よくなる時も悪くなる時もだんだんなんだなーと思ってたけど、


らせん状って確か浅見帆帆子さんも言ってたけどほんとそーかも。



こないだ4年ぶりくらいに昔の会社の人からLINEがきた。


何人かでトークしたんだけど

もーその会社にいたときとは私違う


その中のメンバーに

同じくその会社をやめてて、

めっちゃネガティヴで、私に感情をぶつけてきて

「ごめん、わたし、あなたのそれをぶつけられても無理なんだ💦」と伝えてから

返信もなく、それきり、消えた人がいた(笑)


その人とも2.3年ぶり。



普通に会話して、わたしがいま楽しく働いてることをよかった❤️と喜んでくれた(いい人だから、過去友達だったんだよね)。


これから交流が再開することはおそらくない。

私はしないし


こーいうこと、たまーにあるよね。


再会を喜ぶも、もうしっくりこない、、



その人は、3年前と同じことを言っていた。


それに出会った私も、もう反応しない。


同じ出来事、同じ風景を見ても、自分の視座が上がっているって事なのかな、、?


らせん状に、ゆっくり周りながら、上がっていってるのかもしれない。



人生は、私の人生を、安定するよーに、安定するよーに、

その為の出来事を起こしている。


(自分(や、自分の価値)をしんじたとき、いつも安定する結果や展開がくる。

それはそれが″自然なこと″だからなのかもしれないな)



ここは地球、3次元だから、歩いていくのは自分で、ステップを経ながら、

新たな景色がその都度見えてくる。


そこから後ろを振り返れば


ああ、必要なことだったんだ、と見えるんだ。



広く、高くなった目線から見えるものは前よりも広範囲だよ。


そして、その地点から成長しないといけないわけではない、


でも、成長するほど、きっと、楽に生きられるようになっていって、素晴らしい世界も知り、受け取れる器が広がっていく