朝の博多駅(筑紫口)。
今日は、博多から門司へと移動します。
新幹線ではなく、鹿児島本線の特急「ソニック」にしました♪
8:02発。
たぶん初めて乗る、九州の在来線特急です。
通路に出たら、ビックリ。
長崎がテーマみたいですが、他に九州各県のバージョンもあるのかな?
数日前に乗った通勤列車と同じように、シートごとにデザインの模様が違います。
そして、床は寄せ木細工!
JR九州の列車、乗るたびに書いていますが、バラエティ豊かで楽しいです。
ソニックだけど「かもめ」って書いてあるのはどうしてだろう?(特急かもめの車両らしいです)
多々良川という川。まだ福岡市内。
電車は、福岡から北九州の間の平地を走っていきます。
沿線は、だいたいずっと市街地。海からは離れているし、山も遠い。
もうすぐ、遠賀川を渡ります。南のほうに、ちょっと高い山が見えてきた。
1時間弱で、小倉に到着。普通列車に乗り換え。
すっかりお馴染みになった、JR九州のこの座席。
有田に行った時の車両では2列ずつの座席でしたが、ここではそれを横に並べて、ロングシートになっていました。
九州は今まであまり縁がなく、駅名と自治体名が違うこともあって、
小倉 ・ 門司 ・ 北九州 ・ 博多 ・ 福岡=「山陽新幹線の西の端っこ」
という程度の認識。実は福岡と北九州の区別もあまりついてなかった。
こうして旅行することで、ようやく区別がついてきております。
とりあえず、「福岡・博多」と「北九州・小倉・門司」とが離れた場所だということは、わかった。
小倉から、北九州市の市街地をしばらく走って、門司駅を経由して、終点・門司港駅に到着。
照明や看板が、レトロな雰囲気をかもし出しています。
駅舎の内部。高い天井です。
ここにスタバが。昨日の大宰府といい、よくクラシックな雰囲気のスタバに出会います。
駅舎の旧待合室を活用しているようです。
駅舎のすぐ脇、海の方角には、関門連絡船への通路跡がありました。
1942年に鉄道の「関門トンネル」が通じる前は、この駅で連絡船に乗り換えて、関門海峡を渡っていたのかー。
(今も関門連絡船はありました.。あとで乗った。)
外に出ました。門司港駅の駅舎全景。1914年築、重要文化財なんだそうです。
鉄道の駅舎で重文なのは、この駅と、東京駅のみ。
振り向けば、すぐ先に、関門海峡と関門橋が見えています。
門司港駅前一帯は、「門司港レトロ」と言われるエリア。
その中にある、旧JR九州本社ビル。
「薄汚れた古いビル」っていう印象ですが、1937年の建築当時は九州で最も高いビルだったという、歴史的な価値のある建物なんだそうです。
JR九州って、国鉄民営化後はしばらく、福岡とここ北九州のダブル本社だったとのこと。
今は1階以外は使われていないみたいに見えました。入り口のレリーフ。
今後活用の予定もあるにはあるようです。
他にもいろいろ、レトロな建築が目白押しでしたが(バナナのたたき売り発祥の地、の碑もあった)、とりあえずは次の目的地へ。
こんなきっぷを買って、関門海峡をぐるっと一周します。
トロッコ列車に乗り、関門トンネルを歩いて渡り下関側に出て、路線バスと船を乗り継いで、再び門司港へと戻ってくる…というルートです。
はじめに乗るのは、レトロライン「潮風号」。
この路線、以前は貨物路線として使われて廃線となったのを、観光路線として復活させたもの。
かわいらしいディーゼル機関車は、以前は南阿蘇鉄道で使われていたものなんだそうです。
客車の前後に1個ずつ、連結されています。
客車は、トロッコ列車。こちらは、島原鉄道で使われていたものだそう。島原も行きたい。
暑いけど、走り出せば風も入るので、なんとかなります。
10時出発。
左手に関門海峡が見え隠れしています。
はね橋が上がっているところでした。
レトロ地区の、いろんな建物が見えます。
ゆっくり走るので、いろいろ見られて楽しい。
「時速15キロの関門海峡の潮流よりも、遅い列車」っていうのがウリみたいです。
天井は、こんな感じ。
トンネルに入ると、ブラックライトに海の生き物が浮かび上がりました。
トンネルを出ると、これ、日本最大のタコ滑り台なんだそうです。
トコトコ走ってきた列車は、10分で終点に到着。
ほとんど遊園地の乗り物感覚ですが、ちゃんとした鉄道路線なのです。
終点は「関門海峡めかり駅」。
「めかり」って何だろう?と思ったら、「和布刈」という地名でした。
漢字だと「めかり」とは読めないです。
めかり駅を降りると、周辺は、さっきのタコさん滑り台のあった公園です。
公園の脇を通って、関門トンネル(人道)の入り口まで歩きます。
古い客車が保存されていました。
古い列車&タコさん滑り台&関門橋。
関門橋の真下あたりに、トンネルの入口があります。
このあたりは、関門海峡がいちばん狭くなっている箇所で「早鞆の瀬戸」と呼ばれます。
早鞆の瀬戸に、高速道路の橋が1つ。車と人道併用のトンネルが1つ。新幹線トンネルが1つ。
少し離れた場所に、在来線トンネルが1つ。
関門海峡両岸の往来は、橋1、トンネル3、連絡船1
ということになります。
関門トンネル人道入口に到着。
人道という言葉を、「人が通る道」という文字通りの意味で使うのは、珍しいかも。
入口から、エレベーターで地下に降ります。
門司はバナナのたたき売り発祥の地だから、イルカまでバナナ化していた。
トンネルを歩くのは、無料でした。
自転車と原付も有料で通れます(歩行者として、押して通ります)。
なんと!ここは国道2号線でした。
トンネルの中は、涼しいです。
海底をモチーフにした壁画で彩られていました。
まっすぐ、ひたすら、ゆるやかな下り道を歩いていきます。
たぶんここが最深部。ここだけ道の材質が変わり、中央線の部分が排水溝の蓋っぽい。
最深部のすぐ先に、県境がありました。
ここでいったん、福岡県を離れます!
県境は、トンネルの中央ではなくて、やや福岡県(門司)寄りみたいです。
このあたりから、今度はゆるやかな登りとなります。
下関側の出口まで来ました。
断面はこうなってるんだ!
下関側でもエレベーターで地上に。
出てきたら、義経が跳んでいました!
海峡がいちばん狭い早鞆の瀬戸の、下関側。ここが、壇之浦なのか~。
潮の流れが速くて複雑、向きも頻繁に変わるそうです。
幕末に列強と戦おうとした長州藩の大砲が、今も、海峡にその砲口を向けています。
ドド~~ンと、砲声がしました!!(スピーカーから)
数々の歴史の舞台、壇之浦。
ここから、海峡ぞいに走る路線バスにバス停2つ分だけ乗り、安徳天皇を弔う赤間神社の前で降りました。
バス停を降りて、最初に目に入ったのが、日清講話記念館。
そういえば、下関条約って習ったなー。1895年。
その横が、赤間神社。
ピカピカの竜宮城ふう。
社殿はこのように派手で明るいんですが、その脇には、耳なし芳一のお堂があって…
壇之浦で滅んだ平家の塚があります。
社殿と対照的に、このあたりはなんだか、物悲しくて、おどろおどろしい雰囲気です。
赤間神社のお隣が、安徳天皇陵。外から見るだけです。
安徳天皇(が壇之浦から逃げのびて隠れ住んだ末)の墓って、全国各地にいっぱいあるんですよねー。対馬にもあった気がします。
赤間神社から、また海岸ぞいに先へ歩いていきます。
どういう訳か、いい匂いがしてきました…
唐戸市場という、大きな市場がありました。
鼻をくすぐる匂いの元はここらしい。
市場ですが、一般の人がなが~い行列を作っていて、ビックリしました。
で、何か美味しそうなものをいろいろ買って、海峡の岸辺で食べてます。
現代は、なんとのどかで平和な壇之浦でしょう…
市場の入口。でっかい「ふぐ」が上がっていました。
下関はふぐだらけ!
同じ海峡に面していながら、門司にはふぐの一匹もいなかったのに…
海峡のこっちとあっちで、個性様々で、なんだか面白い。
にぎやかな唐戸市場の先に、関門海峡の連絡船のりばがありました。
対馬、壱岐とジェットフォイルに乗ってきて、3日連続で船に乗ります。
この船は、ごくごく短い航路ですけれど。
さっきトンネルで歩いた関門海峡を、船で戻ります。
出航しました。下関側、遊園地が見えます。
関門橋を横に見ながら。
下関にさようならをして…
再び九州へ戻ってきました。
門司港に到着。所要、たったの5分!
門司港側には、下関に渡ろうというお客さんがいっぱい並んでいました。
さっきの唐戸市場にご飯を食べに行く人たちと思われます。
船を降りて建物を出ると、門司港駅はすぐ目の前。
トロッコ列車→トンネル(徒歩)→バス→連絡船と、海峡をぐるっと一周して、戻ってきました。
電車の時間になるまで、門司港駅周辺のレトロ地域をお散歩。
旧大阪商船ビル。
鮮やかなオレンジ色のタイルが目をひきます。
ホームリンガー商会って何だろう。
現役で活躍中のビルのようです。
門司港駅前の広場、広いな~と思ってたら、噴水でした。
12:08 門司港を出発。関門海峡滞在は3時間ほど。
途中、古森江という駅のあたりから、赤レンガ倉庫が見えました。
どうやら、ニッカウヰスキーの工場らしいです。現役で使われているよう。
観光地になりそうな感じなのですが、現役で稼働中で、入れないようです。
しばらく走って、小倉駅に到着。改札を出てみました。
小倉駅には、モノレールが入っているらしいです。
駅の西のほうから、モノレールの軌道が見えました。
来た来た。バナナ色のモノレール、4両でした。
小倉駅で駅弁を買って、新幹線「さくら」に乗り込みます。
「さくら」、2列シートで贅沢な感じがするんですよねー。
新大阪以西でしか乗れないのでレア感があります。
新幹線のこの区間を走るのは初めてです。
小倉を出発直後、チラッと関門海峡が見えました。
でもすぐに関門鉄道トンネルに入り、ず~っとトンネル。
出てきたらもう新下関でした。