昔から、女性の書くエッセイが好きだった。


さくらももこ、室井滋、蝶々さん、

浅見帆帆子さん、


その他にも。


10代や25歳くらいまでの私は、静かにわくわく、読んでいた。


ブログが好きなのもその感じかな。



今思えば、私、自由な女性が好きだったのよね。



自由って、まず、自分で本を出したり、仕事があること。


物を書いてること。


そんな場所があること。


そして、その大前提はあるけれど、色々、日々、豊かな人。


当たり前だ。


そうでないと、エッセイなんて、書けないよね(笑)



結婚は、私にとって、全く「不自由」とは思っていなくて、むしろ、自由、だった。


自由に生きてる女の、人生の豊かさのひとつ、て認識だったんだと思う。



不思議だけど。

私の母は、専業主婦で、働いていなかったのに。

そして、多分それが性に合っていない人のように思う。いきいき働いたり、はたまた主婦を謳歌したり、そのどちらでもなかった。


私の結婚観は、あまり親に影響されていないのかもしれない。



これまで働いてきて、

昔は自分も当たり前に受け入れていた男社会のことを、最近は、考えるようになった。


セクハラやパワハラにもあったし、そのせいで私が会社を辞めたり、


は?


って、今やっと思える自分だけど、当時は自分を責めてたなぁー。

そんな事も一通り経験した。


「あそこがおかしかった」ではなく、こうなる自分が悪い、と、思っていた汗 ←思い込み。。



で、そんなおじさん達を今どう思うか?というと、全然、意識が行かない。



済んだ人達だからだ。



その人達は今もこの先も生きてるんだろうけど、

終わっているし、興味がない。。もてない。


だって、新しいものや〝今”のものは、沢山あるから。



自分の内側が繋がってくると、

そことは一切違う世界があることに気付いてきて、



そして、外の現実世界も、ひとつじゃなく、何個もあるんだなーと思う。


認識できる分も、できない世界も。