人生100年と言われる時代だし、ありえないこともなかったんだな‥
実際には、もっと生きたいと願いながら、70代前半で、ガンに命を奪われてしまった大好きな父。
わたしがまだ高校生の頃、わざわざ百貨店まで行き、バレンタイン売り場に1時間以上並んで、父に大きなハートのチョコレートを買った。
当時、そのハートに、パティシエが溶かしたホワイトチョコで文字を入れてくれるサービスが人気ですごい人だかりだった。
事前にメモ用紙が配られ、そこに希望の言葉を書いておく。
ハートチョコに描く文字なので、確か短い言葉であるように文字制限があったと思う。
並んでいるほとんどの女性は、彼氏に贈るものだろう、ちらっと見える文字は、こちらが照れるくらい愛にあふれてた
はて、いっぽうわたしは‥
並んだはいいが、彼氏じゃなく父に贈る短い文字をなんと書こうか一瞬悩んだ。
が、次の瞬間パッと言葉が浮かんだ
わたしの順番が来た。
ドキドキしながら、メモを渡した。
そのメモをハートチョコの横に置いて、その言葉を確認しながら、ホワイトチョコでゆっくり文字を描くパティシエ。
きっと、わたしもラブラブな彼氏に贈ると勘違いされただろうなと、こころの中で苦笑い
でも、出来上がったハートチョコを見たとき、なんだろう、すごく父親孝行した高揚感があった

急いで帰ったわたしは、お父さんに近づいてピンクの可愛い包装紙に赤いリボンで包まれた、そのハートチョコを渡しながら言った。
お父さん、お誕生日おめでとう

父は驚きながらも、とても嬉しそうにそのプレゼントを開けた。
大きなハートチョコに、ホワイトチョコで、
永遠の恋人
と、書いてあるのが、父の目に飛び込んでくる。
ダークブラウンのハートチョコに、真っ白なその文字は、もう自分でも恥ずかしくなるぐらいインパクトがあった。
父は、「わぁぁ〜
ありがと〜
」と、満面の笑みを浮かべ、その文字をずっと見つめてた。
ありがと〜
」と、満面の笑みを浮かべ、その文字をずっと見つめてた。しばらくしてよほど嬉しかったのか、母を呼びつけ見せびらかせた
わたしは「美味しく食べてね♪」と言ったら、父は、真顔で
「食べるなんてもったいない。座敷に飾っておく」
と言い、その日から、本当に座敷の中心にある1番見えやすい棚に、デカデカとまるで表彰状のように飾った。
母がそれを見るたび、「早く食べないとねぇ」って呆れて言っていたが、その後、3ヶ月ぐらいは飾っていたな
結局、そのあと食べたと思うが、その辺は定かではない。
それより、あの「永遠の恋人」と書かれたハートチョコが、座敷のど真ん中に飾られていた風景だけがやけに記憶に残った。。
今日、主人にチョコレートを渡しながら、その話をしたら、「それは、お父さんうれしいわぁ〜!」といたく感動してた。
娘をもってない主人には、うらやましい限りだったようだ。
父は、亡くなる2.3日前に、わたしと妹を枕元に呼び、こう言った。
「もうわしはあかん‥何か聞いておきたいことはあるか?」
介護してる私たち姉妹にも、父の厳しい状態とお別れが近づいていることは重々わかっていた。
そんな中で、突然の父からの語りかけ、、、
覚悟してたのに、あらためて言葉にすると声が震える‥
搾り出すように‥泣きながら‥
「お父さんの人生は‥幸せな人生やった‥?」
と問うた。
父は、迷うことなく即座に答えた。
「あぁ‥幸せないい人生やったよ‥」
娘から見ても、父の人生は、いろいろあった。
大なり小なり、みんなそれぞれそうだろうけど、幸せな時もあり、苦難の時もある。
それでも、自分の終わりが見えたとき、「幸せないい人生だった」と捉えたことは、父を誇らしく思う。
そして、、、
娘にその言葉を残していく父の優しさでもある。
わたしも、いずれいつか逝く時は、「幸せないい人生だった」と思いたいし、家族にそう言い残したい。
父は、人生のすべての先生であり、尊敬する対象であり、大好きな人‥
やはり、
間違いなく、、
わたしにとっての、、、
永遠の恋人
なのである。