むかしむかし、ある長者の家に、とてもよく働く下男がいました。
ある日の事、長者は下男を呼んで言いました。
「お前は毎日毎日、実に良く働いてくれる。そこで褒美(ほうび)をやろうと思うのだが、なにか望みの物があれば言ってみなさい」
突然の話しに下男はあれこれと考えましたが、特にこれと言って欲しい物はありません。
ただ、一つをのぞいては。
「どうした? 遠慮はいらんぞ。何でも言ってみるがよい」
「・・・あの、何でもとおっしゃいましたが、本当に、何でもよろしいのですか?」
「まあ、何でもと言ったって、物事には限度というものがあるがな。とにかく、言うだけ言ってみなさい」
「・・・はい」
下男は決心すると、顔をまっ赤にして言いました。
「それなら、娘さんをお嫁にいただきとうございます」
「なんと! 娘をか!?」
これには、長者も困ってしまいました。
長者の子どもは一人娘だけなので、下男に娘を嫁にやるという事は、この下男を自分の跡取り息子にするという事です。
下男の働きぶりを考えれば、下男が家を継ぐと家はますます栄えるでしょう。
(うむ。家柄だけで婿を選んでも、家が栄えるとは限らぬし)
そう考えると、この下男に娘をやった方が良いのではないかと思いました。
(働きぶりは申し分ないが、知恵の方はどうだろうか?)
そこで長者は下男の知恵を試そうと、こんな事を言いました。
「それでは、杓(しゃく)の底抜け子の子の左右衛門の家を尋ねて、この手紙を渡しておくれ。うまくやれたら、娘を嫁にやろう」
「本当ですか! ありがとうございます」
喜んだ下男は手紙を持って町に出ましたが、どう考えても『杓の底抜け子の子の左右衛門』なんて変な名前の人がいるはずありません。
(長者さんは娘さんを嫁にやりたくないから、わざとでたらめな事を言ったんだろうか?
いや、それならこんな意地悪をせずに、別の望みにしろとおっしゃるだろう。
これはきっと、何か意味があるにちがいない。
『杓の底抜け子の子の左右衛門』か)
下男は考えながら歩いていて、向こうから来る座頭(ざとう)に気づかずにぶつかってしまいました。
座頭と言うのは、目の見えないあんま師の事です。
「おかしなお人だ。目が見えるくせに、座頭にぶつかるなんて」
この座頭は物知りなので、下男は『杓の底抜け子の子の左右衛門』の事を尋ねてみました。
「ふむ、あの長者さんらしい謎かけだな。
この謎かけを解けば、あんたは長者さんの跡取り息子。
そうなれば、やがてはわたしのお得意さんになるだろう。
それなら、教えないわけにはいきませんな」
座頭はそう言うと、『杓の底抜け子の子の左右衛門』の説明をしました。
「いいかい。
杓(ひしゃく)の底が抜けたら、柄(え)と側(がわ)だけになるだろう。
子の子は、孫の事だ。
つまり、『えとがわ・まご・左衛門』
それを続けて読むと、江戸川孫左衛門だ」
「それだ!」
下男は飛び上がって喜ぶと、江戸川孫左衛門の家へ飛んでいきました。
この謎解きは見事に正解で、下男は長者の娘婿になって末永く幸せに暮らしたのです。
そして助けてくれた座頭のお得意さんとなり、とても多くのお礼をしたそうです。