先日、病院の主治医の先生に今後の処置の説明に行ってきました。
お話は、前回とほぼ同じ。

延命するかしないかの説明でした。

姉が説明を聞いた時は、このご時世最後の面会はできないとの説明でした。

なので、看取れるまでまで少し頑張ってもらい胃ろうで延命がしたいと姉の気持ち聞いていました。

ただ、姉にしても母の体にが寿命に近づいてるのは承知もしてるし、そのまま逝かせてあげたほうが、母にとっては良いとのではという気持ちはあります。
父は、現実逃避なのか少し認知が入っているからなのか、話に加わることなくトンチカンなことを時々言うかんじ。
その度に、弟にやさしくたしなめられる感じでした。
結果、生物的にはご飯をたべれないということは寿命なのだということ。
胃ろうをして後長くいきるかも知れないが、認知症の末期の母がそれで幸せなのか。
そう、言われました。
ただ、前回と違い生きているうちに数分ですが、会わせて頂けることになりました。
そして、結論は持ち帰り家族で話し合い、面談ができるのであれば延命をしないとの結論を出しました。
ただ、コロナが広がりを見せる中、会えないこともあるとの説明もされています。
もう、1年以上会えていない母に父だけでも会わせてあげれたらと思います。

今までで生きていた中、一番の辛い選択です。

コロナがなければ、看取ることが出来たのに。

そればかり毎日思って家族の寝静まったあと泣いています。


私には、15年ほど前から若年性のアルツハイマーの母います。


施設に入って早6年。
頑張って父が、自宅介護をしていたものの限界が来ての施設入りでした。
本来なら私が面倒をみたかったのですが、長男に嫁いでいたので出来ませんでした。
そんな母が、コロナで会えない間に症状が進み、食事をとることが出来なくなりました。
急遽施設から入院。

これからのことの選択にせまられました。


延命はしない。
胃から栄養を入れてえ延命。

とりあえず入院して症状が上向きになれば施設に戻れる。ダメなら今後のことを、決めなくてはいけないと。



ここ2~3年寝たきりだった母に体に傷つけても延命するのか。
現在は、顔をみることもできないのでコロナ少しでも落ち着き看取れるまでがんばってもらうのか。
それとも、延命せずに寿命を終わらせてあげるのが良いのか。
こんなに辛い選択は、人生て初めてでとのようにしたら母が幸せに旅立つことがてきるのか。
答えがでないのです。
 
姉弟も同じ思いをしているかと思います。
父は、現実逃避なのかこの話には入ってきません。
その父の気持ちも痛いほどわかるのでつらいです。

とのようにしたら良いのか悩むばかりです。
2月11日、制服採寸に学校へ行ってきました。
コロナの影響で、時間差での採寸、説明会でした。
上の子達の学校と違い、とても生徒に面倒見が良いなと感じました。

息子が言うには、受験の日に鉛筆が折れてしまい、それに気がついた先生が休み時間の時に、鉛筆を削ってくださったそうです。
とても優しく接して下さったそうで他校にはなかったことで、その後の試験も緊張することなく終えることが出来たそうです。

入試を終えてから思うことは、第一志望は親の希望が強かったのかもと思います。
息子は、もちろん兄姉の学校に行くものだと当たり前のように思っていたんだと。
でも、学校見学で一番気に入っていたのは、進学する学校でした。

進学校に通う大変さも痛いほどよくわかっているので、のんびりやの甘ったれには良かったのかもと今は感じています。
気の合う友達に恵まれるのを祈るばかりです。