東北新幹線で北へ。
福島県に入れば雪景色。
福島駅で乗り換えます。
福島交通・飯坂線。
2両編成ですが、車掌さんが乗っています。
この路線の終着駅は「飯坂温泉」。のれんが気分を出しています。
飯坂温泉は、みちのくで古くから知られた温泉。
芭蕉も奥の細道の旅で訪れています。
福島駅から飯坂温泉駅まで客を運ぶこの鉄道も、なんと開業から100年!
距離は9.2Kmと、短い路線です。
電車は、福島の市街地を通っていきました。
田園風景の中を行くのかと想像していたのですが、町の中。
単線ですので、行き違い。笠谷駅。
駅間も短く、けっこう乗り降りがあります。地元に密着した鉄道です。
やがて、少し市街地を抜けた感じに。
これは桃畑?
医王寺前駅。
医王寺は、源義経の身代わりとなって戦死したという佐藤継信・忠信兄弟の菩提寺。
芭蕉は医王寺を参拝してから、飯坂に来ています。
医王寺前の2つ先が、終点・飯坂温泉。
福島駅から20分ちょっと。ガタゴトと揺られ、のんびりした旅でした。
終着駅の風情。
左、飯坂線・開業100周年のポスター。
右は、飯坂温泉の湯船の温度はすごく熱い(50℃!)というポスター。
佐藤継信・忠信兄弟のパネルもあります。
それと、なぜかポケモンのラッキーの顔出しパネル。
改札口で駅員さんに切符を渡します(今や当たり前ではなくなった光景)。
飯坂温泉駅 駅舎。
駅前では雪の中、芭蕉がお出迎え。
もともと飯坂のことは「奥の細道」で知りました。
飯坂線の存在もそれまで知らなかったので、芭蕉が結んでくれた縁です。
駅前の十綱橋から。
右に見えているのが、飯坂温泉の駅舎。
同じく十綱橋から、温泉街方面。
左側に、共同浴場の「波来湯」が見えます。
小雪舞うなか、温泉街めぐりへ出かけます。
さっき見えた、波来湯。
芭蕉が一夜泊まったという「滝の湯」入口の碑。
滝の湯は、この下、急坂を石段で降りていったところにあったのですが、昭和の時代に焼失(今は碑があるだけ)、とのこと。
急坂を降りるので、お湯も滝のように流れていたのかなー、と思います。
飯坂では「ちゃんこちゃんこ」と呼ばれる石段。降りたいけど…
除雪されてないから、やめておきます…川まで滑っていきそう。
奥の細道では「其の夜飯塚に泊まる。温泉あれば湯に入て宿をかるに…」
と始まる、飯坂での一夜。
貧しい家で土間にむしろを敷いて寝たが、ノミや蚊に刺されてろくに眠れず気も沈んで…と続きます。
せっかく温泉に入ったけれど、その後は快適じゃなかったみたいです。
(ただし奥の細道は日記ではなく、旅の体験を元にした「創作」なんだそうです)
なお、芭蕉は「飯塚」と書いており、この温泉の呼称は古来、飯坂だったり飯塚だったりするようです。
「いいざか」と「いいづか」、声に出せば区別がつきにくい。
滝の湯へ降りる「ちゃんこちゃんこ」の近くにあった、旧・花水館。
明治時代に建てられた書院造の御殿や茶室のようですが、冬季休館中。
またぶらぶら、歩いて行きます。
旧・堀切邸。
江戸時代の豪農の館。
いくつも建物が残っています。
十間蔵。
福島県内最古(1775年)の土蔵。250年前ですね!
広々とした内部。
これは古いものじゃない。足湯と手湯。
冷えた手を温めました。
飯坂温泉に入浴する時間はないけど、ここでお湯に触れることができました。
ちょっと歩くと、共同浴場、鯖湖湯。
温泉街にいくつも、こうした共同浴場があります。
その隣が飯坂温泉発祥の地、鯖湖神社。
お湯かけ薬師如来。
手前の壺から湧き出る湯を、治したい所にかけるんだそうです。
あったかいお湯をいつもかけてもらえる、恵まれた仏像です。
お湯掛薬師の奥に、ちょっと変わったものが。
これは何だったのか…よくわかりません(案内板は出てたけど、字がほとんど消えてて読めなかった)。
鯖湖神社のあたりが、温泉街の中心地。
お昼もすぎ、どこかでごはん…と思ったのですが、このあたりのお店は温泉街をそぞろ歩きする人で、ちょっと混雑。
駅のほうへと戻っていきます。
これも「ちゃんこちゃんこ」。
駅のそばのカフェでお昼にしました。
カフェをやっていたのは、3年前に東京から移住してきたという方。それだけの魅力がある町なのでしょう。
鄙びた雰囲気があるわりに福島からすぐだし。駅周辺に見所がぎゅっと詰まっていて、歩いていても楽しい温泉街でした。
1時間半ほどのお散歩を終えて、福島へ帰ります。
再びガタゴトと電車に揺られて、福島駅に戻ってきました。
飯坂線の駅名標は、武骨でシンプル。
同じ駅名標の反対側は、雰囲気が違います。
こちら側は、阿武隈急行です。ポケモンのラッキー&ラプラスが登場。
島式ホームの、左側は阿武隈急行、右側は福島交通飯坂線。
ふたつの私鉄が、ホームと改札口を共有しています。
いったん改札を出て、今度は阿武隈急行の切符を買って、また入りました。
今度は、阿武隈急行に乗ります!
2両編成の車両は新しくて、
走り出すと、飯坂線にくらべてずっと速い!
同じ福島駅から出るローカル線といっても、ずいぶん違います。
福島の次の駅、卸町。文字通り問屋の町。
もう少し進むと、もう市街地を離れました。
また桃畑かしら?
阿武隈川を渡ります。
丸森~福島間は、国鉄民営化で第三セクターになってから、福島とをつなぐために新設された線路のようです。
踏切もなく、高架で突っ切っていく感じ。
列車の終点、梁川駅に到着。
隣のホームの列車にすぐ乗り継ぎます。
梁川駅の次。この名前ですから、駅名標がずいぶん長い。
このあたりから、空は晴れてきました。
山をトンネルで抜け、福島県から宮城県へ。
阿武隈駅。
阿武隈川に沿って下ります。
阿武隈川の舟下りをする場所かもしれません。
3時ごろ、なまこ壁の?丸森駅に到着。福島から1時間。
丸森で降りて、ちょっと町を見ていきます。
梁川駅から乗ってきた、黄色い列車を見送りました。
丸森駅の改札へ。
槻木~丸森間は、国鉄丸森線として1968年に開業。
昭和の雰囲気を感じる駅舎です。
ガラ~ンと無駄に大きい気がする待合室…
ここは駅員さんがいます。
コインロッカーに荷物を預けていたら、レンタサイクルがあることに気がつきました。
飯坂は雪がいっぱいでしたが、丸森は道路乾いてるし、自転車に乗れそう。
駅員さんが手続きをしてくれました。無料でした。
自転車で、丸森駅を出発。
駅前は、ポツポツと民家、アパートがある程度。
あとから分かったのですが、丸森駅は、丸森の町とはかなり離れていました。
国鉄時代に大赤字になって第三セクターとなったのも無理もないか…
田んぼ、ぽつぽつと民家、そんな中を走って
丸森の観光地らしい、斎理屋敷という所を目指します。
阿武隈川を渡りました。
橋を渡り終わった所に、舟下りの乗り場がありました。
もう少し走っていくと、丸森の中心部に入りました。
斎理屋敷は、町の真ん中、町並みにとけこんで建っていました。
↑写真左の大きな屋根が嫁の蔵、真ん中が檜造りの表門、右が店蔵。
いずれも登録文化財。夕方で写真が暗いけど。
斎理屋敷は、江戸~昭和まで続いた豪商「斎藤屋」のお屋敷跡。
当主は代々「斎藤理助」だったので「斎理」。
表門から中に入ると、広い敷地の中に蔵や屋敷が建ち並んでいました。
居宅とされる建物ですが「昔の建物のイメージで新築した」もの。
中にはお雛飾り。
吹き抜けでつながる2階に
いろんな展示。
さっき通りから見えた、嫁の蔵、なまこ壁。
この嫁の蔵が、いちばん立派な蔵で、宝物を入れていたそうです。
右手前が使用人が住んだ住の蔵、左奥が童の蔵(小さいため)。
どちらも登録文化財。
業の蔵には米俵の様子を再現。
石のお風呂(寒そう…)。
丸森は、花崗岩の産地でもあるそうです。
この洋館は、当時のものではなく、資料館として新築したもの。
これはなんと、戊辰戦争の時の木製大砲と、石の砲弾。
奥羽列藩同盟の一員だったのですね。
時代がよくわかりませんが、たぶん戦前の丸森町。
丸森は、阿武隈川と、伊達への街道沿いに発達した商業の町(在町)だそうです。
斎理屋敷をあちこち見たあと、併設された小さなカフェでコーヒー飲んで温まりました。
再び、阿武隈川を渡って…
丸森駅に戻りました。
仙台に行くのに「よく知らない私鉄があるから乗ってみよう」と阿武隈急行に乗り、「せっかく乗るのなら途中下車してみよう」と降りた丸森。
なかなか珍しい場所に来られました。
(丸森は2019年に豪雨災害にあいましたが、その爪痕は、町をちょっと走っただけでは何も感じませんでした)
丸森滞在2時間、再び阿武隈急行に乗って、仙台へ。
遠くにちょこんと見えるのは、蔵王の山?
槻木駅に到着。
阿武隈急行は、ここで終点。
(車内で案内していた阿武隈急行のキャンペーンに応募したら、後日、トートバッグなどの阿武急グッズが届きました♪使わせていただいています)
槻木からはJR東北線に乗り継ぎます。
といっても同じホームで待つだけ。阿武隈急行はもともと国鉄だったので、スムーズです。直接仙台に乗り入れる列車もあります。
丸森から乗り継いで1時間ほどで、仙台に到着しました。
また小雪がちらついてきた。
夕食は、ホテルのそばのイタリアンで。

















































































