浅虫温泉から青森空港方面に旧道を走り途中から左折、小館の集落を過ぎ約3km走ると、老杉に覆われた小金山神社や入内観音堂が現れる。青森市の堤橋から浪岡町へ至るこの道を、昔は奥州街道とよび、主要道の一つに数えられた。今も道筋に松並木が残っている。
 
入内観音堂(小金山神社)
縁起によれば、大同年間(806810)に蝦夷征伐のため出陣した坂上田村麻呂が、蝦夷の首長・大嶽丸を討ち、その首を埋めた上に観世音を安置したのがはじまりという。天慶(9831047)のころには平将門の孫・信田小太郎が白山権現社と観音堂を建立したとも伝えられている。その後津軽為信は観音堂を再建して華福寺の寺名と三十石の寺禄を与えている。しかし無住や御堂焼失などで荒廃し、寛永十八年(1641)にいたってようやく再興の気運がたかまり、観音堂が村人によって建立される。ご本尊は慈覚大師が刻まれた聖観世音。明治維新には観音堂に神体が祀られ、小金山神社となるが、明治の中ごろになると再び観世音奉安され、巡礼が訪れる。ご詠歌=をしなべて たかくいやしき ものまでも ここにあゆみを はこぶなりけり (平幡良雄氏書「津軽観音巡礼」から抜粋させていただきました)
 
 
入内観音堂、手前にある案内板は朽ちて倒壊でした。右は拝殿内陣
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右側に隣接する小金山神社
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銀杏の落ち葉が綺麗な境内。小金山神社拝殿と柱に組まれた木製狛犬?
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境内の案内板によると、この狛犬は青森市の有形文化財。
頭髪が垂れ下がっているのが珍しいそうで、石の材質は福井県産出の
笏谷石(しゃくだにいし)凝灰岩。寛文5年(1665)寄進と記載されています
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狛犬の後側を撮っています。確かに長髪でした
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P横の秩父宮殿下御野営跡の石碑と綺麗な実がたくさんのツルリンドウ
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津軽三十三観音霊場巡りは、残すところあと一箇所、最後の三十三番札所「普門院(山観)」だけとなりました。近い内に参拝します。
コメント欄はzzzさせていただきました。 以上です。
 
 
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