日本茶インストラクター試験を受けるために勉強していたとき、「慶安の御触書」というものに出会いました。

女のおしゃべりを禁じたという一節、下記に引用しています。

 

女におしゃべりさせたらロクなことはない(それは怖いこと)という敏感な政策だったのではと思いました。

わたしがお茶に魅せられたのは、こういうお茶の力です。

お茶を飲みながら、わいわいとおしゃべりすることが、世間を動かすかもしれないということです。

 

もっとも「慶安の御触書」については、後世に作られた説もあるようです。

 

 

兵庫教育大大学院 「關先生の日本史資料集」からの引用です。

 

「慶安の御触書」

一 男は作をかせぎ,女房はおはたをかせぎ,夕なべを仕,夫婦ともにかせぎ申すべし。然ばみめかたちよき女房成共,夫の事をおろそかに存,大茶をのみ,物まいり・遊山ずきする女房を離別すべし。・・・・・

 

つまり、

 

一 男は畑仕事、女は布を織るなど、一日しっかりと働き夫婦ともよく稼ぐこと。だから美人の女房でも夫のことをおろそかにしたり茶ばかり飲んでいたり遊んでばかりいるようなものは離婚しなさ い。

 

ということだそうです。

黒木瞳さんが金沢を旅するという企画でした。

室生犀星さんの記念館のようなところを訪れて、加賀友禅の着物を着付けして、食事。

カウンター席に座られたのはいいのですが、白のダウンコートが席の横に無造作に置かれていました。

コートはお店に入る前に脱ぐもの。

またはお店に入ってすぐに脱いで預けるもの。

32,000円のシャンパンを出すようなお店なのに、コートを掛けることもしないって。

 

そしてその32,000円のシャンパンをネックウォーマーを付けたまま飲んでられました。

シャンパンだけかなと思ったら、その後の食事も首に巻いたまま。

ネックウォーマーではなく、服の一部ということなんでしょうか。

でも、あれはどう見てもネックウォーマー。

それを付けたまま、そして時々、映る無造作に脱ぎおかれた白のダウンコート。

 

どんな高級な店に行っていても、これではね。

なかなか不愉快な場面に遭遇しました。

8キロ減までようやくたどりついて、随分と停滞していましたが、とうとうひとつ下の数字が見え隠れするようになりました。

 

ということで9キロ減となりました。

 

嬉しいのでバームクーヘンをいただきました。

油断してはいけませんが、とりあえず。

 

この調子で年内で10キロ減を達成しよう!

よくもここまで太ったものだと。

出産にて10キロ増。

その後、7キロしか戻らずに現状維持。

 

現状維持が続いていたけど、

危機感のなか、コナミスポーツでバイオメトリクスにて、減量。

どれくらい減ったのか忘れたけど、会う人に「痩せたね」と言われて嬉しかった。

 

そうこうしているうちに徐々に体重が増えていって、出産前の6キロ増で現状維持。

そんな日が続いていたのが、就職2年目で2キロ増、次の年に3キロ増、そしてコロナで在宅が続いて3キロ増。

8キロも増量してしまいました。

出産時より4キロ増。

これはいかん。

服が入らない。

入らない服は捨てるべきか。

そんなもったいないことはできない。

それがダイエットのきっかけ。

 

なんちゃってダイエットは、寒天ダイエット。

正確に言えば、かんてんパパの「アガー」を使いました。

それからおやつを控えました。

控えただけで厳禁はしませんでした。

 

昼食は牛乳200CCをアガーで固めて、缶詰フルーツを3切れほど。

あと朝食と夕食は普通。

夕食はしっかり食べました。

ビールも飲みました。

日本酒も飲みました。

 

今年の6月から初めて、8月には6キロ減りました。

そこからの2キロがたいへん。

減ったり、増えたりを繰り返しながら、少しずつ減ってようやく2キロ減。

 

就職して増えた8キロは減りました。

あと3キロ。

出産後に現状維持した体重までは戻したいと思います。

 

 

 

 

この生きづらさ

わかっている

わかっている

 

考えても仕方がないことも

わかっている

わかっている

 

だから考えないほうがいいことも

わかっている

わかっている

 

だから何をしたらいいのか

わからない

 

だから考えないこと

 

ちょっと否定されると

気にしてしまうこと

 

たぶん気にすることはない

それもわかっている

わかっていても

気にしてしまう

 

ぐるぐる回って、結局、苦しい

生きるために


     呑み込んで 呑み込んで

     生きるために 呑み込んで


     呑み込んで 呑み込んで

     ときどき湧き上がる吐き気

     それでも 呑み込んで

     生きるために 呑み込んで


     呑み込んでも 呑み込んでも

     抑えられない吐き気

     それでも 呑み込んで

     生きるために 呑み込んで


     襲いかかる 吐き気

     嘔吐して 嘔吐して

     胃液を吐いて 嘔吐は止まる

     そしてまた わたしは呑み込んでいる

     生きるために

                             2020年11月8日 花子

 

VOICE制作者さま

京都市在住、×××、○歳、介護福祉士、既婚です。

MBSの報道には共感をもってみさせていただいています。
ただ、先日の子宮頸がんワクチンの副作用に関する報道については、疑問を持たざるをえませんでした。

ワクチンの副作用の被害者の気持ちに添った内容だったと思います。
目前にさまざまな障害に苦しむ人をみれば、なんとかしたいと思う気持ちはわかります。

そういう現場の気持ちに添った内容でした。

「ワクチンの被害と訴える少女」ということで放送されていますが、あの内容からすれば、ワクチンと彼女の症状に因果関係があるということが前提となっています。
因果関係については、まだまだわかっていないことが多く、だれも副作用によって症状が出たのかどうか、白黒をつけることはできないと思います。
もちろん、それを前提に産婦人科医の話を挿入したり、配慮はあったと思います。
ワクチンの副作用の重大性の有無について、議論するための報道でないということは、理解しています。

ただ、あの放送内容をみた多くの接種対象者や接種対象者の親は、「ワクチンは怖いから受けないでおこう」と思うと思います。
その人たちがワクチンの接種を受けなかったために、子宮頸がんに罹患してしまったとき、その責任をとる覚悟はおもちでしょうか。

ワクチンの接種によって子宮頸がんに罹患する人が減っているという報告は海外ですでにあります。
その結果や多くの専門家団体が接種の推奨をしているという事実を過少にみていないでしょうか。

ワクチン接種をしなければ、早期発見ということで検診が重要になってきますが、検診の受診率の低さは周知のとおりです。
また、年に1回、検診していても手遅れになったという事例は産婦人科医師により何例も報告されています。
こういう現状に対して、視聴者に「ワクチン接種は副作用が怖い」と無条件に思わせるような映像を見せるのはどうかと思います。

わたしは、50歳をすぎ、出産も経験しています。
1昨年、子宮筋腫のため子宮の全摘手術を受けました。
50歳を過ぎた経産婦でも、筋腫の検診、そして診察、治療はとてもしんどいものがありました。
若い女性だったら、その苦痛はさらに大きいものだと察します。
だから、その疾患から逃れられるのであればワクチン接種は有効と考えています。
もっともその確証は、わたしが信頼する主治医であったり、ふだんブログ等で接している産婦人科医の意見からきています。

信じる人/信じない人というものではなく、子宮頸がんに罹らない人/罹る人という生命に関わるものであるということを重視すべきと思います。

30年ほど前、予防接種で「新三種混合」のワクチンの副作用がいわれました。
そのときに接種を受けていない子どもが成人して、はしか等を発症するということがありました。
わたしは、そのときちょうど子育て時期で、「ワクチンを接種しないほうが親として十分に考えた行動である」という空気がありました。
でも、はしかは重篤になったり、命にかかわるということはそれほど多くはありません。

そのときと同じ空気が、子宮頸がんワクチンに対してもあるように思います。

苦しみをうけている人へ寄り添う姿勢は大切です。
でも冷静さを欠いては、制作者の意図したこととは別の影響が出てしまいます。
寄り添うあまりに、冷静な視点を欠いてしまっているのではないでしょうか。

最近、副作用の研究に関して、ねつ造があったのではということも調査が始まりました。

そういう事実は、副作用に苦しむ少女を前にしては、どうでもいいことになってしまっていないでしょうか。

放送をみて、ワクチン接種をためらった人たちの子宮頸がんの罹患率が高くなったらどうされるのですか。
そこまで想定して放送されているのでしょうか。
疑問に思いましたので、ご意見送信させていただきます。

今月、ようやく1年後の検診に行ってきました。

何もなくても1年後、くるように言われていたからです。

ほんとは5月なんですが、6月になってしまいました。

「今日はどうしたの?」

「1年、経ったので。骨もみてもらいたくて」

ということで骨量の測定です。

119%。

1年前と変わっていませんでした。

強制閉経になったので、心配でしたが、大丈夫でした。

ランニングをしているので、大丈夫とは思っていました。

その後、卵巣の検診。

「とくに何もない」と言っていただきました。

子宮がん検診は受けなくてもいいですが、卵巣はのこしたので、検診が必要です。

がんになる心配のある臓器をのこしたことがどうだったのか、です。

でも、1年に1回、検診を受けて、それが最善なんだと思います。

検診がすべてではないけど、それしか頼ることができないし。

血液検査は食事を摂ったので、できませんでした。

次回、出直しです。

9月20日、丹後60キロレースを走ってきました。

手術の前の週に北九州マラソン(フル)を走って以来、4月に伴走で10キロの大会を走りましたが、それ以来の大会でした。


大会もそうですが、そもそも30キロ以上走ることもなく、恒例のマラニックもせず、こんなに走らずに大会に出ていいのかというくらいだったのですが、走り始めたら、なんか調子よくて、最後までそのまま走ってしまいました。


2月に手術をして、その後、何の支障もなくというより、術前よりも調子よく過ごしてきました。

ランニングも以前と同じようにできるようになって、完全復活といっていいでしょうか。


子宮筋腫が大きくなっているとわかったのがちょうど1年前。

たくさんの方にお世話になって、ここまで戻ってくることができました。

感謝の気持ちでいっぱいです。

わたしは子宮筋腫で子宮の摘出手術を受けたのですが、その後、なぜか「卵巣問題」にシフトしてしまいました。

これを本末転倒といっていいのかどうかわからないのですが、手術後のわたしの関心は、「卵巣の疾患とどう向き合うのか」ということになっています。


子宮の疾患については、子宮ガン検診を受けるので、それでクリアできるのですが、卵巣は定期的な健診がないので、自分で受けなければなりません。

卵巣の検診をどういう形で受診すればいいのかわからないので、不安ばかり募らせていました。

その不安のほうが身体に悪いのではないかというくらい気分が下がっていたので、この際、全然、関わりのなかった医師の診察を受け、相談してみることにしました。


予約診療ができて、診療時間も長くとってもらえるクリニックを探して、受診してきました。

そのレディースクリニックに行ってきたのですが、予約の人の他に「待ち時間長くても」という患者さんでいっぱいでした。

若い女性もたくさんいて、なんだかたいへんそうです。

こういってはなんですが、婦人科の診察はお産を経験するまでは辛かったなぁと、そんなことを考えていました。


混んでいたにもかかわらず、予約していた定時に診察室に呼んでいただきました。

問診票を出しているので、説明しなくてもいいので、よかったです。


わたし「子宮を全摘したんですけど、卵巣はとらなかったんです」

先生「両方とも?」

わたし「はい、なので卵巣の疾患が心配なんです」

先生「手術後、診てもらった?」

わたし「診てもらったような気がしますが、卵巣の検診だったかどうかはっきりわからなくて」

先生「閉経は?」

わたし「たぶん、してたと思うんですけど、、、」

先生「とりあえず診てみて、それから相談しましょう」


ということで内診とエコー検査をしました。

先生「腹腔鏡下膣式ですね」

わたし「(そんなことわかるの?)はい」

先生「キレイに手術できてますねぇ」

わたし「(そんなの聞くのはじめて。でも、さすがO先生!) はい、そうなんですか?」

先生「閉経してますね」

わたし「(わかるんですか?)、あっ、そうなんですか」


そしてエコーの画面をみながら、

先生「これが卵巣です」

わたし「はい」

先生「とくに何もないですね」


と、両方の卵巣はとくに問題なしということでした。

そして、対面で、


わたし「卵巣をなぜとらなかったのかと言われて、むしろそのことで気を病んでしまっています」

先生「子宮を全摘したからといって、何も変わるわけではありませんから。術前と一緒です」

わたし「今後、どういう間隔で検診を受けたらいいですか?」

先生「何もなければ年に1回、または2年に1回でいいですよ」

わたし「子宮がん検診がなくなるので、わたしは検診の機会がないんです。年に1回、7月に検診を受けるということでいいですか?」

先生「子宮ガンにはなりませんからね」


という感じでした。

でも、なんとなく最初にお話ししたとき、「なんで卵巣とらなかったの?」という空気は感じました。

閉経していれば、残していても仕方ないって感じなんでしょうか。

空気だけで、先生は一言も言われませんでしたが。


閉経の判断なのですが、わたしの場合、9月は月経ありで、10月に手術をする病院で診察を受けたときに、そういえば10月はまだですね、ということを答えた覚えがあります。

診察と閉経が同じタイミングであったことになりますが、1~2か月、月経がなかっただけで、閉経といえるのかどうか、よくわかっていませんでした。


いろいろ思うことはありますが、卵巣を残したことについて、今から考えても仕方のないことです。

年に1回の定期検診を忘れないようにしようと思っています。