朝、鏡の前で髪をとかしていた時のこと。

朝日に照らされて、

前髪のあたりの白髪が、

きらりと光りました。

 

若い頃の私なら、

大あわてで隠していたと思います。

白髪を見つけるたびに

「ああ、また老けた」とため息をついて。

年齢を重ねることは

「失っていくこと」だと、

どこかで思い込んでいたんですね。

 

東洋の学問では、

人生を自然の巡りになぞらえて

考えるんだそうです。

春に芽吹き、

夏に葉を茂らせ、

秋に実り、

冬に蓄える。

 

外に向かってぐんぐん

枝葉を伸ばす季節もあれば。

外側の派手さよりも、

内側にじっくりと「実り」を

蓄えていく季節もある。

 

その話を聞いた時、ふと、

木の「年輪」を思い浮かべました。

 

年輪って、外からは見えませんよね。

でも木の内側には、

暑い夏も、寒い冬も、嵐の年も、

一輪ずつ確かに刻まれている。

あの輪があるからこそ、

木は太く、強く、

立っていられるのだそうです。

 

私の白髪も、同じかも。

悩んで眠れなかった夜も、

泣きながら歩いた帰り道も、

それでも朝になったらちゃんと起きて、

ごはんを食べて、生きてきた五十年。

この一本一本は、その時間が

私の内側に刻んでくれた「年輪」

なんじゃないかなあ、と。

 

そう思ったら、

鏡の中できらりと光る一本が、

少しだけ誇らしく見えたんです。

 

染めるのも、染めないのも、

どちらでもいいと思うんです。

ただ、白髪を見つけた朝に、

ため息の代わりに

「また一輪、増えたね」と

心の中でつぶやいてみる。

それだけで、鏡の前の時間が、

ちょっと優しくなります。

 

あなたの内側にも、

あなただけの「年輪」が、

ちゃんと育っていますよ。

梅雨が明けて、

太陽が本気を出し始めましたね。

カレンダーを見ると、

明日は「土用の丑の日」。

うなぎを食べる日、

というイメージの方も

多いかもしれません。

 

若い頃の私は、夏バテなんて

気合いで乗り切るものだと思っていました。

体がだるくても「怠けちゃいけない」と

自分にムチを打って、

予定をぎゅうぎゅうに詰め込んで。

そして案の定、夏の終わりに

どっと寝込む。毎年、

その繰り返しでした。

 

東洋の学問を学んで知ったのですが、

昔の暦には

「季節の変わり目は、無理をしない時期ですよ」

という知恵が、ちゃんと

組み込まれているんだそうです。

土用は、まさにその代表選手。

夏から秋へ、自然界が大きく

舵を切る準備期間だから、

人間も新しいことを始めたり

頑張りすぎたりせず、

静かに過ごすのがいい時期なんですね。

 

私はこの時期のことを、

勝手に「お休み予報」と呼んでいます。

 

天気予報で雨マークを見たら、

傘を持って出かけますよね。

それと同じで、暦が

「そろそろ充電の期間ですよ」

と教えてくれているなら、

素直に歩くスピードを緩めればいい。

予定を減らして、

早めにお布団に入って、

大威張りで省エネ運転をすればいいんです。

 

「休むこと」に罪悪感を持っていた昔の私に、

教えてあげたいくらいです。

休むのは怠けじゃなくて、

次の季節に向けた

「根っこの手入れ」なんだよ、って。

 

外は連日の猛暑です。

どうか、頑張りすぎませんように。

 

この夏は暦の「お休み予報」に甘えて、

少しだけ、自分を緩めてあげませんか?

「今年は帰ってくるの?」

という電話の向こうの声に、

心がきゅっと重くなる。

そんな方も、

いらっしゃるのではないでしょうか。

 

若い頃の私は、親戚の集まりが苦手でした。

「まだ独身なの?」「いい人いないの?」

という悪気のない一言に、笑顔で

「そうなんですよ〜」と返しながら、

心の中では小さく傷ついて。

帰りの車の中で「どうして私ばっかり」と、

悲劇のヒロインの席にどっぷり座り込んでいたんです。

 

東洋の学問を学んで知ったのは、

人はそれぞれ、生まれた時からの

「初期設定」が違うということでした。

桜は梅にはなれないように、

結婚して家庭を築くことで

花開く人もいれば、

ひとりで根っこを深く張ることで

花開く人もいる。

 

どちらが上でも下でもなく、

ただ「違う」だけなんですね。

 

そう分かってから、

親戚の集まりが少しだけ面白くなりました。

「まだ独身なの?」と言われたら、

傷つく代わりに、そっと

「名探偵の帽子」をかぶるんです。

ああ、この人はきっと、

「結婚=幸せ」という地図の上を

歩いてきた人なんだなあ。

この言葉は、この人の地図から

出てきているだけなんだなあ、と。

 

そうやって観察する側に回ってみると、

不思議なもので、言葉の矢が

刺さらなくなるんです。

相手の地図と私の地図は、

そもそも別の地図。別の地図の「正解」を、

私の道に当てはめる必要は、

ないんですよね。

 

今年のお盆、

もし気の重い集まりが待っているなら。

悲劇のヒロインの席をそっと立ち上がって、

「名探偵の帽子」をかぶってみませんか?

案外、面白い発見があるかもしれませんよ。