吉田拓郎の歌(サザンオールスターズ)cover by WATARU
※以下YouTube概要欄からの添付です。
1985年発売サザンの8作目のオリジナル・アルバム『KAMAKURA』
サザン初の2枚組のオリジナル・アルバムで総レコーディング時間に1,800時間を費やした大作です。
そのアルバムに収録されたこの「吉田拓郎の唄」は名指しのタイトルや歌詞の過激さで不仲や対立関係など噂好きな一部マスコミなどが取り上げ話題になりましたが真相は全くの逆。
若き桑田青年がオリジナル曲を作ろうと思ったきっかけは、テレビCMから流れてきた拓郎さんの曲だったくらい「吉田拓郎」をリスペクトしていて、当時吉田拓郎さんが突然の引退宣言をし、それを聞いた桑田さんがもう一度奮起して欲しくて書いたのがこの曲です。
実際その後拓郎さんは1988年に引退を撤回。
今年2022年の夏、拓郎さん最後のアルバム「ah-面白かった」をリリースするまで本当に永きにわたり大活躍し続けました。
もちろんこの曲発表後の当時から桑田さんと拓郎さんの交流は続き、
拓郎さんが癌告知を受けた2003年、
その年のサザンの『流石(SASが)だ真夏ツアー!』では当時肺がんの手術を受け療養していた拓郎さんを励ます目的でこの曲をセットリストに組み…
「涙の辛さも教えずに 一人男が死ぬ⇒酔いどれ姿もいかしてた そんな男がいる」
「唄えぬお前に誰が酔う やがて闇に消える⇒今でもあなたの歌声が 胸を熱くさせる」
など原曲とは逆に拓郎さんを称える歌詞へと変更されたバージョンで歌われました。
それからも桑田さんがそのエピソードを語ったり、拓郎さんが桑田さん及びサザンの才能や影響力を称えるといった良好な関係が続いています。
拓郎さんは2022年今年の夏『LOVE LOVE あいしてる 最終回・吉田拓郎卒業SP』で芸能活動を終了・引退を発表。
その番組を見た僕はcoverするなら今しかない!と思い…
今回のYouTubeアップになりました。
当時の桑田さんは若かったのもありますが発言や歌詞は今よりももっと尖っていたし…
時代背景も含め社会派の歌詞や歌を作る事で新しいステージでの音楽活動を模索していたんだと思います。
そしてここからは僕の憶測ですが…
この歌の中にある言葉の中には当時の音楽業界における桑田さん自身への「未来への不安」も表しているのかも? そんな事を思いました。
ロックの花形がギターだった時代からシンセサイザーの登場によりキーボードが主流になった80年代後半の音楽業界。
流行りのテクノサウンドの中には歪んだ大胆なギターのリフもギターソロも…
アコギを力いっぱいストロークして叫ぶ熱い心の叫びもありません。
ギターを手にしロックミュージシャンを目指した当時のギタリスト達は その早すぎる時代の変化に戸惑い、消化不良のまま終わるかもしれないギターロックの世界に翻弄し自分たちの居場所を探していました。
桑田さんもまたビートルズやボブディランなどに影響を受けギターをかき鳴らして音楽の世界へと導かれた一人。
そんな時代背景の中に制作されたサザンのアルバム「KAMAKURA」はやはりシンセサイザーによるアレンジがたくさん盛り込まれており、サウンドメイキングにおいて明らかに違う世界への挑戦を感じる事ができます。
そんな折でのまさに日本のフォークの時代を作り上げた大功労者 「吉田拓郎の引退宣言」を聞いた桑田さん。
本来自分を導いて欲しいはずの大先輩までもが「引退」してしまうなんて…💦
哀しくもむなしくも… やりきれない不安を重ねた桑田さんはこの歌に色々な想いを乗せて歌ったんじゃないかと…
表現とはなにか…
令和の今、コンプライアンスという枠組みに全てを押し込み、
問題を見えない所に置く事が正義のような風潮を作り上げてしまった現代において…
この曲を弾いてみて改めて「現代の表現の在り方」とは?
そんな事を考えさせられます。