今日、ふと思いました。

みんなと同じようなことができない人間がこの世に1人くらいいたって、

誰かに迷惑かけなければ、別にいいじゃないって。

 

このブログもそうだけど、私は、いつも何でもかんでも、最初だけ、

がんばります。勉強も趣味も最初だけ頑張ります。

時間が経つと気分が変わり、やらなくなったり、諦めたりします。

でも、それでいいじゃないって、思いました。

誰にも迷惑かけてないのだから。

 

私は対人関係ぶち壊しの人生なので、ようやく1対1の会話はできるように

なったけれど、大勢は苦手です。浮いてしまいます。

 

気分に波があって、今日はこれ、明日もこれやろう!と思っても、次の日には、

これじゃなくてあれをやろう!とコロコロ変わりやすいんです。

 

だから、今取り組み始めた事も、長続きしません。

でも、それでいいんです。それが私だからです。

 

長続きできないけど、誰にも迷惑かけていないので、いいんです。

 

英語の学習も、目標があっても、計画通りにいかないです。

それも、それでいいと思います。計画を立てても無意味な事に

気付きました。

 

気分に波があるからです。

今年の暮には英会話教室へ!と思って言ってましたが、その通りにはならない

でしょう。でも、入会してもしなくても、誰も困りません。

だから、その通りにしなくて、いいんだ、って思います。

 

何かに夢中になっても長続きできないのが私です。

 

そういう人生でいいと思います。

 

私はみんなのようになれないし、みんなのようにできないです。

でもそれが私です。それでいいんだと、自分を許してあげて、

自分を受け入れられたらいいと思います。

 

発達障害よりも、躁極性感情障害の方に苦しめられているなと、

最近思うようになって、どうしたらいいのかな、って、思っていました。

その、「どうしたらいいのかな」というのは、「どうしたらみんなみたいに」

という願望でした。

その願望が自分を苦しめていました。

 

そうです。私は私。みんなは、みんな。

 

私は明らかに多数派じゃなく、少数派の人間。

 

いいじゃない。それで。

 

気分に波がある障害、それをどうにかするんじゃなくて、認めてあげることが

大事で、許してあげることが大事なんだと思いました。

 

もっと、寛大な気持ちをもって、私は計画立てたり、目標持っても上手く

いかないのが、私、と、もっと、自分に優しくありたいと思いました。

 

右手だけのピアノの日、英語の日、ブログの日、書く日、やらないで困る人は

自分以外誰もいないです。

 

いいじゃない、色々できなくたって。それが私なんだから。

 

少数派の人間だって、多数派と一緒の世界で暮らしているのだから、

多数派は少数派をもっと寛大に受け入れてほしいな。

 

いつか、そういう日がやってくるといいな。

 

今日は、上記のような気持ちの整理をしてみました。

 

いいじゃない、これがHanaなんだから。

 

Hana