先日、病院の主治医の先生に今後の処置の説明に行ってきました。
お話は、前回とほぼ同じ。
父は、現実逃避なのか少し認知が入っているからなのか、話に加わることなくトンチカンなことを時々言うかんじ。
その度に、弟にやさしくたしなめられる感じでした。
結果、生物的にはご飯をたべれないということは寿命なのだということ。
胃ろうをして後長くいきるかも知れないが、認知症の末期の母がそれで幸せなのか。
そう、言われました。
ただ、前回と違い生きているうちに数分ですが、会わせて頂けることになりました。
そして、結論は持ち帰り家族で話し合い、面談ができるのであれば延命をしないとの結論を出しました。
ただ、コロナが広がりを見せる中、会えないこともあるとの説明もされています。
もう、1年以上会えていない母に父だけでも会わせてあげれたらと思います。
今までで生きていた中、一番の辛い選択です。
お話は、前回とほぼ同じ。
延命するかしないかの説明でした。
姉が説明を聞いた時は、このご時世最後の面会はできないとの説明でした。なので、看取れるまでまで少し頑張ってもらい胃ろうで延命がしたいと姉の気持ち聞いていました。
ただ、姉にしても母の体にが寿命に近づいてるのは承知もしてるし、そのまま逝かせてあげたほうが、母にとっては良いとのではという気持ちはあります。父は、現実逃避なのか少し認知が入っているからなのか、話に加わることなくトンチカンなことを時々言うかんじ。
その度に、弟にやさしくたしなめられる感じでした。
結果、生物的にはご飯をたべれないということは寿命なのだということ。
胃ろうをして後長くいきるかも知れないが、認知症の末期の母がそれで幸せなのか。
そう、言われました。
ただ、前回と違い生きているうちに数分ですが、会わせて頂けることになりました。
そして、結論は持ち帰り家族で話し合い、面談ができるのであれば延命をしないとの結論を出しました。
ただ、コロナが広がりを見せる中、会えないこともあるとの説明もされています。
もう、1年以上会えていない母に父だけでも会わせてあげれたらと思います。
今までで生きていた中、一番の辛い選択です。
コロナがなければ、看取ることが出来たのに。
そればかり毎日思って家族の寝静まったあと泣いています。