話はちょっと戻りますが、いつも札幌へ仕入れに行く時に通るルートは気分で変えたりしますが
だいたい同じ。
今は”新佐呂間トンネル”をとおり遠軽方面に抜けて丸瀬布から高規格道路で行きます。
以前は、ルクシ峠を通っていました。
新佐呂間トンネルを通るときにいつも、ルクシ峠で起きた事故を思い出します。
どのくらい前でしょう、10年以上立つのでしょうか、
ルクシ峠の斜面が崩れて、1台の車がその土砂に埋もれ若い男性と女性が亡くなりました。
その事故後、より安全なルートの確保のためトンネルの工事が始まりました。
そして、工事中には竜巻が工事関係者と住民が被害にあい数名命を落としました。
そんな新佐呂間トンネル を通るとき いつもそれらの事故を思い出します。
私には霊感が無いので、何かを見たりとかはありませんが、ありがとうと思いながら通ります。
ありがとうは変かもしれませんが。
話はとびますが、開拓の時代の北海道の道路は囚人、外国の人などが過酷な作業の強要でできたと
確か、学びました。
人柱も当たり前だったようです。
普通に使わせてもらってる道路ですが、先人があってのこと。
たまに思い出し感謝も必要かな。
そして、話は道路から離れまして、当店を見ても、札幌の市場などを見て、新聞を見たりしてもやるせない
経済状況ばかりが強調されて、実際は自分の足元を見ていないのではと思います。
最近宇田先生のブログのあの記事 が頭をよぎります。
世の中、不景気で、安易な賃下げや、人員を・・・
というようなことが、あまりにも安易にされすぎてる様なところがあるのではないかと・・・
まず、目の前の問題、いまこぼれ落ちているお金に気づかずに、違う努力をせずに見当はずれな解決策にしか頭が回らないのはどんなもんでしょうか。
人の話を理解しようとしない、忌憚無い意見をどうぞといい、言うと怒り出す、やがて誰も物を言わなくなり、
言われないと自分が肯定されたと思い、理解者の手を離したり・・・
そんな状況が日本中を襲ってるのかな?
なんて、今日は愚痴りました。
kay

















































































