6週目(基礎体温での排卵日から数えて)で流産した場合、子宮内容除去術は必要ないのかしら。
昨日から出血が続いて、ある程度の塊も出てきてるけど。

子宮内がきれいにならないと不妊症になると言われてるから、本当に怖い。


もちろん、不安になるような病院ではないので、信頼するしかないけど。

調べれば調べるほど怖くなって、ますます子宮がキューってなる。イタイ。
そろそろ買い物に出かけようと支度を始めたところ、地震が襲いました。

10年ほど前に地元で芸予地震で目の前のショーウィンドが崩れ落ちてから、揺れの後の頭痛や吐き気は付き物になっているけど、今回は大きな揺れが次から次へと来るので、その症状を自覚できないほど恐怖に怯えた。

台所はワイングラスなどのガラスの破片で足の踏み場もなく、本棚からはものが落ち、スピーカーが倒れた。スピーカーが壊れてないかはまだ確かめてない。


1回目は怖くて、泣き叫んでしまった。近くの道路では車のクラクションが鳴りっぱなし。
2回目は、赤ちゃんいるんだし、頑張らなくてはと思った。
3回目は、さすがにもうダメなんじゃないかと思った。消防車が何台も走り去っているのがわかった。

コンビニはすぐに在庫がなくなって、スーパーは閉鎖。
水も電気もなく一晩過ごして、電波が弱いため、夜中に屋外へメールしに行った時の星空は忘れない。



翌日 土曜日

社宅の中庭にある、前日唯一出ていた水道も機能しなくなり、近所の避難所小学校へ水汲みに。
分担して閉鎖しているスーパーが炊き出しと無料配布、一部の商品の売店をしているとのことで、1時間以上並んだ。

確保できたものと、各家庭の冷蔵庫にあったものを持ち寄って、バーベキューのようにして分け合った。
簡易コンロと圧力なべでご飯を焚いている人もいた。

14時すぎごろ、電気が通った。
そこで初めて、被災地の鮮明な映像を見て、言葉は出なかった。

ダンナの大学時代の友人の奥さんは、いわきと相馬出身だったため、心配していたところ、家などはなくなったが、無事だという。本当によかった。


夕方、ようやく水道が復旧したので、急いでお風呂を沸かし、散乱したガラスを片づけ始めた。

 
3日目の日曜。

ダンナたち社宅の男性陣は、仕事にならなくなってる会社へ行き、片づけを始めた。
警備員の方は、会社ビルの鍵をあけるために、朝5時から3時間かけて徒歩で駆けつけてくれたらしい。
お昼を調達しようがないので、私たち女性がおにぎりの差し入れを届けることになった。
我が家はお米足りなかったので、すこしでもおかずになるようなものを届けられたらと準備した。

ガラスの破片は本当にいろんな所に飛び散っていて、扱いや保管を考えなおそうと思った。

そのあとは、数時間営業してくれたスーパーへ。
本来なら、東京へ行って、友人夫婦の結婚式に参列する予定だった。
鉄道も道路も遮断されているので、上京できる環境ではなかったけれど、
行きたかった気持ちは大きいけれど、ここを離れていたら、最低限の生活の確保もできなかったと思う。

出張で東京からここへ着ていた会社の人が、帰京できなくなり、単身者宅へ避難していたので、多めに作ったお昼をおすそわけしてきた。かなり疲労されている。


そして今日、3月14日

もともと、病院に行く予定だった。
午後、輪番停電の対象地区だったので、診察してくれるのか確認したうえで、午前中に行こうと思っていた。
朝食をとり、ダンナを見送り、トイレにいったとき、

出血していた。
下着についているのを見て。

少量の出血のようではなかったので、ダンナに電話。
急いで帰ってきてくれたダンナが病院に電話してくれて付き添ってくれるということに。

指定された時間まで安静にとのことだったけど、気になって怖くて、
復旧した水が濁っていたのに、そのままお風呂や洗濯で使ってしまったのが悪かったのか、
母から重いものは持たないようにと言われたのに、昨日の買い物が多すぎたのか、
諦めなくてもいいのか、


結局出血が多いが、自然に流すのが今後のためにも一番いいだろうということで、様子観察。
金曜日に再度行くことになった。

泣いた。
診察出てからも、人目もはばからず。

先に車に戻っていたら、ここでも地震。
緊急地震速報が届く前に揺れた。
片側の前輪・後輪が地面から離れて揺れるのが見えたし、感じた。

5人に1人は経験するし、母体への負担をなくすためにも流産はある、と説明されても、
悲しすぎる。

楽しみにしていたダンナにも申し訳ない。
報告していた母と妹にも心配かけてしまう。

でも、流産を経験したという、大学の先輩にも、社宅の奥さんにも、いい時期を選らんで、また来てくれるって声かけてもらって、前向きにならないとと思いつつある。

妊娠をほとんど報告してなかったから、いきなり流産のことを相談もできず、引きこもっていたから、本当にありがたい。

乗り越えたら、母親への成長を少しでもできるかな。



これで、私自身の健康と安全を考えるだけでよくなった。
何かしたいと思っていたので、災害ボランティアででも、協力できたらと思う。


6週間だけだったけど、来てくれてありがとう。
また来てくれるのを、ゆっくり楽しみに待ってます。
3月 8日

もしも流産になっていたとしても、ちょっとの間でもママになれたわけだから。

フライングもいいとこだけど、「初めてのたまひよ」を購入。



週末は結婚式。神前式だし、母の着物を着るつもりだったけど。
どうしたものか。
ウィメンズパーク等のクチコミサイトで検索したら、着物自体は流産に関係ないと言ってるけど。
無理したら赤ちゃんに悪影響だし。
どうしよう。