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8月9日今日の過去の出来事 「グラウンドゼロ2」

こんばんは

最近仕事が多忙のため、帰ってきてもこんな時間でグロッキーです。

ネタ探しすら億劫になってしまってます(ノ_-。)

かと言ってサボってばっかりもあれなんで書いちゃいます。

いつも以上に雑な文になってるかもしれませんがw


8月9日にあった出来事

1945年8月9日 - 長崎市への原子爆弾投下

爆心地「投下前」↓

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爆心地「投下後」↓

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しつこいかもしれませんが、
こういうのはしつこいぐらいがちょうど良いと、自分に言い聞かせながら再び原爆です。
すいませんw

今日もニュースでやってましたね

広島の方々もそうですが。

投下時間になると同時に市民全員が一斉に黙祷を捧げる姿。

あれってすばらしいですね。

すばらしくはないか。黙祷なんだし、やらないですむんならその方が良い。

でもなんで黙祷をする必要があるかってことは、子供達にも伝わりますね。記憶を未来に残すにはかなり良い方法のように感じました。

毎年の習慣となれば言葉が風化してしまっても、行動は残ります。行動さえ残っていれば落としてしまった言葉は後からいくらでも拾ってこれるのだから。

長崎に落とされたものは通称「ファットマン」広島に落ちた「リトルボーイ」とは同じ原爆でも、構造や原材料に大きな違いがあり、製造工程も別々の経緯を経て生まれた爆弾です。

何日か前にブログで書かせてもらったアメリカで行われた「トリニティ実験」の時、人類が初めて爆発させた原子爆弾です。

つまり

落とした人達は

事前の実験でこの爆弾の「爆発」を見ているんです。

その規模も威力も・・・

そんでもってそれ経た上で、

人の住む都市に落としてしまいました。

怖いですね。
落とした人達が怖いんでなくて、

「落としても良い状況が作られた」ことが怖いのでしょうね。


長崎市田上市長はあいさつで、オバマ大統領の演説を取り上げ、「強い決意に被爆地でも感動が広がった」とオバマの核根絶の目標を支持することを述べてました。

僕もこのオバマさんが演説してたのを以前聞いたんですが、やっぱりなんかしゃべり方や説明が上手いのか、
たしかにうんうんと頷きたくなって、「よし、やるぞ!」って気分にもなりそうでした。

まあ、落とした国なんだから当然のことだと言われればそれまでですが。
内心どう思ってるかとかとか、本音と立前はいったん置いといて、こういう風にトップに立つ人が、そのような意思表明をすることは、たしかに悪いことではないのかもしれませんね。

一人でも聞いてる誰かの心や行動を後押しすることが出来れば、たとえ演技の演説であっても偽善の演説であってもそこには価値があるわけだし。


8月7日今日の出来事「のび太の誕生日」

こんばんは

昨晩、

お知り合いになったピグともの方より、

「ドラえもん」を描けるんですかと質問を受けました。

思い返してみると、、

たしかに自分の「ルーム」のプロフィールの欄に


ドラえもんが描ける的な記述をしたような気が・・・( ̄ー ̄;


なので自信満々に「はい」と答えさせて頂きました。


そしてあろう事か

「今度ブログにアップしてみます」と

約束までしまったのですw


なので今日試しに、持ってるグラフィックソフトを駆使して


描いてみました。


これです


「てれれれってれー!音譜」

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満足げにこいつを描き終えた私は

静かにペンを置きました。

その刹那!

大変な事実に気づいてしまいました。


「なんてことだ・・・・。」

「私のドラえもんは、」

「思ってた以上に、人様の目に触れて良いほどの代物では無かったのです!」



しばらくぼーぜんとした後、激しい後悔がw

「なぜ・・」

「なぜプロフィールにドラえもん描いたら全国ベスト16いくとか書いてしまったのだhamaよ。」


わたしはすぐさま一階に降りて、冷蔵庫に張ってあるドラえもんのマグネットシールをはがしてきました

そしてじっくり観察・・・


「よし!」


「リベンジだ!」


今一度タブレットのペンを手に取り、書き上げました。

で・・・でけた・・・


「てれれれってれー!音譜」



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うん

細かいディティールはまだかなり甘いが、

かなりうまく描けているではないかw

よし!


ほっとしたぞ

良かった良かった



っという出来事があった一日でしたw



ちなみに・・


今日8月7日の出来事

1964年8月7日 - 野比のび太の誕生日

かなり年上だったんだねのび太くんw 

8月6日今日の過去の出来事 「グラウンドゼロ」

いつもその日も夜中の更新なので
今日はがんばって今書いちゃいますw

昨日は近所の商店街の縁日に行ってきました

出店の数が毎年顕著に減ってきてしまってます。時代なんででしょうか。

久しぶりに中学の友人に出くわしました。

その友人に最後に会ったのは9年以上も前、

すでに二人の子持ちで歳は上は10歳ってw

10代ですでに産んでたんだw。

ん?てゆうか以前会ったときすでに身ごもってたってことか?

でも奥さんはその時付き合ってたはずの人じゃないし。叫び

それにも驚きましたが、子供と奥さんがいてもこれから風俗行ってくると平気で笑いながら、喋ってるあたりにまた苦笑させられましたw ある意味うらやましい。でもこんなキャラだったっけなー

みんな変わっていくんですね。他からみれば私も変わったように見えるのかも。


8月6日にあった出来事

1945年8月6日 - 広島市への原子爆弾投下

やはり今日これは欠かせないでしょうね、私なんかが今更取りあげなくてもテレビや各地、ネットや他のブロガーが語るでしょうが。

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詳しくは述べる必要ないと思いますが、世界で初めて人間相手に落とされた原子爆弾であり、この後長崎に落とされたものを含めて、この日本という国は現在、歴史上最初で最後の原子爆弾の被災地となります。

この一発の爆弾により当時の広島市の人口35万人(推定)のうち約14万人が死亡しました。

よく誤解されがちですが、この広島の原爆は爆弾が地面に直撃して爆発が起きたのではありません。

実際に核分裂による爆発は地上より高度約600メートルの上空で起きました。
たまにこの時の光を第二の太陽というように表現される記事がありますが、あながち間違ってもいませんね太陽もまた核分裂による爆発をし続けてる存在ですから。


突然ですが私は数年前失恋しました

失恋したときは苦しくて辛くて、早く時間が解決してくれることと、自分が忘れてくれることを願いました。
どうやら人は辛いことを忘れられる生き物みたいですね
おかげで今は全然悲しくも苦しくもないですwむしろ良い経験だったと思ってます。

で、この感覚を自分の子供にも伝えようと思います。

まず不可能ですねw

この感覚が子供に伝わるのはきっと子供が失恋した時のみでしょう。

そして核兵器がやばいものだと本当の意味で伝わるのも、私たちの子孫が核兵器を使った時のみなんでしょう。

原爆と失恋を一緒にしようというのが間違いかと思われますが、私は同じだと思っちゃってます。原爆の悲劇を私たちは具体的に感じとれないのだから。

原爆投下は1945年です。たった64年くらい前です。どう考えてもそれほど過去の出来事でもないし、被爆者で現在生きてる方もたくさんいます。

ましてや関心を持ちにくい「海外」の出来事でもありません。

でも私にとってこの事件はすでに「歴史です」。言葉にすることは出来ても、心のどこかは「自分たちとは関係ない出来事」のようにしか感じ取れません。

どっかの国の戦争で何万人亡くなりましたというニュースを見ても、ぼーっと聞き流してしまう感覚に似ています。
瞬時に惨劇の全てをまともに受け止められないで、他人事のように見聞きしてしまいます。
なんでこんな感覚になってしまうんでしょうか?

ちょっと、
ゾッとしました。

たった64年前です。1、2世代進んで私たちの世代になるだけで、こうも変わるんですね。

いまでこそ、この程度にしか考えられない事件です。これから自分たちの子、孫の世代後、何世代持つか分かりませんが、確実に風化して完全に「歴史」そのものとなるのではないでしょうか。

私もよく使いがちな言葉ですが「悲劇の歴史は繰り返す」って言葉がありますが。

悲劇が起きた後にしか意味を持たないので、むかつく言葉ですね。

でも・・・たしかに、こうなると納得せざるをえないですね。

こりゃあ繰り返すわ。たしかに・・

歴史は繰り返す。嫌な言葉です。
絶対に対抗してみたくなりますね。

経験するからこそ学べるものなんてのは当たり前、むしろちっちゃな不幸なら経験してなんぼって感じですよね。でも経験した時点で終わってしまう不幸もあります。

人は経験しなくとも学べる、そんなこともあってほしいです。

悲劇を風化させずに繰り返さないために将来に伝える方法。何か無いものなんでしょうか

いや伝えるまでも行かなくとも、せめて現代の私たちと同じ感覚を将来までずーっとキープしていくことが
出来ないものでしょうか。

ちょっと大袈裟に書いてしまいましたが8/6くらいはこれくらい書いてしまっても罰は当たらないかな

失恋したときのように都合の良いことだけ忘れることが出来るのに、都合の良いことだけ覚えていること
は出来ないんですかね。


黙祷・・・