むかしむかし、彦一 (ひこいち)と言う、とてもかしこい子どもがいました。
ある日の事、彦一が八代の町を歩いていると、往来の真ん中で一人の酔っぱらいが、かしの木のてんびん棒を振り回しながら暴れていました。
彦一は、町人の一人に尋ねました。
「もしもし、どうして誰も、あの酔っぱらいを取り押さえないのですか?」
するとその人は、困った様に答えました。
「そうしたいのはやまやまだが、あの男は町人のくせに剣術が得意で、酔っぱらっていても誰も手がつけられないんだよ。酒を飲まなければ、気の良い男なんだが」
「そうですか。酒に飲まれるとは、困った男ですね。・・・よし」
彦一は手ぬぐい手はちまきをすると、町人に言いました。
「あの酔っぱらいは、わたしが取り押さえてあげましょう」
「何だって? 怪我でもしたらどうするんだ」
「なあに、大丈夫です。まあ、見ていて下さい」
彦一は、酔っぱらいの前に歩み寄りました。
「おい、大将!」
「な、なんだ小僧!」
酔っぱらいは恐ろしいけんまくで、てんびんぼうを振り上げました。
しかし彦一は、平気です。
「さっきから見ていたんだが、大将は力が強くて剣術が上手だなあ」
「あ、あたり前だ。おれは町道場の免許取りだ。なのに町のやつらが、いつもおれを馬鹿にする。だから今日は、おれの力を見せているんだ」
「なるほど。だけど大将」
彦一は道ばたに積み重ねてあった、建築用の柱を指差しました。
「いくら力が強くて剣術が出来ても、この柱は振り回せないだろう」
「な、なに? おれに出来ないというのか?」
「うん。出来そうにないなあ」
「こ、小僧、馬鹿にするな!」
酔っぱらいは持っていたてんびんぼうを投げ捨てると、一本の柱を持ち上げました。
(いまだ!)
彦一は酔っぱらいが投げ捨てたてんびんぼうをつかむと、ぴたりと構えました。
そして酔っぱらいに向かって、馬鹿にしたような口調で言います。
「では大将、これからわたしと剣術の試合をしよう。さあ、どこからでも、かかってきなさい」
すると酔っぱらいは、かんかんに怒って柱を振り上げました。
それを見た彦一は、くるりと反対を向いて逃げ出しました。
「こ、小僧! 逃げるとは卑怯だぞ!」
酔っぱらいは柱を振り回しながら追いかけますが、重たい柱を持ったままなので、息をついて地べたに座り込んでしまいました。
「はあ、はあ、はあ・・・」
そこへ彦一が戻ってきて、てんびんぼうを大きく振り上げて怒鳴りつけました。
「勝負あったな! 少しでも動いたら、ひとうちだぞ」
「・・・く、くそ」
これには、さすがの酔っぱらいも降参し、子どもに負けた恥ずかしさから二度とお酒を飲まなかったということです。