私事でお騒がせしてしまい、本当に申し訳ありません。

 

 私は、おおごとになるような嘘をついたことは一度もありません


 母と通報先にしか知らせていないこの自己満blogですが、

 2023年8月27日から追記している記事を全て見直してみました。

 訂正して付け加えさせていただきました記事もありますが、

 新たに改ざんされていなければ、

 私が訂正して記事にした文章です。

 誤字脱字が多く、申し訳ありません。

 

 どうか、お気を付け下さい。

 私のような被害に遭われる方が増えませんように…。

 

 

 

私事でお騒がせしてしまい、本当に大変申し訳ありません。 

 

私は、おおごとになるような嘘をついたことは一度もありません。

 

2023年12月18日、胸騒ぎがしまして、この「しゃぼん玉blog」を見直してみたら

再び改ざんされていました。

一部私が記述したものでない文面に改ざんされているようなので、

10月までの記事を全面的に信用されないで下さい。

 

気になることがありますので、保育士になりたいと思った頃のことについて追記したいと思います。

 

私は、非常勤の保育士として、今年3月から8月末まで保育園で就業させていただいていました。

肩こりや腰痛などの体調不良で8月末に退職させていただきまして、

現在、心療内科に通院しながら療養しているところです。

 

保育士になりたいと思い始めたのは、47歳になった年の2018年頃からです。

保育士の資格は持っていなかったので、調べていると

通信教育で勉強できることが判り、仕事をしながら勉強していました。

 

合格科目は、3年間持ち越せるとのことでしたので、

保育士の筆記試験を初めて受けたのは、2019年の4月の春の試験でした。

全9科目のうちの3科目合格でした。

信じていただけていないかも知れませんので、

恥をしのんで試験結果通知を載せさせていただきます。

2回目の筆記試験で、残りの6科目合格できるといいな。と願い、

2019年秋の筆記試験を見送り、

2020年春に受験しようと思っていたのですが、コロナ流行のため春の試験は中止になってしまい、

2020年秋の筆記試験を受験しました。

とても残念だったのが、50点満点のそれぞれ30点以上で両科目セットで合格しないといけない

2ケ1科目と言われている「教育原理」と「社会的養護」の

「社会的養護」を1問間違えてしまい、2ケ1科目を落としてしまったことです。

それも、余った時間で見直しをしていて、直す前の答えにしていたら合格していたので

とても残念でした。

 

7年務めたパン屋さんは、その年(2020年)の10月で退職させていただきまして、

以降、保育補助や保育助手などの短期のパートで働いたりで、

2ケ1科目を勉強することになります。

 

2021年春で3回目の筆記試験を受験しました。

イケてないのが、今度は「教育原理」が合格点に1問足りなくて落としてしまいました。

 

2021年秋で4回目の筆記試験を受験しました。

お勉強ができる方ではないのでお恥ずかしいのですが、

4回目も「教育原理」が合格点に1問足りなくて、

2ケ1科目を落としてしまい、

 

コロナの特例措置がありまして、

2022年春で5回目の筆記試験でようやく合格することができました。

2022年8月の実技試験に合格いたしまして、

保育士証が届いたのが2022年の10月でした。

 

今年の11月初旬、

保育士証が紛失していることに気がつきまして、

再発行していただきました。

 

私は両親と実家で世帯分離で暮らしていましたが、

保育士の試験に合格してまもなく、

保育士は全国で斡旋されていることもあり、

全国で調べてみました。

気になる園もありましたが、

両親が高齢ですので思い留まり、

その年の夏の保育士就職フェアで気になった園に応募させていただきまして

3ヶ月間就業させていただきました。

今は亡き母方の祖父母の家を思い出す昔懐かしい保育園で

頑張ろうと思っていたのですが、

ある日、

市内のカフェに母とランチに行く途中、車を当てられそうになり

事故りそうになったり、

保育園の職員の先生にもご迷惑がかかっているのではないかという

気持ちになりまして、

 

「ふる里に私の存在があると、返ってご迷惑になるのではないか…」

という思いが募り、

 

今年2023年1月、

34年前進学先でご縁をいただいた県外で就活させていただきまして

2月下旬に転出と転入を済ませて、

1月に1カ月半、マンスリープランのあるゲストハウス的なホテルに滞在しながら

6園ほど園見学させて頂きました保育園の中から応募させていただいた保育園に

3月から採用していただいていました。

肩こりや腰痛で、体調不良で8月末で保育園を退職しなければならなくなり、

大変残念でした。

 

今年8月、鍵の施錠の件で不信に思うことがあり、

警察の方には通報させていただいているのですが、

 

私が借りている借家に、

何者かが住み着いているような気配がして落ち着きません。

ふる里から、ご先祖様でない見えない存在が押しかけてきているのでしょうか…

 

私にはプライベートがなくなってきているような気がして、

落ち着きません。

 

' 私は神々様や指導霊や補佐の担当といった見えない存在が見えたことは一度もありません ’

 

現在休職中で、神様かご先祖様か誰なのか判らない不思議な声は時々聞こえているので

心療内科に通いながら療養しているのですが、

ときどき微かに聞こえてくる声が、本当のことなら

損害賠償を請求したいほどです。

 

私の家の住所は、身内や引っ越し先の元就業先の保育園だけにしか

知らせていないのですが、

私が働いて家賃を支払っている借家に住みつかれているような気がして

自分の部屋なのに、自分の部屋でないような空気になっていまして、

落ち着かず、気持ちが悪いのです。

 

私の家に来ないで下さい。

どうかご自分の家に帰ってく下さい。

 

 私に拘らないでいただきたいのです。

 

この自己満blogは、気分を害される方もいらっしゃるかも知れませんので、

 知らせているのは通報先と母だけです。

 

 ご心配とご迷惑をお掛けして本当に申し訳ありません。

 

 どうか、私のような被害に遭われませんように。

 

私などに拘りすぎないで下さい。

 そこに思い込みや勘違いがありませんように…。

 

 

 

 

 

 

 

 

私事でお騒がせしてしまい、本当に大変申し訳ありません。 

 

私は、おおごとになるような嘘をついたことは一度もありません。

 

2023年12月18日、胸騒ぎがしまして、この「しゃぼん玉blog」を見直してみたら

再び改ざんされていました。

一部私が記述したものでない文面に改ざんされているようなので、

10月までの記事を全面的に信用されないで下さい。

 

気になることがありますので、高校生の頃についてもう少し追記したいと思います。

 

私の両親の話からになります。

私の父は、昭和11年生まれで今年、数えで88歳の米寿を迎えることができました。

私の母は、昭和23年生まれで今年、75歳になりました。数えで76歳です。

 

私が子供の頃、父が話してくれたことがあるのですが、

父の母(私の祖母)は、父が生まれて間もなく、祖母が父を連れて祖父の家を出たそうです。

父は一度、叔父さんに連れ戻されて、叔父さんがみてくれたことがあるらしいのですが、

寂しくなった祖母が、父を連れ戻したらしいのです。

父は、連れ子になりました。

祖母は女手一つで父を育てなくてはならなくなりましたが、

戸籍謄本には、祖母の母(曾祖母)が一旦、祖母のことを引き取り養子にされています。

祖母は、働きながら転々とされていたようで、最終的に再婚されました。

父には異父兄弟が3人います。

父が何歳の頃から団扇職人の養父と過ごしていたのかなど、

詳しく聞いたことはないのですが、

父は、子供の頃「材木店」に働きに出ていたこともあるそうです。

父の最終学歴は小学校卒業です。

父は自分で考えて高校までの学業は修めようと思ったらしく、

夜間制だったか、通信制だったか勉強したとのことでした。

得意な地理や歴史などは単位が取れたらしいのですが、

最終的に単位が足りずに卒業証書はいただけなかったらしいのです。

父は実父と過ごしたことはないに等しく、

 

私が社会に出て働き始め、今になって父のことを考えると、

実父の背中を見て過ごしていないためか、

若い時から、「不安神経症」という持病があり、

母が大変だったことと思っています。

父は、私が言うのもなんなのですが、

大人になりきれていない部分もあるように思います。

 

母の最終学歴は高校卒業です。

私は、母と同じ高校を卒業し、

推薦していただいたこともあり、

県外の短大に進学することができました。

 

私は二人姉妹の長女です。

私には年子の妹がいます。

妹が姪っ子を連れ、シングルマザーだった頃、

殆んど母がサポートしてくれていました。

私も、小さなお子さんが大好きなので、

動物園や運動会に行った思い出があります。

妹は再婚して、甥っ子が生まれ

家族一緒に、ふる里で暮らしています。

 

私が子供の頃、両親が共働きだったので、

小学校、中学校くらいまで、

兼業農家の母方の祖父母の家で面倒をみてもらっていました。

週末と、夏休み、冬休みは祖父母の家で過ごしました。

私と妹は、外孫にあたるのですが、

親切で、優しい祖父母に面倒を見てもらい、

素直で大人しい子供だったと思います。

 

私が県外の短期大学に進学するにあたり、

借りることができた奨学金は10年で自分で返済しましたが、

初等教育と中等教育卒業の両親に学費等を工面していただき、

とても感謝しています。

私なんかを推薦していただき、

それほど期待などされていないと思うのですが、

ローカルな書道の賞状や、ポスターの賞状などいただいたことを

無駄にはしたくなかったので、

恥ずかしいのですが、分かりやすいお手本になれるようなモノづくりを目指していたように思います。

 

学生の頃彼氏ができなかったためか、

長女気質で心配性だったこともあり、一旦 Uターン就職することになりました。

 

子どもの頃、両親は共働きで忙しくしていて、

私たち姉妹のことに、それほど構うこともなく

ある程度、放任主義にされていたように思います。

 

小卒の父にとって、

祖父母に面倒を見てもらえて、

父が子供の頃から与えられていなかったものを

生まれた時から揃っていた私のことは

抑圧されたい気持ちもあったことと思います。

 

自己表現や自己紹介が苦手だった高校生の頃の私は、

そのような家庭環境だったこともあり、

内面的に大変だったのですが、

入学したい公立高校に合格した

私の高校生活は、授業に集中できたこともあり

充実した高校生活を過ごすことができました。