なんていっていたけれど、そうやって自分を守る分、
自分がすきなんじゃないかって、ナナコは思った。
そうやって、自分は好きじゃないって、言うけれど結局それは、自分を守ってることで、
自分と被害者の他人、どちらを大切にしているか一目瞭然。
こんなに被害者を追い詰めておいて自分の気持ちを守る為にそんなことを言うの?って思った。
だって、あの人たち、被害者が怖がっても、被害者が泣き叫んでも、
何一つ躊躇せずに行動したの。そして、笑って日々を過ごしているの。
目の前で、叫び声を聞いて、(それは何かの不幸である)わらっている女子高生。これは、スクープだと、笑う女子高生。
なんの動揺もなく、笑っている・・・。早速携帯で報告だ。
この子達は違うの?参加していないの?
優しさなんて、一欠けらも、無いじゃん。
何が宗教なのか?何の宗教なのか?何の為なのか?
昔ネコを飼っていた友達が、悪戯されて殺されたと泣いていた。
そりゃ、何日も何日も、泣いていた。ボロボロにされたんである。
ボロボロになって帰って来たんである。よろよろにヨレヨレに。
でも、目の前の人は、泣く人でない。
ネコをボロボロにして、人の家の玄関の前に置く人たちである。
もし、ナナコの母親がどうにかなったのならば、今度は、
朝木代議士と、傘で目つき事件と、ナナコ日護会参加事件と、三大に続くよね。ナナコその日のために、デモ文考えておかなきゃいけないかな。
『それは日護会に参加した日から始まりました…。』って始まる文で、
『そいつらに家族を殺されました』っていう中間があって、
『私もいずれ殺される日が来るかもしれません。その日が来るまでに
私は皆さんに叫び続けたいと思います。』
ナナコね、思うの。
マインドコントロールとか…ね、でも自分は守るでしょ?
弱さとかって罪だよね。
愚かさも無知も。そして、相手のことを考えられない幼稚さも。