家の庭は、色とりどりの花々で美しく春を表現してくれている。
今日は、チューリップにうっとりと時間を忘れた。風に揺れながら、凛と天を目指して伸びる茎の上に
鮮やかな原色の王冠を載せてポーズをとっているかのような姿。
それが20本ほど。思わず、にっこりとしてしまう。
チューリップとの出会いは、幼稚園だった。通っていた幼稚園は、私立の幼稚園で、私は、他県から
転居してきたため、いわゆる転校生として入園した。大きな幼稚園で、入園試験なるものもあった。
おごそかな雰囲気のする園長室で人生初の『面接』なるものも経験し、めでたく入園いたしました。
初登園の日、幼稚園をぐるりと取り囲むいたるところにチューリップが咲き誇っていた。私には、その
見事なチューリップさんたちの記憶しか、実のところない。幼稚園、イコールチューリップ。
その位の衝撃を受けたのでした。でも、本当は桜の方が有名な幼稚園だったらしいけど・・・・。
背の高さからして、また、微妙な色合いといい、桜は大人のものなのかもしれません。
幼稚園に通う子供たちには、憶えたての色をはっきりと表現してくれているチューリップのほうが春を
代表するお花だったような気がします。
チューリップをみると思いだす。あのわくわくとした昂揚感。幼稚園という空間の嬉々とした可能性ぱかり
を感じていた子どもの心。もう二度とあの感覚は味わえないな。と風に揺れるチューリップを見ると思う。
チューリップの原色は、あまりにも強すぎて、ストレート過ぎて、ややもすると恥ずかしささえ感じてします。
大人になった今、あやふやで、微妙な色合いに花びらの雪となって散っていく姿に魅力を感じるように
なった。それが、時を重ねて憶えた花の色の情緒なるものなのか。