都営新宿線 菊川駅徒歩4分
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SUNNY SIDE(サニーサイド)
花嶋泰光(はなじまやすみつ)です!
初めての方はコチラから読んでくださいね😁
本日3記事めのブログ
5月9日(火)大晴れ
この日の僕は東京駅から始まりました😁
東海道新幹線に乗って
名古屋に上陸✨
今回は宿泊ではなく日帰りです
なぜ名古屋に来たかと言うと
先日お客様から「トヨタ産業技術記念館」
に行ってみるといいよ
と言われまして
というのも4月から私花嶋は
25年の美容師に終止符を打ち
新たに経営者としてスタートしました(気持ちの面で)
新人が加入するにあたり
これまでの美容師としての経験や知識や価値観に基づいた考えや行動や言動は
お客様もスタッフも幸せにできない
と考え
また自分が成長するには大きく変化する必要があるも思い
2023年3月31日をもって終止符を打ったわけです
それに伴って少数と言えど、組織になった
SUNNY SIDE
この船がどこに向かって、なんの目的があって
というのを働く仲間に示していかなくてはいけない
なので、初めて
経営理念を立ち上げ
今期のスローガンを発表し
仲間と共有するかたちになりました✨
経営理念を立ち上げた瞬間から
指針ができたことで、意識も変わり、行動が変わり
言動が変わったのを日々実感しています😁👍
そんな話をお客様にした時に
タイムリーにそのお客様が「トヨタ産業技術記念館」に行った後でした✨
トヨタがなぜ世界のトヨタと呼ばれるようになったのか?
トヨタもまた理念があって今がある
トヨタの歴史から学ぶことがある
そんな話を聞かせてくれて
思い立ったら即行動の私花嶋は
来たわけです😁👍
かなりでかい建物
このあたりからも世界のトヨタ感満載です✨
ちょうどGW後なので、交通もスムーズ、館内もお客様も少なくゆっくり見れました😊
トヨタは最初から自動車産業ではなく
始まりは織物産業でした
これが意外でビックリ
初代の豊田佐吉さんが創業したのが始まりです
その息子豊田喜一郎が自動車産業へと変えていくわけです
そもそも初代からずば抜けていたトヨタ
日本で初めての動力織機を発明するとか
自動化を作って生産性を飛躍的に上げたりとか
当時からトヨタは先見の明があったわけです
話をめちゃ端折って説明していきます
息子の喜一郎が豊田自動織機製作所の中に
自動車部を設立したのが現在のトヨタの始まり
アメリカでは普通に普及していた車を目の当たりににして、「これからは車の時代だ」
ということで「世界中に自分が作った車を走らせたい」
と思った喜一郎が
邁進していくわけです👍👍👍
そもそも車の知識がないので
アメリカの車買い取って、解体して、理解していくことから始まり
まぁ面倒臭い、大変なこといっぱいやるわけです
失敗の連続が続くこと5年
初の車を作った
「日本人の手で日本に合った日本人のための国産車を作る」
という理念を掲げてから
誰よりも現場で働いてきた豊田喜一郎
このめっちゃかっこいい
トヨペットクラウンを発売する3年前
脳溢血により57歳という若さで他界しちゃんです
偉業を成し遂げる人の人生って数奇で
役目を終えて死んでいく
本当に使命があって生まれてきたんだろうな〜って感じます
トヨタは以前『トヨダ』でした
これを改名した時の理由が三つ
①濁点がないほうがスッキリする
②個人から抜け出した方がいい(個人名がトヨダ)
③「トヨタ」は画数が八画、八は末広がりで縁起がいい
この三つで今の『トヨタ』になったそうです✨
その後は名古屋と言えば『食』なので
食えるだけ食って
僕のお店でずっと担当していたお客様が
去年から名古屋に転勤になっていたので
無理矢理呼び出し
5時間くらい飲みました笑
僕の座右の銘たくさんあるんですが笑
その一つに
『移動距離が人を成長させる』
ってのがありまして
知らない場所に行き
知らない人に会い
知らない食を食べ
知らない体験をする
これが人が成長する一つの要因
今回もこの言葉通りに
また一つ成長した…かな〜と思います
でも毎度思います
即行動
体験
百聞は一見にしかず
これです
人生は長いようで元気にアクティブに素直を動ける時間は短い
僕の格言です
今回のキッカケをくれたお客様に感謝とともに
今日も世界のハナジマは動き続けるのであった
ふふふ
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