今日は青森駅から、列車と車で八幡平へと移動します。

 

まずは、青森駅へ。

 

 

八甲田丸が浮かぶ海へ伸びるホームと、ベイブリッジ。

 

五能線の観光列車がいました(いつか乗ってみたい)。

 

こちらは、青い森鉄道。

 

乗ったのは、秋田へ行く奥羽本線の普通列車。(撮影は大館駅)

 

7:04発。

右の車窓からはずっと、岩木山が美しい姿を見せています。

(通学の高校生でいっぱいで、チラっとしか撮れません…)

 

弘前を過ぎると、一気に車内が空きました。

 

これはたぶん、りんご畑。

 

石川という駅で。行き違い。

石川駅を過ぎると、弘前の盆地から、だんだん県境の山へと入っていきます。

 

大鰐温泉駅。

ホームにこけし。古くからの温泉街のようです。

 

弘前からここまで、弘南鉄道という私鉄が来ています。

弘南鉄道は弘前を中心に2路線。乗ってみたいものです。

 

この大鰐温泉駅からもこんなふうに見えたのですが。あちこちに、クリーム色の花がビッシリとついた木が、とても目立ちます。

人が住む場所に多いので、自生したものではなく、植えられたもの?

でも山の中にも点在している感じだし…??

後で調べてみましたら、どうやら、ニセアカシア(ハリエンジュ)らしいです。

 

大鰐温泉の次は、長峰駅。

 

その次は、碇ヶ関駅。

碇ヶ関とは、弘前(津軽)藩と久保田(秋田)藩との間に設けられていた関所。

 

いよいよここからは山の中です。

県境のトンネルの直前、山の中に津軽湯の沢駅。

周辺に何もない感じ(以前は湯の沢温泉というのがあったそうです)。

 

津軽湯の沢駅を過ぎると、県境のトンネルに入りました。

秋田側の最初は、陣場駅(また由緒ありそうな名前です)。

以前は、もっとたくさん線路が設置されてた感じです。

 

陣場駅を過ぎると、線路が二つに分かれ、一つは山の中のトンネルに入り、しばらく先で合流。

 

秋田県側の3つ目の駅が大館。ここで降ります。

花輪線との乗り換え、40分の待ち時間で、駅前をお散歩します。

 

ところで、この柱の駅名標の下、うちわみたいな絵は何だろう?

 

青森県内はリンゴだったのですが。

 

 

大館駅は、出来たばっかりのピカピカでした。

 

地元の曲げわっぱ。

 

外に出れば、秋田犬。

 

駅前はまだ工事中、古い家と新しい町並みと。

 

駅前の公園は、すでにきれいに整備されていました。

はちくん…?
 

この公園は、小坂鉄道・大館駅跡なんだそうです。

鉱山からの物資を搬出するために明治時代に敷設され、平成まで続いた路線だそうです。

今も線路が一部残されています。

 

休日には、ここでトロッコを走らせるようです。

車庫の外からのぞくことができました。

 

そして芝生の上には、渋谷にあった「青ガエル」。

 

行先は澁谷⇔桜木町ですが、渋谷ー大館とも書かれています(笑)。

 

ハチ公が秋田犬だった縁で、渋谷から引っ越してきました。

 

渋谷の再開発で行き場を失った青ガエルが、大館の再開発で住処を得たのですね。

 

「秋田犬の里」という観光交流施設。ハチ公がいました。

 

「秋田犬の里」1階のお店で、コーヒーとお買い物。

 

左から、ワンワンソルト、ハチ公の肉球、青ガエル電車羊羹。

 

そして、クマ鈴代わりに。

秋田犬が持ってるのは何?と聞いたら、きりたんぽだそうです。

 

大館の町にも、ハリエンジュが咲いていました。

 

短い間でしたが、大館の駅前で楽しめました。

大館駅に戻り、今度はローカル線、花輪線に乗ります。

2両編成のディーゼル車。鹿角花輪行き。9:20発車。

 

お客さんは、2両で4人くらい。

 

東大館駅。歴史を感じさせる、古い建て方の駅舎です。

花輪線の開業は、1912年(大正元年)。

 

山あいの田んぼが広がる中を走っていきます。

2年前の夏の大雨で運休となり、再開したのは1年前の5月。

復旧できてよかったです!

 

大滝温泉駅。

行き違いで停車します。

 

このあたりはすっかり、山の中。

 

反対側のホームに列車が来ました。

 

田んぼと集落の向こうには、米代川が流れています。

 

米代川は、秋田県内を横断して能代で日本海へと注ぐ川。

 

川が近づいてきました。だんだん上流へ。

 

十和田南駅に到着。

駅舎は、さきほどの南大舘駅ととてもよく似ています。

花輪線の開業時に、同じデザインで造られたのかもしれません。

 

一見、終着駅みたいですが、違います。

 

この駅で、スイッチバック。

 

駅の北側、こっちは行き止まり。

しばらく停車したあと、進行方向を逆にして、また出発しました。

 

 

「ここから北へかつては別の路線があって(十和田南駅の次は十和田駅で)、それが廃線になったんだなー」と思ったのですが、そうではなかった!

 

確かに、十和田南駅から北へ延ばす計画があって、このように線路を敷いておいたものの、とうとう実現しなかったということです。

 

てことは、この未成線のために、この駅では開業以来100年以上、ず~っとこうして、スイッチバックをしてきたのか…。

線路を付け替えることもせず、なんとまぁ、のんびりした話でしょう…

 

さっき通ってきた線路が、だんだん離れていきます。

 

十和田南駅をすぎると、沿線は少し平地が広くなりました。

 

ほどなく、終点の鹿角花輪に到着。

 

おー、ここも、南大舘や十和田南と同じ雰囲気の駅舎!

 

鹿角花輪駅から先、花輪線は盛岡まで行きますが、多少本数が減ります。

 

駅舎の外に出ました。

ようこそ「花輪ばやし」のまちへ。

 

このあたりでは、かなり大きな町です。

大館と同じく、内陸だけど川沿いで平地があるので町になっています。

 

レンタカー屋さんまで少しだけ、町を歩きました。見知らぬ町を歩くのは楽しい。

花輪線に沿って国道も走り、けっこう交通量もあります。

 

 

レンタカーを借り、八幡平へ行く前に、少し寄り道し、大湯環状列石へ。

ここは、世界遺産「北海道北東北の縄文遺跡群」の一つ。

秋田県内にはもう一つ、伊勢堂岱遺跡があります(去年行った)。

 

伊勢堂岱遺跡の展示館は無料だったけど、こちらは有料。

時間もあまり取れないので、入らず(ケチ)。

資料だけもらって、さっそく遺跡へ。

 

この林の中には、オニグルミの樹がありました。

きっとここの縄文の人たちも食べていたはず。

 

見えてきました。

丘の平地です。

「環状列石=ストーンサークル」で使われている石は河原の丸い石。数キロ離れた川から集めてきてあります。

 

環状配石遺構。

石を丸くならべて、その中に四本の柱の跡と、火を使用した痕跡があるそうです。

 

ただの円形じゃなくて、石を敷き詰めた場所が付属しているのもあります。

なんだか、玄関のタタキに見えます…。

 

こっちは、円形じゃなくって、方形。

 

これは、5本の太い柱を使った建物の跡。

5本とは珍しい。星形だったかも?

このように、石を並べた丸や四角形がいくつも並んでいるのですが、その中で、とびきり大きなストーンサークルが二つ。

 

一つ目(万座環状列石)。

この写真だと分かりにくいのですが、二重の円形となっています。
直径52m、石の数は約6500個。国内最大級だそうです。
 
その二重円の周囲には、掘立柱の建物が再現されています。

 

釘もノコギリもなく、こんなの造るってすごいな…

 

もう一つの大きなストーンサークル(野中堂環状列石)。

44m、石の数は約2000個。

 

石の中には、立ててあるのもあります。意味深長。

大きなストーンサークルの中、北西の位置には、それぞれ日時計のような石組。

これらは、暮らした場所じゃなくて、集団墓など祭祀の場所だったのでは?と考えられているそうです。

 

二つのストーンサークルを結んで伸ばすと、東は冬至の日の出の方角。

西は夏至の日の入りの方角。
縄文時代の人は日の出・日の入りの刻限や方角には、今よりずっと敏感だったろうから、それを意識して構成してあっても不思議じゃないな。

 

小さな石が固まっておいてある場所。

 

それが列になって弧線を作っています。

石組の下には穴があり、ここも墓ではないか?と考えれられているそうです。

 

伊勢堂岱遺跡もここも、不思議なストーンサークルが残ってて、興味深い場所でした。

掘り返せば他にもあちこち、ストーンサークルが出てくるんじゃないかしらん。

 

 

では、大湯環状列石を後にして、八幡平のほうへと向かいます。

途中のバス停、乳牛(にゅうし、と読むみたいです)。

 

道の駅かづの。

「花輪ばやし」の写真がありました。

 

しばらくは、米代川に沿った盆地を走って南下。

 

急に山に入りました。もうすぐアスピーテライン分岐。