今日、学校で最近出会った友達と
お茶していて、
とーっても頑張り屋さんの同い年の女性なんだけど、
私、だいぶ、楽な生き方へのシフトをしてたんやな、と思った。
色んなことを頑張ってる彼女、主婦でもあり3人の子供の母でもあり親思いの娘でもあり、、。
もうさ、褒めまくったよ、わたし。
凄いんだもの。
人のためにあれやこれや。
結構いつもしんどそう。
そしてね、あぁ、これが正しいのかも…
って、正直、思った自分もいたんだけどね、
私は、
そっちじゃない幸せを望んだんだった。
💐
頑張り屋さんで、周りから、えらいね、すごいね、って褒められて
(だけど、身近な夫とかと、あんまりうまくいっていなかったりする)
そういう人より、私は、ずるいって思われるような、それか、あれは例外だからと外されるような幸せ(自分がそれを思っていたんだけどね)を、
そういう生き方をしたいと思って、今まできたのだった。
実際は、ズルいわけではなく(一面ではそうなんだけど)
その人が人に与えてるものとか、
その人の愛の意味とか、
楽に愛されて生きる覚悟とか
怖さを越えるとか。
人のために頑張る頑張り屋さんと、
生き方が違うのと、さらに、レイヤーが違うような気がするんだけど、
「私、頑張ってるんです」って生き方と、いつのまにか、かなり離れていたみたい。
彼女に本気で称賛を送ると共に、
私が目指した道を客観的に少し見れた。
🌸
(自分の思う)幸せな人を見ること。
それが、自動的にその幸せに自分も連れてくルートだし、その過程で都度、怖さを越える事も必要だし、
良い悪いじゃなく、生き方の好み、だね☺️
恋愛では割と素でいられるようになったけど、それ以外の仕事や友達関係では、
まだ〝一生懸命“になる私・・・。
ま、いっか😊