今日から12月。

今年ほど一年を早く感じた年は無かったかも・・・・。

3月11日のあの震災から何か、時計の針の動き方がおかしくなってしまったのかな・・・。

たくさんの、本当に沢山の人のいつもの日常が一瞬にして奪われてしまった。


それでも時は流れ、夏が過ぎて短い秋も過ぎて寒い冬がくる。今年もあとひと月だから、しっかりと胸を張って前を向いてこの一ヶ月を過ごさないと!!

失われた多くの人の分まで生きるなんて傲慢な事は言えないけれど、自分に与えられた命をしっかりと生きる事。それしか私達には出来ないのだと思う。


我が家の最年長の猫、花子が闘病中なのだけど・・・目の調子が悪くていつもいつも右目から大粒の涙をこぼしていて見るのが辛いです。白内障がひどくて両目とも白く膜がはっているし、どこか痛いところはないの?・・・辛いところは無いの?って毎朝毎晩声をかけるのだけど、本にゃんは表情変わらず・・・。ご飯の場所とトイレの場所はわかっているから多少は見えているのだと思うけれど・・・多分、痛みや辛さはそんなに無いと思いたいなぁ。。。嫌がるのに朝晩、薬を無理に飲ませて目薬もさして。これも飼い主のエゴなんじゃないかなって思えて仕方が無い。

でも家族だから・・・大切な我が仔だから・・・そのままほおっておくことは出来ないし。ごめんね~ごめんね~って言いながら薬を飲ませて目薬を。


もう少し、もう少しでいいから一緒にいたいので頑張って欲しい。

小さな生き物たちは、本当に真っ直ぐに前しか見ていないと思う。どんな状況でも必死で生きようとしているし、ただただ生きる事だけを考えている。

猫と暮らして、私はいつも猫に教えられることばかりだった。大切なことはいつも猫に教えられ、猫に学んで、猫に知らされてきたから。猫と暮らせて本当にしあわせだと思う。


眠れぬ夜、ふと気付くと布団の上にかすかな重みを感じる時がある。『おいで』ってそっと声をかけると、柔らかくて温かい毛がするりと肩口からすべりこんでくる。そして小さな、かすかな寝息が聴こえてくる。

そんなささやかな幸せを感じると、それだけで明日も頑張ろうという気持ちになれるから不思議。。。。。


こんな不思議な感情は、猫と暮らした事がある人にしかわからないかもしれないけれど・・・もし、ほんの少しでも猫と暮らしてみようかな・・って思っている人がいたら絶対にススメたいなぁ・・・

あの意志のある瞳、決して媚びないけどそれでも優しくて柔らかい視線、ただひたむきであることを全身で教えてくれる。不思議と心が温まる格別な存在だと思う。

だけど、小さな命と暮らすと言う事は愉しみばかりじゃない。あっという間に、本当に駆け抜けるようにその生を行きぬいて、逝ってしまうのだから・・・。共に生き、共に暮らし、人生を共に愉しむとともに私達人間はその死をもしっかりと受け止める覚悟がなくてな暮らせない。どんなに辛くても必ずいつか私達より先に旅立つ事がわかっているのだから・・・。最期の最後まで、一緒にすべてをしっかり見届ける覚悟を持って暮らそうと思う。


今夜も小さな寝息が聴こえるかな。。。。。


あっ・・・私のブログなんて見ている人はほとんどいないと思うけど・・・一つだけ。全ての猫が布団に入ったり、膝に乗ったりはしないのです。うちでも4にゃんのうち、人間の膝に自分から乗る仔はいないし・・・布団にするりと入る子は末っ子の男の子のみ。猫にとっても好き嫌いや性格があります。でもでも・・・それでも不思議と心奪われるのが猫なんです♪

本当に久しぶり。一年があっという間に駆け足で過ぎてしまった。


色んな事があった一年。


我が家の猫達は全にゃん元気で過ごしています。最高齢の三毛猫花子も頑張っています。でも右目の涙が止まらなくて・・・・。白内障で、ほとんど見えていません。だけど、生きて頑張っています!体重も毎週のように減ってしまってるけど見えている左目にはチカラがあるから。


この一年の間に、母の状態がびっくりするくらい悪くなってしまって。認知症がすすみ、一晩中寝ないで家の中を徘徊して・・・。

今は、老人保健施設でお世話になっています。5月に骨折して手術したけど、歩けなくなってしまって、その後7月に体調が悪くなって8月に大腸がんの手術をして人工肛門になってしまって・・・。


今の状態で家で介護するのが難しいのでリハビリを兼ねて施設で預かってくださっているけど・・・・毎週会いに行くと、帰りが辛い。私も一緒に帰るって言って私の手を離さない。一時は、私が誰かもわからなかったのに、今はかろうじて娘だということはわかるみたいで・・・(名前は、わからないけど)


こんな状況になって以来、何をしていても心から楽しむ事が出来なくて・・・。ただ毎日、仕事をして、家に帰って家事をして、また朝になったら仕事をして・・・。その合間に猫と触れ合って・・・。余計なことを出来るだけ考えずにいるけど、これって現実から逃げているのだろうと思う。


そんなこんなの一年で、記事を全く書く事が出来なかった・・・。


頑張っていたお友達の猫さんも、その子のお姉ちゃん猫さんの方が天使になってしまって・・・・。

大切な友もこの春、星になってしまった。無力さと無常の風にただただ悲しい。。。。。

でもやはり、頑張って生きないと!!!

誰かが言っていたっけ。希望とは想う人がいること。たしかにそう思う。

私には、希望に繋がるような想う人はいないけど・・・・でも世話をしなくちゃならない人はいるから。だから今日も明日も頑張って生きないと!

それに、悲しい時や寂しいときに声をかけてくれる若いお友達が二人いてくれるから。

だから歩きだそう。。。そう思える。


冬の入り口に立って、年末に向かうと悲しい気持ちのまま命を絶つ人が絶えない。毎朝の電車の中で『人身事故のため次の駅で停止します』という放送が一週間に2度も・・・。

こんなとき、仕事に遅れることより何より、気持ちが暗くなって切なくなる。

そのひとに、想う人はいなかったのだろうか・・・。大切な人は?守る人は?きっといたはず。ただ、みんな見えなくなって聴こえなくなってしまったのかもしれない。


どんな小さな希望でも光でも必ずあると信じてる。

 ずっと更新しないまま気付けば秋を通り越して冬に足を踏み入れていました。今日の気温は、8℃・・・師走の気温です。

 10月はじめ、義姉を見送った。3月に病気がわかってからあっという間の7ヶ月の闘病。もっと色々話したかった・・・。もっと色々教えて頂きたかった・・・。もっと私に出来たことは無いのだろうか・・・。悲しみの中で自問自答しているうちに月日は流れ、今週末は納骨。その間、時間が止まっていたわけではなく、月日は流れ・・・またしても日々のことに忙殺されてしまっている。

 ただ、改めて命について考えた2ヶ月だった・・・。


 今、あちこちで小さな命が闘っています。生きようとして頑張っている!!小さな命の灯を護るために、切ない想いを胸に抱き、心を震わせながら見守る家族がいます。

 人も動物も生まれてきたからには、必ずいつかは命尽きる時がきます。その期限は誰にもわからず、神様だけがきっと知っているのだと思う。

 私も我が子と思いながら育てた三毛猫が末期の腎不全だと告知されたとき・・・ただただ怖かった。彼女が私の傍から消えてしまう事が怖かった。自分がおかしくなるのではないかと不安で不安で・・・。私の命に代えても守りたいと思った小さな命・・・でもあの時の悲しみや辛さは私のエゴだったのではないだろうか・・。私は、私自身が辛かったのだ。残される自分自身が寂しくて辛くて悲しくて自分自身が可哀そうで・・・恐怖だった。

 多くの魂が震えるような別れを見て、今は思う。残された時間で私はあの子にたくさんの感謝を送ろう。ありがとうの笑顔を送ろう。出会えたことに感謝して、私に育てさせてくれたことに感謝して、たくさんの幸せな時間をくれたことに感謝して最後の時間を過ごしたい。いつかまたどこかで母さんをみかけたら・・・また私をあなたの母さんにしてね。。。。いつも笑顔でいるからね。そんな風に私の子に語りかける夜のひと時が私にとって宝石のような耀く時間。。。今日もありがとう。って笑顔で語りかけよう。怖くないよ。悲しまないよ。あなたがいなくなってしまったら・・・きっとたくさんたくさん泣くけれど。でも大丈夫よ・・・。いっぱい泣いて、また笑顔になるからね。だからもう少し、傍にいてね。大好きよ。。。

 

 同じように友人や知人の元の大切な小さな命が今こうしている時間も病と闘いながら頑張っている。小さな命は、決して生きることを諦めたりしない。ただただ生きることしかないのだ。外で野良猫として暮らし、食べるものもままならず、飢えと寒さ暑さをしのぎながら生きている子たちでさえ、決して生きることを諦めない。生きるために食べ物を探し、体力を温存し、ただ生きようとしている。犬や猫が未来に絶望して自殺したなんて聞いた事がないもの。

 そう考えると、彼ら、彼女らは私達人間よりもずっと崇高でずっと強いな・・・って思う。凛として、気高く、強く。。。諦めず生き抜いている。これは、私が小さな命たちに20年かけて教えられたこと・・・。

 決して忘れない。がんばれ小さな戦士たち!(^^)!

 神様がいらっしゃるなら・・・どうか・・・どうか・・・この小さな命にチカラを・・・・。秋の終わり、冬の初めの小さな三日月を見ながらただ祈るばかり・・。

 さぁ・・・今日も笑顔で家に帰ろう。笑顔でありがとうを言おう。