5月渡韓最初の観劇です!
珍しく、そして週末渡韓組にありがたい金曜16時公演。
難しいと聞いていて、演劇だし音楽も無いので見るかどうか迷いましたが、せっかく枠があるのだからということで行ってきました。
大学路の舞台と役者がモチーフになった映画【メソッド】の劇中劇というのも興味をそそりました。
今回の渡韓、個人的な事情ですが持病治療の関係で渡韓スケジュールを組むのがとても難しくて…
期間限定ですが今は食べる物にも制限があるので、しばらく韓国なんて行けないかとも思いました。
でもなんとか捻出した今回の渡韓なので、1つでも多く作品をみたかったんです。
そして、観劇前にお友達からこの作品についての解釈を教えてもらっていたので、それがかなり理解の助けになりました。
ブログ記事を共有する許可をいただきましたので貼らせていただきます。
以下 リンク先も含めてネタバレ注意!
まずはこちらの記事を…リンク そらいろ生活 様
私はこれを読んで、この作品を見たい気持ちがかなり高まったのです…!
あ、この先の私の感想ですか、ある前提を持って観劇を進めたため先入観による理解の偏りがあることも予めお詫びしておきます。
特に解説はできていませんし、未見の方が読むとわけがわからないだけでなく変な先入観になってしまうので、読まない方がオススメかもです。
さ、では。
私、TRACE UにしろINTERVIEWにしろ、そっち系のオチ(仮)が大好きで\(^o^)/
そういえば自分が心理学専攻だったということを思い出します(笑)
2019.5.24 16時
アンチェイン

マーク チョンソンイル
シンガー キムデヒョン

冒頭、椅子に手錠で拘束されたマーク。
あとから考えればここでなぜ革のジャケットを着ていたのか。
ほかのシーンはスーツ姿なので違和感がありました。
黒シャツノーネクタイのときもあれば白シャツネクタイ有りのときも。
きっと理由があるのでしょうね…何度も見て解釈を探りたくなる…こういうのを沼というのでしょうか。
シンガーはラフなTシャツにロングカーデ。
デヒョンさんで見たので、ロングカーデを着られるとTRACE U を思い出して仕方なかったです。
この2人の関係性がコロコロ変化してくのがとても不思議で、置いていかれないように必死だったけどなかなか歯の立たない作品でした。
フライヤーには、“失踪したマークの娘を見つけるために必要な情報であるシンガーの記憶。しかしその記憶はこまぎれ。2人の話す真実と嘘のせめぎあいの中で事件の真実を探る”みたいな感じのことが書かれていました。
正直これはお友達に解釈を聞いてなかったらハテナだらけでついていけず、自分なりの理解もできず、放棄したと思います。
混乱する理由として、どちらが優位に立つのかがよく変わるのです。
シンガー優位だったりマーク優位だったり。
ときには対等で恋人同士のような親しみも見せる。
最後にシンガーが出てきた時はマークと同じスーツのジャケットを羽織っているんですよね。
これも理由あるはず…あぁ自分の語学力と観劇感度の悪さに障壁しますほんとw
ただ、この作品は言葉がわかる人の間でも解釈が分かれ、正解も無いというような事を聞いたので、好きなように理解してみようと思います。
これから感想(?)を書いていく大前提として、私はこの2人を同一人物、もっと言えば、解離性同一性障害(多重人格障害)の人格の一つ一つとして理解しています。
この解釈は私がミュージカルINTERVIEWを見たために結びついてしまった前提かもしれません。
1人の中にいくつかの人格が存在し、それぞれを認識し、それぞれに名前があり、コミュニケーションも取ることができる前提。
この先はこじつけ暴論注意です(笑)
舞台は精神世界の中。
解離性同一性障害(多重人格障害)の精神世界。
暖炉(火)は全てを忘れさせ、消すことのできる“削除”の象徴。
拘束は“抑圧”。主人格に出させないための拘束。
砂時計は“交代・時代転換”。
無機質なセットと舞台中心に大きく存在する象徴的な暖炉がいろいろな想像を助けてくれます。
私が思う主人格(物理的に存在している人物)はマークです。
マークの中の交代人格として、ウォルターとシンガー、その他がいるのかな…と最初は思っていました←
ややこしいのが、1人の人間を2人の役者で表しているもんだから、役がころころ変わるのです。
マーク役の役者さんは、マークはもちろんのことウォルターになったり、回想場面ではシンガーの父親になったり。
シンガー役の役者さんはシンガーだったり幼き日の回想だったり、ある時はマークと名乗ったり。
場面の切り替わりはハッキリと暗転していたり一瞬だったり、色々でした。
シンガーは冒頭、自分がマークの妻クレアを殺したと告白し、拘束されているマークは取り乱します。
しかしすぐにマークは手錠を自ら外して形勢逆転。
シンガーに陳述書を読んで事件の記憶を取り戻すよう迫ります。
気になったのは、シンガーが読む陳述書に「僕は離婚後、愛する男性と同居中です。」って書いてあったこと。
この陳述書にシンガーは身に覚えがなさそうだったので、誰が書いたものだったのでしょうか。マークが仕掛けたもの?
シンガーはウォルターを愛しているけど、
ウォルターはシンガーを愛してはいない。
離婚?同居ってどういうこと。人格の同居ってことでいいですか?(暴論)
マークの妻クレアと娘ジュリーは人格というわけではなく存在しているかなと思いました。
クレアはウォルターの別人格の存在を拒絶し、娘には「近寄るな」という。
ジュリーは別人格を「おじさん」として存在を認めて交流していた?
マークが形勢逆転して優位にたった時、たしか“サイコドラマ”という単語が出ましたね。
サイコドラマ(心理劇)は心理療法の一種ですが、自分の事や考えている事を即興で演じてみることで客観的に認識したり自覚したりする機会となる方法のことですね。
演じること自体がセラピーとなります。
マークはこの方法でシンガーの記憶を取り戻そうとしたのでしょうか。
シンガーの発言を“教授”という人に報告しているような様子もありましたが…。
…となると心理療法を受けているのはシンガー、治療者(サイコドラマの監督もしくは補助自我役)がマークで別の人物?とも考えられてこの時点で私の大前提が崩れますね(笑)
お友達が見た時は治療者がシンガー、治療を受けているのがマークという見方もできたようなので、どれだけ理解に幅がある作品なのかよくわかります。
同一人物説を考える理由として1番大きいのは、やはりシンガーにつけられた傷跡がマークにもある事ですよね。(こういうのトレイスユーで見た!)
虐待を受けた記憶のあるシンガー。
シンガーの父親が殺したという多くの子供。
私はこの子供たちも人格の一つ一つで、暖炉に投げ入れて殺される=人格を消す(治療する)ってことなのかなとも思いました。
マーク役の役者さんががシンガーの父親らしき振る舞いをしているとき、シンガーに向かって「お前は誰だ?ウォルターか?」って聞いていたのが印象に残ってます。(ちなみにシンガーは「マーク」だと答えてた。)
記憶違いかもしれないけど、「私の手でころしてやる」とも言ってたので人格を薬とかで消されちゃうやつなのかなーって。
このへんは私がトレイスユーに理解の影響受けてるな(笑)
シンガーのセリフで「子供や仔犬みたいに、愛される存在が嫌いだ。愛には限りがあるのに、理由もなく愛されるやつがいるから僕みたいなのが生まれるんだ」っていうのが印象的。
ウォルターを愛しながらも、自分自身はめちゃくちゃ愛に飢えてる存在ですもんね。
愛を乞うシーンの悲痛さが刺さるやつです。
シンガーも暖炉に入れられちゃってた気がしますが、ということは消されてますよね?
でもそのあと、何事もなかったようにシンガーは戻ってくる。
それも謎です。
シンガーは死にたい(ループを終わらせたい)と思っているようだし…
私が思った前提を無理矢理押し通すとすれば、人格の統合や記憶の共有が進んでいった結果、やはり心が耐えきれなくなってループするように冒頭に戻ってしまうのかな…とかも考えたりしました。
最後、シンガーがマークと同じジャケットを着て出てきてマークより優位に立っているのは、主人格にとりかわったとか、主人格との統合が進んでいってるとか、色々考えることもできそうです。
それまでは教授と電話してたのがマークだったのにシンガーに変わっていますしね。
韓国語を単語で拾うレベルの私には理解が難しくて、他にも疑問なポイントが死ぬほどあります。
教授と電話で話しているのは何を表しているのか?(心理的な治療を受けてる?教授は医者?)
時々鳴る金属音や耳鳴りのような音は?
子供の存在とは?
ジュリーは結局?
最後に“子供に名をつける”意味は?
そもそも答えはあるのか?
なんなら後半は疲れて単語も追えてなかったので考えなきゃ行けないことが何なのかもわからない。
考えれば考えるほど難しくて、矛盾が出てきたら考え直す必要があって、でもどんな前提で見てもきっと矛盾からは逃れられない。
なんなら俳優によって、そして上演回によって演じ方も設定も違って見えるらしいし、もうこれは…
【考えるな感じろ】案件ですね(暴論)
その時々の役者の演技を感じ取って、「あ、もしかしたらこれはああいうことなのかも!?じゃああの場面の意味は…」って、その過程自体を楽しめば良いのでは?(私は苦しんだけど)
2人の俳優の演技と空気の緊張感をそのまま受け入れて楽しめばいいのではないかと。私は思います(何)
過程自体が大事なのはサイコドラマも同じですし(こじつけ)
俳優さんの話をすると、この作品は二人芝居だし関係性がころころ変わるのでいろんな演技が見られて面白かったです。
シンガー役のデヒョンさんの演技が結構好きだなと思っていたのですが、今回がっつり見れて嬉しかった。
マークを脅迫しながら時々ニヒッて楽しそうに笑うのも良いし、カッターを手に狂う姿もいいし、ウォルターに甘えるような仕草もかわいいし、マークの首を締める真顔も素敵です。
マークに怯える姿も良ければ、絶望の真顔も良い。
愛を乞う姿がやっぱりとても好き。
あとキスと見せかけてマークに舌を噛み切られた?ところでシンガーは血を吐き出すんですが、最前列で見ていたのでほんと血を被るかと思いましたね…
デヒョンさん大熱演なので汗もすごくて、こんな大熱演を間近で見られるなんてとても貴重だなと。
最前列だと舞台と目線が同じくらいになるので首が辛いかもしれませんが、舞台全体を何の遮りもなく見渡せるので精神世界(仮)の中に引き込まれるような感覚を味わえました。
ただしカッターの先とか火箸の先とか拳銃の先が容赦なく目線の高さでこっちを向いてきますので、先端恐怖症の方にはオススメしません(笑)
お母さんのメトロノームのくだりで号泣するソンイルさんも印象的だったなぁ。
ソンイルさんは色白でいらっしゃるので、シンガーに首を締められた時には顔や耳がすぐ紅潮するのが見えてリアリティがありました。
冷たい口調もかっこよかった!

この後はソワレが待っていますので、切り替えなきゃね!
到着日の金曜日にさっそく2本の舞台を観劇だなんて、贅沢で幸せです



